初めての接触
プロローグは後一話で終わります。
「本日はお招き頂載いたしまして誠に有り難うございます。
ディヴッドソン家の家長、オスカー=ディヴッドソンで御座います。こちらは我が娘のアンジェリーナです。」
「本日はお招きありがとうございます。アンジェリーナ=ディヴッドソンと申します。陛下とレオン第二王子殿下へお会いすることができとても嬉しく思っております。」
「固くならずとも良いぞ。噂では床に伏せていたということだが元気そうで何よりだ。だがもし具合が悪くなったら遠慮せずに申すが良い。こちらとて無理をさせる気はないのでな。」
「はい、お心遣いありがとうございます。」
「うむ、その様子では大丈夫そうだな。
レオン。」
「はい、父上。
本日はお会いすることが出来こちらも嬉しく思っております、アンジェリーナ嬢。
今日の紅茶は病み上がりのあなたの為にリラックスできる物を用意させましたのでよろしければお飲み下さい。」
「まぁ、ありがとうございます!
実はさっき頂いたのですが…飲んだあと心がすっと落ち着いたのです。あれはリラックスできる紅茶だったのですね。レオン殿下のお心遣いに感謝いたします。」
一見和やかに見える会話だが、アンは何やら違和感を感じた。
というのも王子の言葉には心がこもっていないように思えたからだ。
初対面の相手に対して心を開かないのは普通のことだし気にすることではないのだが…殿下は優しい表情に対して、心が、なんだか空のような気がするのだ。
気分が良いわけでもなく悪いわけでもなく至って普通に見えるのに、なんだろう…無関心…?
初対面の私では殿下が一体何を考えて、どんな気持ちでここに居るのかはわからない。
そんな子供たちの事をどこまで分かっているのか、大人たちは我が子を横目で見ながら挨拶を済ませたのであった。
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その後はお父様の知り合いの方々への挨拶に私も付いて回っていたのだが、しばらくするとむこうの方から大きな声が聞こえてきた。その声の主はどうやらこちらへと近づいてきているようだ。
そして、やはりというか予想通り、声の主はジェラード伯爵であった。
すかさず私を背後に押しやるお父様に、私は計画を実行するチャンスを逃してしまうかもしれないと少し慌ててしまった。
その様子を見たお父様のお知り合いの方々は私が怯えていると勘違いをなさったようで私を隠すように立ち位置を変えてきてしまった。
(まずい!なんとか私も喋るチャンスを掴まないと!)
接触を計るため、なんとか会話の中から糸口を見付けようと試みるのだが、周りの大人たちもジェラード伯が話し始めると同時に大きめの声で会話を始めてしまったので、私は何をお話されているのか知ることは出来なかった。
(むぅー、断片的な単語だけだとよくわからないじゃないの。)
気付かれないようにゆっくりと、少しだけ、身体の向きを変えて私はお父様の背後から正面を覗き見た。
(あ、マリアンヌ様も居らっしゃる。ふんぞり返って私をじっと見ているわ。
…これはチャンスよ。
よし、頑張れ私。ここからが勝負だ。さぁいくぞ!)
アンはマリアンヌ嬢と目が合うと同時にすかさず話しかけた。
「御機嫌よう。マリアンヌ=ジェラード様。私、アンジェリーナ=ディヴッドソンと申します。どうぞよろしくお願い致しますわ。」
まさかいきなり娘から声を掛けに行くとは予想していなかったのであろう。お父様も周りの大人も目を見開いた。
「御機嫌よう。私はマリアンヌよ。マリアンヌ様とお呼びなさい。
それにしてもあなた随分と弱々しいわね。それではレオン様に相応しくはなくってよ。」
ふんっと鼻を鳴らし勝ち誇った表情のマリアンヌ様。
ずっと言いたかった事なのだろう。言うことが出来てスッキリ、満足したといった様子だ。
そしてピリピリとしたこの場の空気が破裂しそうになる寸前、お父様の口が開くのを遮るかのように少女の口が先に動いた。
「ありがとうございます、マリアンヌ様。
お恥ずかしい話なのですが私は先日から体調を崩してしまっておりまして...。
それにしてもマリアンヌ様は健康そうで羨ましいですわ。
包容力があるのは素敵なことです。
私では骨が相手に当たってしまいそうですもの…」
暗にぽっちゃりであることを示唆したのだが、当の本人たちは気付かずに機嫌がうなぎのぼりである。
「そうだろうそうだろう。我が娘のマリアンヌは全ての国民を抱き抱えられるだけの器を持っているのだ。」
「えぇその通りですわ!
あっ!そうだわ!貴女、何と言ったかしら…とにかく貴女には私の側にいる権利をさしあげても良くってよっ!」
「まぁ、ありがとうございます。私はアンジェリーナです。アンとお呼び下さって構いませんわ。」
お父様が口を挟む隙を与えずに、そしてニッコリと微笑むことも忘れずに、好感触に受け取られるであろう返事を返す。
「そう、アンね。覚えたわ…家の使用人と同じ名前ね、分かりやすくて良いわ!」
「まぁ、それは…何はともあれ覚えてくださってうれしいですわ!どうぞ"今後とも"宜しくお願い致しますわねマリアンヌさま、「 アンジェリーナ 」 っ!…そ、そうですわね、お父様…っそろそろ時間ですわね…!
マリアンヌ様、すみませんが私、そろそろ行かなければならないのでこれで失礼させて頂きますわね。」
「えぇ、わかったわ!私は貴女の事が気に入ったわ。また会える日を楽しみにしているわよ、アン!」
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その後は、大人たちのさも何か言いたそうな視線をヒシヒシと感じたがお父様がそんな視線を遮るように立ってくれ、門まで最短ルートでエスコートをしてくれたのであった。
馬車に乗り込んだところで、アンはそこでようやく、父親の顔色を伺うことができた。
「アンジェリーナ、詳しいことは家に帰ってからじっくり聞くことにする。
…そう簡単に話が済むとは思わないことだ。良いな。」
「…はい。…わかりました。」
その後はどちらも口を開くことはなく、馬車は重い空気に包まれたまま帰路の旅を終えた。
そして悪夢のような時間がようやく終わったかと思うと、家に着くなりお父様の書斎に連れて来られた私は、勝手な行動を起こした事についてこっぴどく叱られ、今日の後始末をするといって家を出て行ったお父様とは逆に、数日の間の外出禁止を言い渡されたのであった。
お読み頂きましてありがとうございました。
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・補足説明
子供同士とは言えども同じ爵位を持つ相手の下に付くような態度は家の強さにも影響を及ぼしてしまうため良いこととは言えませんでした。
特に今回は場所が場所だったこともあってオスカー伯爵は怒るより他に仕方が無かったのでした。