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第あ話:壁板一枚隣は  作者: 吉野貴博
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上中下の下:進むべきこと、立ち止まるべきこと

 男の話は私には難しくて、頭に入ったのは二つだけだった。

 まず「私立図書館」という形式。

 店の前半分は一般的な書店なり古書店なりだが、後ろ半分はアートの展示場ではなく私が集めた資料を閲覧出来るスペースにする、これだと会員制で個人情報を掌握でき、入会金というか保証金で図書の破損や盗難をカバーすることができるという。

 …なるほど、藝術家の個展だと作品の盗難に目を光らせていないといけないが、会員制とすれば、どうせ一度に大勢は来ないだろうから、その本を手にした人の心当たりはつくようになるだろう。

 なるほどなるほど。

 そしてもう一つは「書店の音とは何か」という命題である。

 考えてみれば新刊書店でも古書店でも、有線放送を引いてポピュラー音楽なりクラシック音楽なり流しているところはある、また逆に一切の音楽を流さずに自然に発生する音だけの店もある。

 本の出し入れの音、頁をめくる音などは発生するが、それを「書店の音」と規定してじゅうぶんなのだろうか?もっと別な「書店の音」は存在しないのかを考えている、と言って私に意見を求めてきた。

 知るかい、んなもん。

 しかしそれ以外の話を全て取りこぼしてしまったので、考えられないのも悔しい。

 どこで店を開くか、どんな内装にするかなどを大勢に相談しがてら

「ところで、「本屋の音」って、どんなだと思う?」と聞いてみるのだが、場所や内装には意見を持つ者も音に関しては

「あー、いやぁ、解らんな」としか言ってこない。

 確かに難しい問題だ。思いつかなければ思いつかないで、有線放送だって構わないのだが、すると今度は有線放送に決めるんだったらいつでも開始出来る、店を始めてからだって構わないと決定出来ない。

 場所探しや自分のイメージに合う設計者、工務店探しも遅々として進まないのだが(それ以前にどんな内装にしたいのかのイメージ作りもなかなか難しい)、なるべく歩くようにして、あらゆる職種の店内だけでなく道路や駅や他人の家でも耳をすませたりどんな音が室内のイメージに合うかを考えてみるのだが、考えても考えても「書店の音」はどうかと思考を当て嵌めてみようとすると、しっくりこない。


 それは突然意識に入ってきた。

 いや、今までにもさんざん目にはしてきた、しかし視界に入った瞬間、関係ないものと判断し、意識から外れていたのだ。

 しかし何故かそのときは、(ふーん)と思って手にとってみた。

 大きな書店の入口に置かれている、ベニヤ板というか薄い板で組み立てる模型である。

 動物とか建築物とか車とか、いくつもの種類がある。

 その中に、観覧車があった。

 薄い木の板からパーツを取り外し、組み立てると観覧車になるのだ。

 手にとって、ゆっくりと(…かん…らん…しゃ、だ… )と思考が進み、それでようやくこの商品を手にとった理由に思い当たった。

 書店巡りをしてる際に目に入った豆本が、この観覧車のゴンドラに収まるんじゃないかと思えるんだ。

 思考のゆっくりは続く。

 商品の「観覧車」を手にとったまま、このコーナーの動物とか建築物とか車とかを見回して…思考の焦点とスピードが元に戻った。

(これだ!)

 観覧車やメリーゴーランドに豆本を載せる、

 自動車はどれでも移動販売車だ、

 動物や昆虫、魚は(これらは動かないが)自分たちの種の「立派な大人になる方法」の本なんかを読んだり持ったりしている、ミニチュア本世界の住人だ。

 ならば人形も読書をしているものを持ってこよう、そういうアート作品があるはずだ。

 そして。

 このコーナーの商品三分の一くらいは、完成するとモーターと歯車で動くものだったのだ。

 しかしモーターの音は面白くない。ここはゼンマイであるべきだろう。

 そうだ私の店のBGMは、ゼンマイの音だ。モーターはやはりキツい、ゼンマイのレトロな音がかすかに壁の向こうから聞こえてくる、一体なんの音か知りたくなったら会員にならなくてはいけない、そして中に入ったらもう一つの本の世界と出会うのだ。

 …と…そこから考えて、豆本だけでなく、本をテーマにしたアート作品を集めるために動き出して、あの男が言った意味不明話の一つの意味に辿り着いた。

「本屋って本を売るじゃないですか、本屋が〝本屋〟を売るって、ないんですかね」

 あの男は確か、本屋は本を売るけれど、本棚や本を管理するための設備を売らないことを言っていたはずだ、バーコードを読み込むハンディスキャナーや管理ソフトは大手量販店のパソコン売り場で誰でも買える、しかし本屋でそういった類いのものは売らないことを言っていた。

 しかし探してみれば、アート作家や、実はプラモデルでも「本屋」を作って販売をしていた、これが本屋が売らないもう一つの〝本屋〟か。

 しかし私はそこで頭を振って考えるのを止めた。

 私はこれから現実を、仕入れや販売、宣伝や経営を考えなくてはいけないのだ。書店・本屋の意味を崩してシャッフルして再構築するのは現実で成功してからでも遅くない、今は自分の「本屋の音」を見つけられたことで考えるのを止めるべきだ。

 前に進む足に、力が入る。

蛇足に続きます。

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