28. ベネット家
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ホビーさんの長い長い一曲を聴き終えた頃には、ベネット家に辿り着く直前だった。
精神が。精神が削られた。大音痴というわけではないのに、なんかこうメロディが不安定というかぐちゃぐちゃすぎて、それはそれは凄かった。クライブ共々ゲッソリである。
反対にセリアは終始顔を微笑ませたままで、もうあっぱれとしかいいようがない。拍手。
そんなとんでもない歌だったのだが、当の本人は気持ちよさそうにノリノリで歌っていたため止めることなんて出来なかった。
「おやもうベネット家に到着ですか!やはり楽しい時間を過ごしているとあっという間ですねぇ」
窓の外を見ながらホビーさんはそう言うと、私達に向き直り「本当にありがとうございます」と丁寧にお辞儀をした。
「こちらこそ楽しいお話と、素晴らしい曲をありがとうございました」
「私からもありがとうございました」
クライブと私は死んでいた表情筋を瞬時にフル稼働させ、ホビーさんに笑顔を向ける。
まぁある意味素晴らしい曲。まるで状態異常を食らったような疲労感が出るほどに。
こんな歌滅多に聴けるものではない気がする、うん。
少しして馬車がゆっくりと止まった。
どうやら目的地に着いたようだ。
本来なら早めに着いた分、街の宿に泊まり約束の日にちに合わせて訪問する予定だったのだが、ホビーさんが急ぎで届けなければいけない積荷があるとのことでそのまま向かうことになった。
窓の外をチラリと窺うと、門がギギィッと軋んだ音を立てながら開かれ、ベネット家の執事らしき壮年の男性がこちらに急いで駆け寄ってくるのが見えた。
ラエルさんが外から馬車の扉を開けると口を開く。
「私が先に話をしてきましょうか?」
「いや私が行く。事情を説明してくるからシノとセリアはここで待っててくれ。ホビーさんは私と一緒にお願いします」
「うん、分かった」
「かしこまりました」
私がコクリと頷くと、クライブは立ち上がりホビーさんと一緒に馬車から降りた。
クライブのいつもの一人称は『俺』なのに、人前だと『私』になるのまだ慣れなくてちょっとムズムズする。
とりあえず彼が説明をしている間、私は窓からベネット家を見上げると、一緒に見上げたセリアが先に口を開いた。
「こう言ってはなんですが、不気味な雰囲気の場所ですね…」
「セリアもそう思う?私も同じこと思った」
この家でまず目をひくのは大きな門。
それは堅牢な檻のようで、まるで牢屋を彷彿とさせるほどの重厚な造りだ。
ホラー映画とかに出てくるおどろおどろしい雰囲気とまではいかずともなんだか嫌な感じがする。
そして屋敷は黒を基調としたシックな外観で、上品さを感じられる佇まいだ。
けれど門があれなこともあって、ちょっとちぐはぐ感がある。
加えてお屋敷は、周りを5m以上はあろうかという壁でぐるりと囲われており、出入り出来るのはこの門だけとなっていた。
何かから屋敷を守るためにも見えるが、檻のような門と相まって、中に入ったものを屋敷から出さないよう閉じ込めているようにも見える。
情報関係を扱っているから、強固にしているんだろうか。
そんなことを考えながら、クライブに目を戻すといつの間にいたのか。
彼の元には黒髪を後ろに撫で上げ、ちょびっと生えた口元の髭が印象的な男性が立っていた。
おそらくあの方がベネット家の当主であるガリウス・ベネット卿だろう。
私が見ていると、視線を感じたのか彼がこちらを向く。
やば見すぎたと思い、とりあえずペコっと小さくお辞儀をすると、彼はこちらに微笑みを返してくれた。
気難しそうな人だとパッと見で思ってしまったけれど、意外とそうでもないかもしれない。本心は分からないが。
しばらくして、話が終わったのかクライブがこちらに戻ってくる。
再びラエルさんが馬車の扉を開けると、クライブが私に手を差し出した。
「お手をどうぞ、シノ様?」
「ふふっからかわないでよ」
芝居がかったクライブの言葉に少し笑いを零しながら、差し出された手に自分のそれを重ねて、私は彼に尋ねる。
「それより大丈夫だった?前倒しで来たから怒ってたりとかなかった?」
「いや?事情が事情だし。むしろホビーさんを送ってくれてありがとうございますってさ。積荷もホビーさんから聞いてた通り、急ぎで必要なものだったから助かったらしいぞ。だからお礼も兼ねて何日間か是非泊まっていってくれって」
「えっ、それはいいのかな…絶対迷惑なやつ……」
ちょっと心配になりながら馬車を降りると、ベネット卿が出迎えてくれた。
「ようこそおいでくださいました、サージェント様。ベネット家当主のガリウスと申します。この度は我が家の商人であるホビーを助けていただいたこと、誠に感謝致します」
最大級のお辞儀をしてくださったベネット卿に、私は内心慌てふためきながら表面上は平常を装いつつ挨拶を返す。
「初めまして、シノ・サージェントと申します。こちらこそ約束の期日よりも早くに訪問してしまったのに、快く応じていただきありがとうございます」
平常心平常心と思いつつ、人様のお家訪問に私はガチガチだ。この間のパーティーでの挨拶とはまた違った緊張である。
「いえ、当然のことでございます。さっ、慣れない場所でさぞお疲れでしょう?お部屋をご用意しておりますのでそちらでお休みください」
ベネット卿は私の挨拶に対し微笑みを向けると、そう言って屋敷の中に招いてくれた。
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門を潜り抜け中に通されると、目に入ったのは丁寧に整えられた芝生と、通りの両脇に一定間隔に置かれた石像。
石像は何か叫んでいるような訴えかけているような表情、若干違いはあれど似たような顔をしていて少しゾッとする。
あれは一体誰の趣味なんだろう……。
まさか屋敷の中にもないよね…?
そんなことを思いながら私はすぐに視線を外して、屋敷に目を向けた。
屋敷の中に入ると、動きが見事に統一された侍女さんや執事さんの方々に一斉にお辞儀をされる。
ついでに外で見たまさかのあの不気味な石像たちも一緒に私たちを出迎えていて、本気で悪趣味だと思ったのは仕方ないと思う。だって怖いんだもんあれ…!!
そして、玄関ホールの中心にある階段から降りてきた人物。
サラサラの黒髪につり上がり気味の黒目は意思が強そうな印象を受けるが、どこか儚げな雰囲気も感じると共に、私に懐かしさを感じさせた。
彼女は私たちの前まで来ると、完璧なカーテシーをしてみせた。
「サージェント様にはお初にお目にかかります。ベネット家長女ルーナ・ベネットと申します。以後お見知りおきを」
「お初にお目にかかります。シノ・サージェントと申します」
私も挨拶を返すと、ベネット様は続けた。
「シールズ様はパーティー以来ですね」
「はい。あの時はありがとうございました」
クライブが深々とお辞儀をしたため、私も彼に合わせ感謝を込めてお辞儀をした。
「いえ、とんでもありません。こちらこそホビーを助けていただきありがとうございました。皆様に出会わなければリリスの森で途方に暮れていたか、はたまた山賊に身ぐるみを全て剥がされていたか…。本当にありがとうございます。さぁ長時間の馬車でお疲れでしょうから、お部屋でゆっくりとお休みください。……ララ、シールズ様を部屋までご案内してさしあげて。サージェント様は私がご案内します」
ルーナ様が傍らの侍女に指示を出すと、ララと呼ばれた少女はクライブの前で会釈し、「ではご案内します」と言った。
「シノ、また後でな」
「うん!」
クライブと別れ、私がベネット様の後に続こうとすると。
後ろからセリアに続き、リアンさんとジェスさんも一緒についてきた。
「シノ様〜。僕も一緒に連れてって〜」
「ぼ、ぼ、僕も……っ」
「えっ、クライブの方につかなくていいんですか?」
「ラエルがいれば十分だよぉ。あいつ強いもん〜」
「でも、」
だってクライブは攻略対象だ。
私みたいなモブに二人もつくより、彼についた方がいいのでは。
モブだからこそ知らぬ間に殺される可能性はあるかもしれない、でも私が狙われるということはクライブも危ない状況にあるということじゃないだろうか。
だったら私が囮になった方がいい。
そんなことをどう説明しようか悩んでいると。
「え〜なにシノ様、僕ら一緒に行っちゃダメなの?嫌なの?邪魔なの?」
リアンさんがずいと迫る。いや聞き方…!!
しかもそんなあからさまに不機嫌そうな顔をされると、私が悪いことしたみたいな気分になるじゃないか。
彼は口ごもる私の顔をムッとした表情でしばらくみると、「じゃあいいや」と言ってそっぽを向いてしまった。
え、まさか嫌われた…??
私は慌てて言葉を紡ぐ。
「わー!ごめんなさい!リアンさんたちが嫌とかそういうわけではなくて」
「なくて?」
「えーと、クライブになんかあったら嫌だなぁって」
なんか言おうと思っていたのと違う気がするけど、大まかにまとめるとこうなるはず。
私の言葉を聞いたリアンさんはそっぽを向いていた顔をこちらに戻して、ぱちぱちと瞬きをした。
そして一言。
「それ、そっくりそのまま返してあげる〜」
「えっ」
「まぁシノ様に拒否られても、僕らはついてくけどね〜。……あとねこれはアドバイス、もっと自分を大切にした方がいいよ」
最後の言葉だけ彼は私だけに聞こえるようコソッと言った。
もっと自分を大切に…? 私は十分自分に甘ちゃんだというのに一体どういうことだろう。
私が頭にはてなマークを浮かべていると、リアンさんは「クライブ様も大変だね〜」と付け加えた。
(んんん…私の脳みそが足りなすぎるのか理解が出来ない……!)
「お話は終わりましたか…?」
少し離れて待ってくれていたベネット様に話しかけられ、私はハッとなる。
せっかく案内してくれているのについ長話をしてしまった。
「今行きます!」
かくして私の護衛にはリアンさんとジェスさんがついてくれることになった。
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