気付かぬ温度差
外出禁止を出されたアンはここ数日穏やかな日々を送っていた。
窓辺に置いてもらった椅子に腰掛けながら暖かな日差しを浴びてゆったりと午後の時間を楽しむ。
整った顔立ちの少女が己の艶めく髪を掬いあげ、ゆったりと笑みをこぼすその様子は周りから見れば一枚の絵画の様である。
そしてそんな美しい少女は心の中ではこんな事を考えていたのである。
(軟禁されるなんて予想外だったけれど、とりあえずは第一関門は突破かしら…?
お父様があそこまで怒るだなんて思わなかったけれどマリアンヌ様と縁を結ぶ事は出来たわけだし、私が下に見られてそれを肯定したようなやり取りは大勢の人がその目で見たのだから、周りの人たちはこう思ったはず。「あの問題児一家に自らヘコヘコするような奴は王家の嫁としてふさわしくない!」と!!)
フフッ、アンは穏やかな笑みをこぼした。
(このままマリアンヌ様の隣でマリアンヌ様に自ら従っている様子を周りに見せ続ければ私は婚約者には選ばれないはず…!)
フフ、ウフフッ…
上機嫌なアンは段々と見えてきた未来に心を躍らせるのだった。
───────
そしてある日、お父様からお話があるとの知らせを受けたアンはお父様の書斎へと足を踏み入れた。
足を踏み入れるとどうしても数日前の嫌な思い出が蘇ってくるのだが、お父様に促されあの時と同じソファーへと腰を落とした。
父から外出禁止を取り下げるという連絡と共に、もう一度あの日私が起こした行動について何がいけなかったのかを理解できたかどうか確認される。
イエスと答えた私はその後に続いたお父様の言葉には迷う事なくノー、と答えた。
私の返事に対し、お父様は目を見開いた後その目を細め鋭い目で私の事を射貫いてきた。
私は握り締めた手のひらから汗がふき出て来るを感じた。今にも身体が震えだしそうだ…
こんなに怖いお父様なんて、見た事がない。
お父様は静かに怒りをにじませている。
部屋の温度が急激にさがっていくのを感じた。
「……アンジェリーナ。」
(っ、臆しては駄目。ここが踏ん張りどころ…っ)
「だ、だってお父様。私先日マリアンヌ様とお別れをする時に、今後ともよろしくって言っているのです。それに対してあちらもまた会えるのを楽しみにしていてくれるとお返事くださっていました。これで今後関わらない、避けていくとなると、私は嘘つきになるのです。
私は嘘つきにはなりたくないのです!」
「アン、言う事を聞きなさい。あの一家と無闇に軽い気持ちで付き合うのはリスクが高すぎるのだ。」
「でも、それでも私は――」
そしてしばらく話が平行線をたどった後――、
大きなため息を吐いたお父様から、これだけは守ってくれと約束させられる。
「お前が誰かと仲良くなるのは良いのだ。私はそのこと反対し、怒っているのではない。
ただ、お前がディヴッドソン伯爵家の令嬢であるということを私はしっかりと意識して欲しいと願っているのだ。そこだけは何がなんでも犯してはいけない。約束してくれるな?もしお前がこの事を破ることがあれば、その時はお前だけの問題ではなく、私も、母様も、幼い弟のカルヴィンにだって大きな迷惑が振りかかるのだ。お前はただの娘ではない。家名を背負っているという事を、責任を忘れるでない。それが、貴族に生まれてきた者の勤めなのだ。アン、お前は敏い子だ。わかってくれるな?」
お父様へ約束を守ると誓った私は、しかしだからといってマリアンヌ様と距離を置くような真似はせず、約束を破らない範囲でマリアンヌ様に積極的に接触を計りにゆき、着々と自分の地位を築き上げていったのである。
地位を築き上げるために私がしたことといえば、
・マリアンヌ様が主席なさる御茶会や夜会を調べあげ、マリアンヌ様の隣を陣取り続ける。
・マリアンヌ様を褒める。おだてる。同調する。
・マリアンヌ様に変な影響を与えそうな人物には近寄らせない。
・レオン様に対して過度な接触を取り疎まれることのないよう、タイミングを見計らいブレーキをかける。
とまぁこんな感じである。
マリアンヌ様は単純なのでどれも順調に進んだ。
───────
そして、季節が移り変わりレオン様がクライズ学園へと御入学を果たす頃、私の努力が実を結んだのか目出度く婚約者の座はマリアンヌ様が勝ち取られることとなったのである。
さらにその一年後には、アンとマリアンヌの両名もクライズ学園へと入学し、同時にレオン王子は一つ上の二学年へと進級を果たしたのであった。
入学した私はすぐに周りからマリアンヌ様の側近、腰巾着、とりまきと認識されることとなり、周りからは関わってはいけない人間としてマリアンヌ様と共に名を挙げてゆくのであった。
そしてアンの計画は順調なまま、月日は流れてゆくのである――
お読み頂きましてありがとうございました。
プロローグ編はここまでとなります。
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