上中下の中:いらん奴に出会う
転機はそういう店で会った作家に教えられた、サロンパーティだった。画廊エリアに作家がいて、二言三言話していたら、会社の社長が大勢の作家を集めて定期的にパーティを開いているのだという、そこに来ることを勧められた。私がこういう店を開いたら顔つなぎにはいいだろうということだった。
教えられた日時、教えられた場所は、デザイナーズビルの一室で、いかにもという感じだった。
主催者もビジターとして私を歓迎してくれて、一人の作家のトークショーがあり、作品のオークションがあり、立食パーティと進んでいった。
まぁ話す相手がいないというか、気後れしてしまい私から声をかけるのもハードルが高い。私を誘ってくれた作家も私のガイドというわけではない、友人の作家とじっくり話をしている。
折を見て帰るかと場の流れを見ていたら、隣に座っていた男の話し声が耳に入ってきた。
なにやら最近、アイスクリーム作りにはまっているとかなんとか。それを女性が真剣に聞いている。
なるほどアート作家達の集まりの中でも、さまざまな話題が行き交っているのかと意識を逸らしたら、話が終わったようで女性が立ち上がり向こうに行ってしまった。
男は一息ついてこちらを見、目が合ったのでお互い軽く会釈をする。
「話が耳に入っていたんですけどね、アイスクリームですか、いいですね」
「いやぁ、素人の作るものですよ。冷凍庫から出すと、すぐ溶け始めるんです。市販のものはどうやって溶けにくくしているんだか」
知らないのでそこには返さない。
「私もね、客をもてなすスペースのある古書店をやりたいと思っていますんで、コーヒーやら軽食やらは勉強しないといけないかとは思ってるんですよ」
「ほぉ、ブックカフェですか」
「それも思案のしどころなんですが、まだどんな形態にするかは決めてないです」
「まぁ今の時代、いろんな形の本屋がありますからね」
男は本屋にも一家言持っており、いろいろな話を始めた。
私が書店業について詳しくないのもあると思うが、おそらく男が言っている本屋はまともな話ではないと思う。扱う分野がまともな本ではない、というのではない、個性的な店舗を始めるならば注意すべきは個性の維持とか伸ばし方とか磨き方という、およそ真っ当な書店業や経営の本では書かれていないことを話し出したのだ。
それはそれで興味はあるのだが、今の私のレベルでは重すぎて話の一割も受け止めることができない。なんとか喋る間を見つけて話を止めた。
「重要なのは継続と発展というあなたの意見はよく解りました、けど話を楽しむための一過性の話題ならともかく、選択肢を決める状態の私には難しすぎて手に負えません、なんか、もっと軽い話はないですか」
「そうですか?…それなら…」
男は少し考えて言った。
「私も考えている最中なんですが、本屋の音って、どんなだと思いますか?」