2.記憶
再び目を開けると、セリアがホッとしたような顔をしながら「具合はどうですか?」と問いかけてきた。
「もう大丈夫だよ、迷惑かけてごめんね」
「迷惑などしておりません。シノ様のお役に立てるならば何でも致します」
「ふふっ、ありがとう」
さすがに前世を思い出したために頭がパンクして倒れたなんて言えなかった。
「クライブは?」
「シノ様が再度お眠りになられた後に帰られました」
「そっか…後でお礼を言わないとね」
本当はこの間クライブと一緒に剣術を習う予定だったのだ。それを無下にしたあげく、付き添いもさせてしまった。お礼の品を考えておかないと…
「…そういえば最初に倒れてからどれくらい寝てた?」
「丸々3日くらいですね。」
「うわ…それは勿体ないことしたな…」
窓からは日が差していたので、最悪1日寝てしまったかなと思っていたらまさかの3日だったことに驚いた。
「先にお医者様を呼んできますね。旦那様と奥様にもお伝えしてきます。診て頂いたら食事を摂りましょう」
「うん。ありがとう」
セリアが部屋を出ていったのを見計らい、私はベッドから降りて鏡の前に立ち一人呟いた。
「こんなキャラいたかなぁ」
そうなのだ、もしこれが転生だとして今の自分の姿のキャラは妹の話の中にもパッケージにも出てこなかった。
肩くらいまでの亜麻色の髪に濃青色の目。
ちょっと目はつり上がっているが、まだ幼さが残っている顔は可愛い部類に入るのだろう。
はて、見覚えが全くない。
かといってあのゲームと違う世界だと言えないのは国の王太子の名が誰もが知っているアルフレッド・シーグローヴ。
ゲームと同姓同名で金髪碧眼The王子様の風貌である。
でも、
「死んだときの記憶がないのモヤモヤするな」
あの夢が確かに過去あったこと。前世の記憶だとはなんとなく感じているのだが、何故死んだのか思い出せない。
恐怖心とか痛みとかを思い出すよりかはマシな気がするが。
でも頭ぶつけたりとかすれば思い出すだろうか。
ふと思いかけたが、やめた。
自分で何かに頭突きし始めたらそれこそセリアや家族に頭のおかしい子認定されてしまう。たぶん当分部屋から出られなくなってしまうだろう。
そういえば前世で友達に薦められた本にもこういう転生モノがあったけれど、皆そのゲームのキャラを見た途端感極まったりとかしてたなと頭の片隅で思った。
私はクライブを見てもなんとも思わなかったあたり、本当にこういうゲームに興味が無いのだろう。
とりあえず今の状況等を整理する。
私の名前はシノ・サージェント。
今の年齢は10歳。没年齢はたぶん20歳以上。
前世を思い出す前のシノとしての記憶もしっかりあるあたり、転生で間違いないだろう。
サージェント家の一人娘で父と母には溺愛されている。
本を読むのが好きだが、剣術も好きである。
この世界は女だからああしなきゃ男だからこうしなきゃというものはなく、好きなことをやれる。女が政治を仕切っても良し、男が刺繍や料理に精を出しても良し。もちろんその逆も然り。
まぁ一応等級というのは存在するのだけど。
等級というのはいわばカーストのようなもので、国に貢献した分だけ評価される。
国の王が一等なので、最高二等で最低が六等。親が成したことで二等まで上げても子が失態を犯せば六等に成り下がる可能性もある。(普通に過ごしてれば下がることはないのだけど)
ちなみにサージェント家は二等である。
クライブも同様。
この際なのでクライブの紹介もしておく。
彼の本名はクライブ・シールズ。
シールズ家の長男でシノの幼なじみである。(妹の話の中にクライブの幼なじみなんて出てこなかったのだけど)
前世を思い出す前のシノからしてみても両親とセリアと同等に信頼出来る人物だった。
ゲーム上では攻略対象の1人でこの国の王太子の護衛騎士を務めていた。人当たりがよく気さくで面倒見がいい性格は末っ子気質の心を鷲掴みにしたらしい。
あくまで妹がいうにはである。
学園では努力家の主人公に次第に心惹かれるも王太子も主人公を想っていることを知り、自分は気持ちを打ち明けずにそっと身を引くだとかなんとか。男なら正直に自分の気持ちをぶつけんかいとか思うんだけど、それを妹に言ったら分かってないなーと一蹴された。解せぬ。
そしてこの国には魔法を扱える人だけが通えるセジウィック学園がある。
ここで魔法の扱い方・制御方法に加え、現代でいう選択授業のように剣術や裁縫、料理に演劇などなど部活のような授業まで様々に選択可能。
魔法は火・水・風・光・闇の5属性で成り立っており、等級関係なくこのいずれかの魔法所持者であれば通えるので人との繋がりを広めるには絶好の環境になっている。だがもちろん等級が高いものには礼儀は最低限必要。
付け加えると、光・闇属性は稀であるため重要視されている。
学園には15歳から通うことができるので、私の年齢で言えばあと5年後である。
ここで私の魔法は何かと疑問が生まれるだろうが、今の今まで魔法を発動出来たことがない。なのに学園に行くことが決まっているのだ。
両親に聞いても「気にしないで大丈夫だよ」といって理由を教えてくれない。
死んだ記憶といい、魔法学園に行ける理由といい分からないことばかりで前世のテレビで見たモ〇っとボールがあればめちゃくちゃ投げたい気分である。
とりあえずこの世界が本当にあのゲームなのかを確かめるべく、他の攻略対象が存在するのか調べることにしよう。
と思ったが名前が出てこない。詰んだ。
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両親が私の顔を見るなり何回も具合は大丈夫か、痛いところはないかと聞かれ、たくさん心配させてしまったことを謝れば優しく頭を撫でてくれた。
中身が20歳以上だというのに、嬉しいようなくすぐったいような気持ちになった。
セリアに食事を持ってきてもらい、寝室から出てテーブルで食べていると扉をコンコンと叩く音がした。
「どうぞ」
たぶん私が予想する人物だろうなと思い、入室を促すと予想通りクライブがひょこっと顔を見せた。
「おっ、ちょっと元気になったみたいだな」
「クライブの馬鹿そうな顔見たら嫌でも調子が戻るわ」
「俺が元気の源ってことじゃん!良いことだ」
「ほんと馬鹿…」
悪態をついたにも関わらず、にかっと笑顔を向けたクライブは私の向かいの椅子に腰を下ろすと手にかかえていた本を「ほら、これやるよ」といって渡してくれた。
受け取ってみるとそれは私が欲しがっていた剣の種類が数百ページに渡り豊富にかかれた分厚い本だった。鍛冶師についてもピンからキリまで載っているため、鍛冶師にとっては自分の名が売れるかもしれない登竜門なのだ。もし気に入った剣があればオーダーメイドで頼むことも出来る。ただし鍛冶師が生きていればの話だが。(この出版社は付け足し付け足しで本を刷り出しているので、とうの昔に天に昇ってしまった名前も残ってしまっている)
本の最後のページに書いてある更新日を見て、びっくりした。
最新版ではないか…!
「…も、もらっていいのですか」
「そりゃシノのために持ってきたからな」
そういって得意げに胸を張ったクライブに
「ありがとうっクライブ!!」
と素直に口を出し、嬉しくて思わず破顔してしまうとクライブは目を見開き「…どういたしまして」と優しく笑った。