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5.偶然の繋がり

※最初はバルド視点

 



 空が傾き始め、太陽が沈みかける。

 師匠に厳しく指導してもらい、稽古終了時には2人とも生きる屍と化していた。


「…も、もう…無理…っ…」


「……足が動かん…」


 そんなシノを見てバルドはこの一日よく弱音を吐かずついてきたもんだと感心していた。まぁこれからもこのやる気が続くかどうかだが、シノの性格からして途中で投げ出すことはしないだろう。

 シノは今まで趣味程度だったので、優しめに教えていた分クライブより体力がない。にも関わらずだ。(さすがに多少クライブの方はキツめの稽古にしたが)

 この2人は上手く鍛え上げれば凄腕の騎士になるのではと期待が膨らんだ。


 2人は知らないが、バルドはサージェント家とシールズ家に雇われるまで騎士見習いの指導をしていた。

 指導と共に昔は戦場に駆り出されることもあった。

 だが大抵のものが根を上げてしまい、周りから鬼だの地獄からの使者だの批難を浴びた。こっちは強くなってほしいからと真面目に教えているのにと何度思ったことか。

 まぁその中で数名だけ根性のある奴がいたけれど。


 けれどそんな多数の騎士見習いに呆れて、王に打診し指導者から外れた身であった。(まぁ大事な戦力が抜けてしまうので、なかなか交渉が難しかったが)そこで次の仕事を探してフラフラしていたところを雇われた。

 適当にやるような子供であればすぐ辞めるつもりだったが。


 理由がどうであれこういうやる気に溢れる弟子を待ち望んでたのよねぇ…とバルドは温かい目を2人に向けながら思った。


「頑張ってね。私の大事な弟子たち」


 バルドのポツリと呟いた言葉は風に消え、誰の耳にも届くことはなかった。




 ■■■■■■■■■■■■




 稽古が終わったのでシャワーで汗を流し、湯船にゆっくり浸かった。

 湯の温度が絶妙な心地良さで思わず眠気を誘うが、前世の自分が恥ずかしいと思ってた死にパターンの中に風呂で溺死があったので本格的に眠る前にさっさと上がることにする。セリアがいるのでそんなことにはならないと思うけど。


 セリアが用意してくれた服に着替え、ふかふかのベッドにダイブした。


「ふふっ、今日の稽古はかなり厳しかったようですね?」


「私が師匠に頼んだからね…。うぅ筋肉痛が…」


 今までは趣味程度だったからかなり優しかったんだなぁと改めて思うと同時に、師匠の言ったことを頭の中で反芻する。


『貴方に人を殺める覚悟はある?』


 それはとても重い言葉だった。

 前世日本人という、戦争などない平和な時代を生きた自分。

 いざ立ち塞がってきた相手を斬った時、私は平常心でいられるだろうか。

 彼の言葉で自分がどれほど温い考え方をしていたかを思い知った。

 騎士になるというのは、武器を持つというのはそういうことだ。


 でも、それでもクライブに危険が迫ったらすかさず守れるようになりたい。背中を預け合えるくらいに。

 そしてヒロインも守れるように。

 今度こそ大事なものを取りこぼさないように。


 今度こそ……?


 何故そう思ったのだろう。死んだ時の記憶がないのと関係している…?


 そんなことを考えたところで胸がチクッとした。


「…?」


「シノ様、どうされました?」


「いや、なんでもない」


 たぶん気の所為だろうと気にかけず、そのまま布団に潜り込む。


「シノ様おやすみなさいませ。良い夢を」


 セリアが優しく頭を撫でてくれる。

 その優しい手つきにこの間のクライブを思い出して、少し胸の痛みが和らいだ気がした。




 ■■■■■■■■■■■■




 今日はバルドから稽古はおやすみとウィンク付きで知らされた。

 身体は昨日の筋肉痛でバキバキなのを見越したからなのであろうが、楽しみにしていただけ残念だった。

 クライブも今日は用事があるらしく、うちには来ていない。


 今日は1人で大人しく勉強するかと考えていたところで、自室の戸棚に置いてあった本に目が止まる。

 この間クライブにもらった本だ。

 手に取って開いてみると剣に使われている素材が事細かに書いてあり、剣の種類短剣・長剣・大剣に加えてどういった使い手に向いているか等こちらの知りたいことがびっしりと書かれていた。


 私はつい夢中になって読んでしまい、セリアに呼ばれて初めて午後の14時になっていることに気づいた。


「ふふっ、シノ様随分と夢中になってお読みになられていましたね」


「ごめん…読んでみたら予想以上に面白くて。セリアに呼ばれなかったら夜まで読んでいたかも」


「あらそれはダメですよ。成長期に食事を抜いたら育つものも育ちませんもの」


 セリアが手際よく昼食をテーブルに並べていく。あともう1ページは見れるかなと紙を捲ると一振の長剣に目を惹かれた。

 刃先は不思議と赤みを帯びており、炎を纏っているかのようで柄の部分には細かく紗綾形のようなものが彫られている。

 思わず「綺麗…」と呟いた。

 鍛冶師の名を見てみるとハザール・ロドルフィと明記されている。


「…この人生きてるかな」


「あらもう気に入った鍛冶師が見つかったのですか?」


 昼食の準備が出来たセリアが私のそばに寄り、開いていたページを覗く。


「ハザール・ロドルフィ…聞いたことがない鍛冶師ですが、1度手紙を送ってみますか?」


「うん、お願いしてもいい?」


「もちろんです」


 ただ直感で動いた私はこの一通の手紙が1人の少年の運命を変えるなんて思ってもみなかった。





 ■■■■■■■■■■■■





 ある少年に届いた一通の手紙。

 それは自分の鍛冶師としての腕が買われた瞬間だった。

 家族に散々落ちこぼれだと馬鹿にされ蔑まれた彼にとって願ってもみないチャンスだった。





「遊びで金属を打つのはやめろ!資材の無駄遣いだッ!それよりも勉学に力を入れろ、ただでさえ出来の悪い子供なのだから」


 父親に冷たく言い放たれたあの日、もう鍛冶は一生出来ないのだと諦めかけた。

 俺はこの家の捨て駒に過ぎない。

 父親が俺から小槌を取り上げ、炉にくべようとした。

 大事な祖父の形見。この屋敷で厄介者だった俺の唯一の味方だった祖父との思い出が自分の中から零れ落ちていく。


 だがそんな時。


「では賭けをしようじゃないかブレアム卿」


 凛とした声で自分の父親を呼んだ幼なじみの少年。彼はいつからこの工房にいたのだろうか。

 金髪碧眼の容姿をした彼の一声に父親ブレアムは怯まず吠えた。


「なっ!アルフレッド様!!わざわざうちの出来損ないを庇わなくとも良いのです!いつまでも鍛冶にうつつを抜かし、勉学も中途半端で何の成果も上げられないこの愚息…」


「成果を上げればいいんだろう?」


 ブレアムの言葉を遮り少年、アルフレッドはニコニコと問い返した。


「えっ、えぇ、まぁそうですね…」


 まだ10歳であるというのに大人を恐れさせる圧が彼から滲み出ていた。

 笑顔で問う王太子に先ほどまでの吠えずらはどこへやら父親はしどろもどろになっている。

 ブレアムの返答にアルフレッドは笑みをさらに深めると、


「僕はね。君のその『愚息』であるハールには鍛冶師として才能があると思っているんだ。だから親友として少しでも彼の手伝いがしたい」


 笑顔が怖いとはこういうことだろうなと頭の片隅で思いながらも、アルフレッドがいう才能が自分にあるとは考えられなかった。


 ゆったりとした足取りでアルフレッドはブレアムに歩み寄った。


「というわけでブレアム卿。ハールの鍛冶師としての腕がどれくらいのものか試してみたいんだけどいいかな?もしこれでハールの名が売れなければ彼も言うことを聞くと思うんだけど」


 こいつ勝手に人の人生を決めやがったとちょっとイラッとしたが、何も試さないままで終わるよりはいいと思い直した。

 ブレアムは素直に頷けないようで口ごもっている。

 がそこに追い討ちをかけるように。


「いいよね?」


 と一言。

 もう脅迫ではないかと少し父親を哀れに思った。


「…ッ!は、はいッ!」


「ありがとう感謝するよブレアム卿。さてハール、話があるからちょっと来てくれないかな」


 笑顔を崩さぬまま、俺を工房から連れ出した。チラッと後ろを振り返り見た父親は持っていた小槌を振り上げ床に叩きつけていた。





 工房から離れ、しばらく歩いた庭でアルフレッドが笑い出した。


「見たかい!?あのブレアム卿の顔、僕を怖がって青ざめてた!」


「確かにあの顔は傑作だったけど…。というかいつからいたんだ?国の王太子が俺なんか庇って何の得がある?それにお前ほんとに才能あると思うのか?あんな大口叩いといて誰も見向きしなかったらどうすんだ」


 と早口で捲し立てたがアルフレッドには何一つ効いてないようで、


「実際に剣を作ってもらった僕が君の腕を買ってるんだから、そんなことあるはずないだろう?なにより君が作るものは使い手のことをそこらの鍛冶師より細かな所までしっかり考えてる。」


 王太子という座につくにはこれくらいの自信がないとやっていけないのだろうと思ったが、自分の鍛冶師の腕にそんな価値を見出してくれる親友が頼もしく、素直に嬉しかった。


「さて、あれだけ言われて悔しくないわけないよねハール?」


 先ほどとはまた違った意地の悪そうな笑みをして、彼は俺に問いかけてきた。


「まぁそりゃ落ちこぼれだとか低脳だとか言われ続けりゃね」


「じゃあ決まりだ。次は君のターンだよ」


 こう言った親友が一体何をする気だろうと思っているそばで、どこぞかの出版社に俺が打った剣を載せてるとは思いもしなかった。



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