6.頼み事
開いた窓から風が頬を撫でている。
あまりにも心地が良くて思わず欠伸をしてしまいそうな午後の勉強の時間。
今日も今日とてクライブと共にサージェント家の図書室で勉強をしていた。
「シノ、そこ間違ってるぞ」
「えっ、まじか」
クライブに指摘されて初めて気づく。
今回やっている勉強は魔法学。もちろん前世でやるはずもなく0からのスタートだ。数式も見たことがない文字の羅列で頭がこんがらがることこの上ない。
「だぁぁ!!もう魔法学なんてなければいいのに…っ」
「お前ほんと苦手だよな魔法学」
「苦手ですとも苦手ですともさ!なんだこれ呪文じゃん意味わからん無理」
「まぁまぁ俺が教えてやるから落ち着け」
そういって頭を撫でられた。精神年齢では私の方が年上なのに私の方が妹みたいで恥ずかしい。
実はクライブはめちゃくちゃ勉強が出来る。いかにも脳筋といった雰囲気に似合わず、頭の回転が早いのだ。
しかも教え方が上手い、分かりやすい。
将来教師でもいいんじゃないだろうか。
「ここの数式組み合わせて…この答えと結びつけて解けば…」
「おぉ〜出来た!出来たクライブ!」
「ん、えらいえらい」
紙に教えてもらった通りに書き出した数式を見せれば、にしっと笑いながら褒めてくれた。
うわ、子供にしてイケメン風が吹いている。
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コンコンと扉を叩く音が響く。
「どうぞ」と入室を促せばセリアが頭を下げ部屋に入ってきた。
セリアは真っ直ぐ私のそばまで来て、手紙を差し出す。
「この間送った手紙の返信を頂きました」
「ありがとう」
セリアから手紙を受け取ると、クライブが「誰から?」とジト目になりながら聞いてきた。
そんな顔しなくても。
「まだ内緒」
口に人差し指をあて、いたずらっ子のように笑いながら答えるとクライブは「うぐっ…」と変な声を出し途端にそっぽを向いた。耳がちょっと赤いのはなぜだろうか。
「シノさぁ…いやいいや…。まだ内緒ってことはどっかで教えてくれるんだろ」
「どうかなぁ気分が変わって教えないかもよ?」
「それは困るなぁ。でもシノが話したいって思うまでは待つよ」
無理に聞き出そうとするかと思っていた私はクライブの返答にちょっと驚いた。
中身年齢が20歳以上の私からしてみても、クライブの方が大人っぽいと思う。妹が言っていた兄貴肌が小さい頃から備わっていたのだろうか。まだ10歳なのに引き際が分かっているというかなんというか。
見た目は熱血漢?暑苦しい感じなのに意外と強引じゃないんだよなぁと思いながら、また勉強を再開した。
クライブが帰ってから、自室に戻り手紙の封を開ける。
季語から始まり丁寧に書かれた文章と綺麗な字体が送り主の繊細さを表していた。
そしてそこには手紙に対する良い返事が書かれており、思わず心の中で「よっしゃ!」と叫んでしまった。
『この度は手紙を送ってくださり有難う御座います。私で良ければ是非サージェント様のご要望に応えたいと思っておりますが、一度お会い出来る日を設けて頂けないでしょうか?』
こちらからすれば生きているかも分からない人物宛の手紙だったので、願ったり叶ったりだった。
机から便箋を取り出し、すぐに手紙の返事を書いてセリアに送るよう頼んだ。
一体どんな人なんだろうと不安と期待が混じったような気持ちになりながら、今日クライブから学んだ箇所の復習に励むことにした。
次の日。
いつも通りクライブと稽古をするため庭に足を運ぶと、バルドが「はっ!シノちゃん!」と声を発した瞬間、電光石火のように私の傍にきて高い高いをし始める。
「うわっ!師匠もうやらないでくださいって言ったじゃないですか!」
「えぇ〜シノちゃん冷たいっ!私の癒しを奪わないでお願いよォ」
うるうるした目で頼まれると断固拒否は出来ない。というか顔が整っている人にそういう顔されるとこっちが申し訳なくなってくる。
バルドの隣にクライブがすぐ走り寄って、「俺もやりたいのに…」と小声で呟きまた口を尖らせている。
やりたいなら喜んで変わるのだけど。
そういえば剣を作るならクライブの手をじっくり見る必要があるなとふと思い、バルドに下ろしてほしい旨を真面目な顔で伝えると「しょうがないわねぇシノちゃんの頼みなら」とすぐ下ろしてくれた。
そしてクライブの前まで行き、
「クライブ、ちょっと手を見せて」
「え?手?」
心底不思議そうな顔だったがすぐ見せてくれた。
差し出された手を自分の両手で触り、どこにタコが出来ているかとか力が加わっているかとか調べていく。
触った瞬間クライブから「…っ!?」と短い悲鳴のような声が聞こえたが知らんこっちゃない。クライブはこれから護衛騎士として王太子を守るのだから自分に合った装備を持って欲しい一心で観察した。
「…なるほどねェ。ふふっ私嫉妬しちゃうわ、シノちゃん明日の稽古後はちょっとお話しましょ?」
バルドはすぐに察したようでにこにこしていた。そうか、師匠のバルドに相談すればクライブの剣を振るうときの癖だったりとかを私なんかよりもっとよく見ているだろうから、剣を作る上で的確なアドバイスがもらえる。
「私も丁度話したいと思ってたので嬉しいです」
「あらヤダ!私たち相思相愛かしらァ!稽古はみっちり厳しくやるけど、終わったらちゃんと甘やかしてあげるわね」
「…その卑猥な言い方なんとかならないのか」
先ほどの顔の赤みはどこへやら、うわぁと引いた目をバルドに向けたクライブ。
まぁ、うん。クライブの言いたいことは分かるけど決して変な意味ではない。
バルドの甘やかす=お菓子をあげるなので、稽古後はお菓子を食べながら話すつもりだろう。
しかもバルドの持ってくるお菓子は美味しい。餌付けされてる感ありありだけどめちゃくちゃ美味しい。
明日はどんなお菓子を持ってきてくれるだろうと想像していた矢先。
「シノ、なんかあったらすぐ言えよ?」
急に真面目な顔で心配してきたクライブに驚き、「うへっ?!」素っ頓狂な声を出してしまい恥ずかしくなった私だった。