「架空のキャラと進む現実の災害風景」
稲村某は元気です。
……まず、今回の令和元年19号台風で被災された皆様、一刻も早く元の生活に戻れるようにお祈りいたします。
そして、悲しくも身内の方に犠牲に成られた方がいらっしゃるのでしたら、深くご冥福をお祈りいたします。
予め御伝えしたいのは、不肖、稲村某。今回の台風災害を使って炎上効果を狙い、人の目にわざと触れるセンセーショナルな題材を扱うつもりは有りません。
しかし、ほんの僅かでは有りますが、感じ、思い、そして伝えたい事をこうして皆様の目に触れるよう筆を取りました。
……でも、だからと言ってこの題材をエッセイとして挙げたくても、どうしても地名等を伏せ字で表記しなければならない都合を加味すると、エッセイでは無いのです。
と、言う訳で……これはフィクションです。登場する人物は架空、地名は伏せ字で構成されています。しかし……登場する人物全ての心理的表現は稲村某が感じ、思い、伝えたい事です。それは絶対です。
長い前置きになりましたが、肩の力を抜いて、暫しの間のみ……駄文にお付き合い下さいませ。
……尚、この先はアスキーアート同士の会話が主体となります。好みでない方はご遠慮下さい。
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今日は待ち合わせである。まぁ、本当に急遽決まった逢瀬なので、準備も何も無く、仕事に向かう道すがら、待ち合わせ相手を拾って暫く同行する予定である。
……ただ、この世界の住人では無いが。
(※注・↓筆者を表すアスキーアート)
(イナボ)<……あ、居た。
真っ直ぐ続く田舎道。周囲は田んぼと畑が続く平坦な場所に設けられたバス停が現れる。そこに置かれたベンチに退屈そうに座る一人の女性。
黒く艶やかな長い髪、早朝の煌めくような陽射しを跳ね返すような白く澄んだ肌、そして濃い瑠璃色の瞳が印象的な彼女は、周囲の陽光を吸い込むような黒ずくめの出で立ちで待ち構えていた。
黒のブーツに黒のスキニーパンツ。黒のタートルネックと最早「何処かの戦闘員か?」と勘繰りたくなるような装いだが、細筆で伸びやかに描いたように整った眉とキリリと絞られたような眼、そして淡く彩られた頬……これで化粧っ気が無いのが奇跡としか言い様の無い美形にも関わらず……桜色の唇から放たれた言葉は、
ノハ゜⊿゜)<……遅ぇんだよ、このタコ野郎。
……痛烈、且つ辛辣な口調だから、何と言うべきか。
彼女はそれだけ言うと、停車した車の助手席に当たり前のように乗り込み、さっさとシートベルトを締め、沈黙したまま発車を待つ。
車が動き出すと、片手を窓枠に載せて頬杖を突き、流れる車窓の景色を眺めながら俺が喋るまで口を開かなかった。
(イナボ)<……待った?
ノハ゜⊿゜)<<……そんなに。てかよ、お前……何でそんなに迎えに来るの遅いんだよ?
(イナボ)<まぁ、色々ごたついてたからね。仕事に行く途中だけ同行する決まりだからさ。
ノハ゜⊿゜)<……ふーん。ま、宜しく。
……彼女は稲村某が創作した架空の女性。自作品の小説【悪業淫女】に登場する人物。ホーリィ・エルメンタリアと言う異世界の女性である。ちなみにこの現世に降臨した際に異世界転移特有のご都合主義に則り、現世の知識はある程度インプットされた状態なので、車を見て大騒ぎしたりはしない。
ノハ゜⊿゜)<……なぁ、それにしても何で辺り一面、沼なんだ?
(イナボ)<……ああ、そこら一面は、全部畑だったんだが……雨水に浸かってるんだ。
ノハ゜⊿゜)<ふーん。つまり、昨日は大雨だったって事か?
(イナボ)<そーゆー事。これから市内をぐるっと巡るドライブだよ。
ノハ゜⊿゜)<あー、そう。まぁ、安全運転でな?
(イナボ)<重々承知。
言われなくても安全運転である。一月前に交通事故で車を変えたばかり。もう当分の間は事故なんて起こせないし、起こす余裕なんて皆無だが。
……だが、昨日の台風で市内は大混乱。至るところに放置された車両が点在し、時には交差点の真ん中に鎮座する故障車が往来を妨げていて、流れが悪くて辟易とする。
今しがた擦れ違った車両は、車体の真下に濁流に隠されたガスボンベが挟まったからか、軽く前方を浮かせたまま放置されている。
或いは流されてきた夥しい草木が前輪に絡み付き停止を余儀なくされたのか、乗り捨てられた軽トラが路肩に乗り捨てられていて、昨夜の雨が凄まじかった事を物語っている。
幾度も渋滞箇所を通過し、いつもなら十分で移動できる距離を三十分も掛けてノロノロと進むと、車載テレビから近所の被災地に救命ヘリコプターが駆け付けて、濁流に飲み込まれた被災者を吊り上げて救助する映像が中継されていた。
「……○○県S市では、取り残された被災者を消防ヘリコプターが救出しています! 早朝から救助は続けられています!!」
ノハ゜⊿゜)<なぁ、ありゃ何んだ?
(イナボ)<……あ、あれか?
テレビ中継を無視しながら、彼女は道路の先に現れた決壊寸前まで水量を増した某河川に架かる落ちた橋……ではなく、その周囲に群がる人々を指差していた。
(イナボ)<……【インスタ映え】を狙った連中だろうな。被災地と言えど地域の全員が被災したとは限らないし、昨日の大雨で閉じ込められていたから、晴れて快晴の今日は絶好の外出日和……なんじゃないか?
古いコンクリートの橋だったが、一般的な橋脚と違い手摺の低い独特のデザインで、趣の有る橋だったが……予想を遥かに上回る水量で押し流されてしまったようだ。だが、両岸間際から綺麗に消えて無くなった橋はきっと、生活が豊かになるよう願いながら、地域に役立つ橋にしようと造られたのだろう。
ノハ゜⊿゜)<……ロバート・キャパ気取りで撮ってるんなら、足りないのは悲嘆に暮れる戦災犠牲者と、撮影者本人の誇り、あとは自己責任感だな。
……旧いから災害に耐え切れない、新しくないから流された、と考えるのは早計だ。あの橋は昨今の治水行政が産み出した下水道じみた河川等ではなく、穏やかで常に姿を変えて来た昔の河川に合わせた橋だったのだろう。大雨の度に土石流を川下まで流し込む脆弱な山間部も、稚屈な林業政策で貧弱な針葉樹一辺倒に山を変えた愚かな林野局の残した負の遺産。国をズタズタに変えた過去の官僚連中は一度でも災害時に「我々は山林を塵紙以下の吸水性に、河川を鉄パイプ並みの用水路に変えました」と謝罪した事が有ったか?
(イナボ)<今は写真よりも、出歩かない常識を持って欲しいね。
ついでだが、君達が歩き回っている足元には、溢れた下水まみれの汚泥が横たわっている。つまり、つい先日までウ○コを転がしながら流していた下水管から逆流した汚水が混じっているんだぞ? 家に帰ったら足を消毒しろよ? 怪我したまま歩き回ったら、最悪……破傷風に感染だ。
ノハ゜⊿゜)<……胸くそ悪いぜ。さっさとお前の職場に行けよ。
(イナボ)<……へいへい。
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ノハ゜⊿゜)<……混んでるな。
(イナボ)<……混んでるね。
不可思議な事だが、カウンターに座る彼女を従業員も客も感知出来ないらしい。かといって隣に陣取るオバサンは全く意識せず、彼女が座っている背凭れに荷物を掛けて居るのだ。
ノハ゜⊿゜)<地元民はどの位だ?
(イナボ)<さぁねぇ……でも、ソコとコッチはアウトレットから流れてきた観光客だろうな。
俺の付近には中国語が飛び交い、そして度重なるスマホでの写真撮影を繰り返す姿が見える。折角来てくれた観光客なら、【おもてなし】して帰したいが……タイミングが最悪である。
ノハ゜⊿゜)<……そーいや、車ん中で『○○川が決壊』って言ってたが、お前のウチから近いのか?
(イナボ)<……遠いけど、車に乗れば必ず掛かった橋を渡るね。
ノハ゜⊿゜)<……サイレン鳴りっぱだな。
今日の勤務店は直ぐ裏に消防署が有る。そのお陰で午前中はサイレンが鳴り止まなかった。もう、耳が慣れて何も感じない。
ノハ゜⊿゜)<ヘリコプターが飛び回ってるな。
(イナボ)<家を出る時に我が家の真上でホバリングしてたから、てっきり撮影用のヘリコプターかと思ったよ。言われてみりゃ機首が○○川の方向向いてたな。
ヘリコプターも飛び続けている。もう、自衛隊も救命も何も関係無い。ただ、被災者を救って頂いて有り難う。その気持ちしかない。
ノハ゜⊿゜)<……でも、そこのテーブルの客、食い物残して帰るのな。
(イナボ)<代金はちゃんと受け取るけどね。
被災者を救済する最初の援助は、避難場所と温かい食事である。でも……目の前には【食べ残した】残骸を放置して帰る客。たったの四時間前に見た壮絶な被災現場……土砂に足止めされて放置された車両、河川から流れ込んだ汚泥を塵取りで掻き出している住民、落ちた旧い橋脚……何だろう、この温度差は?
ノハ゜⊿゜)<……結局、被災しなかった連中には他人事なんだな。
(イナボ)<そう言いなさんな。こうして地元に金を落とすのも立派な経済効果で支援になるんだからさ。
ノハ゜⊿゜)<一食分、贅沢を我慢して募金した方が意味有るんじゃねえの?
ホーリィさんの言う事は一理有る。でも、募金が流れて来るまでのタイムラグより、直接落とされるお金の方が速やかに現地に浸透する。
(イナボ)<……それより風評被害の無い事が今は一番有り難いかな。
復興には時間が掛かる。でも、きっと明日も観光客やら何やらはやって来るし、被害を受けなかった地元住民は、連休が明けたら速やかに通勤生活に戻るだろう。ただ、ここの従業員の一人は床上浸水したそうで、片付けだけで当分の出勤は無理だそうだ。
(イナボ)<俺……元の職場に戻れるかな?
ノハ゜⊿゜)<……知らねぇよ。ま、どこで働いても給料変わらないだろ?
(イナボ)<……そうだね。
ノハ゜⊿゜)<じゃ、ワタシは帰るわ。適当に頑張れよ?
立ち上がった彼女は、店を出る客の末尾に紛れながら静かに店を後にした。……帰りは送らなくていいのかって?
(イナボ)<……俺、送り狼って柄じゃないんでね。
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話はこれだけである。我が家はマンション三階。目の前の小学校には一人も避難者は来なかった。だが、住んでいるS市は深夜まで【全市内に避難勧告】のメールが止まなかった。
稲村某の住んでいるS市は北関東である。田舎でスタバも二軒しかないし、駅前にマックは無い。ついでに吉野家もすきやも駅前には無い。電車も一時間に一本がデフォルトだ。
でも、多少の観光資源はある。だからこそ……ほんの少しだけ、水が退いて片付けが終わるまで落ち着かせて欲しい。それが飲食店勤務の稲村某の偽らざる気持ちである。
ホーリィさんが出る【バッドカルマ・ビッチ】も宜しくね。