レオン視点 噂
[レオンside]
"スペア"
俺は周りの人達からそう思われながら生きてきた。
最初からそうだったので特に疑問を持つこともなかった。
必要とされているのは兄様。俺はただの保険にすぎない。
もしものことがあるから大切にされている。それだけの存在だ。
兄様の子供、つまりは世継ぎが産まれるまでが俺のスペアとしてのタイムリミット。
それが終わることでようやく俺は"ホンモノ"になれるのだろう。
俺の将来のレールは大方既に決められていることに変わりはないが、それでも俺は誰かの代わりの存在からは抜け出すことが出来る。
俺はこれを心の支えにして生きているのだと思う。
その時がいつ来ても上手く立ち回れるように、今のうちから学業に公務に鍛錬にと多くの事に励んでいるというわけだ。
とは言っても別に俺は今の状況に不満を持っているわけでも怒りを持っているわけでもない。
ただ、自分は要らない人間なのではないかとたまに考えてしまって少しだけ悲しくなる時がある。それだけだ。
────────
あの少女のことを目で追うようになったのはこの学園に入ってからだったと思う。
アンジェリーナ=ディヴッドソン。
マリアンヌが婚約者と決まった後も婚約者候補という肩書を外されることなく、婚約者の"スペア"という立場に立たされている少女。
スラッとした細身の身体に意思の強そうなキリッとした目と、艷やかな長めの栗色の髪が特徴の彼女は、実は男子生徒の中では人気がある。性格があれじゃなければ、スペアじゃなければ、彼女には婚約の話が次々と舞い込んでいた事だろう。
最近ではマリアンヌよりもアンジェリーナ嬢の方が悪目立ちしているようで、出会った頃とは逆になりつつある二人の関係に少し違和感を感じている。
これが故意的なものなのかそうでないのかは本人のみぞ知るといった事なのだろうが…。
彼女に対して色々と気にはなる事はあるがそこに恋愛感情はない。
俺がもし誰かに対して恋愛感情を持つことがあったとしてもそれが叶うことなどありはしないだろう。
不毛な思いをする必要などない。そんなことは避けるに越したことはないのだ。
ふとした時に思う。
自分と同じ"スペア"の少女はこれからどういった道を歩んでいくのだろうか。
彼女が俺と敵対する道を選ばないことを願うばかりである。
───────
「おい、レオン。聞いているのか、レオン?」
「おっと…すまないジェイ。少し考え事をしていた。」
「いや別に構わない。むしろ話しかけてすまなかったな。」
「いや、大したことじゃないから気にするな。それで、話というのは何についてだ?」
「あぁ、あのお嬢様方の定期報告なんだが…」
ジェイには学園内の情報を集めてもらっている。
ただでさえ家の命令で学生という立場でありながら俺の護衛をしてくれているのだからそれだけで十分だと思っていたのだが、ジェイにとってはそれだけでは満足出来ないらしく、こうして時折調べた事を報告してくれているというわけだ。
ジェイは交友関係がとても広い。
父親が近衛兵団にいることで多くの男子生徒からは尊敬されているし、ジェイの顔と筋肉に魅了された女子生徒たちは婚約者の座を狙って自分から近付いていっているようだ。
色々な所から情報を集めてくるジェイは頭の回転も早く、とても頼りになる存在だ。
「…といった様子だ。まぁ以前の報告からは特に変わったこともないし、現状を維持しているって感じだな。
あのとりまきのお嬢さんがうまくマリアンヌ嬢の手綱を引いてくれているのはこっちとしても助かる。ここで大事を起こされても人目が多すぎて揉み消せ無いだろうからな…。
それに中等部入学した頃と比べるとマリアンヌ様のワガママっぷりはまぁ落ち着いてきた方だし、段々といい方向に変わっていってると思うぜ。その分というか…とりまきのお嬢様方に対する評価はあまり良くはないがな。
なんにしてもマリアンヌ様の評価が良くなっているのは良い事だ。まぁそれでもあのお嬢様にはもっと頑張って素敵な女性になってもらわないといけないわけだが…。と、定期報告はこの辺にしておくぜ。」
「あぁ。いつもすまないな。」
「これはあくまで俺から言い出してやっていることなんだし気にすんなよ。
…それと報告ついでにもう一つ。王子から指示を頂きたい件が一つありまして、これはまだ報告出来るくらいまで情報の信ぴょう性を確かめられていないのですが…」
「あまり良くない話なんだな、分かった。聞くから続けてくれ。」
「了解。 聞くところによると、近頃うちの学園の生徒が敷地内で暴行を受けるという事件が多発しているらしいんだよ。
だが被害者たちは頑なに口を開こうとしないから犯人や目的は何も分からずじまいで…この話は"~らしい"という推測の粋を出ないんだが…、実はその件で最近生徒の間で悪い噂が立っているんだ。
"王子から相手にされていないマリアンヌ様が腹いせに、色仕掛けで誘惑したその辺の男子生徒を使って、関係のない生徒を権力で脅し、口にするのも恐ろしいほどのえげつのない事をしでかしている…らしい"と。
尾ひれに羽ひれが付きまくった噂だ。殆どが作り話だとは思うが念の為、今のうちから頭に入れておいてほしい。」
「…信じたくはない話だな。
ちなみにお前から見てのその噂の信ぴょう性はどのくらいあるんだ?」
「正直、事が曖昧すぎて判断しづらいんだが…、おそらく信ぴょう性は有っても半分以下だろうと思う。どこぞの誰かの嫉妬から来る嘘の話だと思いたい。って感じだな。」
「それを聞いて少し安心した。
いつも口では容赦無く相手に突っかかっているが、マリアンヌ達が暴力に頼ったという話は聞いたことがないからな。
今回もそうだと信じたいものだ。
それにしてもこれは放っておける問題の範疇からは完全に外れているな。
ジェイ、すまないがこの件を最重要案件にしてくれ。
これ以上俺達の国の民が被害を受けることのないように全力で犯人を見つけ出す。これはレオン=ベックフォードからの命令だ。」
「了解です。」
「授業も公欠扱いにしてもらうよう取り計らっておく。思う存分自由に動いてくれ。それと…考えたくは無いがもしかしたら―――――という可能性もある。そちらも監視しておいてくれ。」
「はい。長時間王子のお側から離れてしまう事をお許し下さい。ご連絡頂ければすぐに参りますが、王子の護衛については俺が信頼出来る生徒に少し離れた位置から行うように頼んでおくのでご安心下さい。」
「あぁ。よろしく頼む。」
ジェイが部屋から出て行くのを確認してから、身体をソファーに沈ませる。
「ふぅー…」
どっちに転んでも面倒くさくなりそうで思わず頭が痛くなる。
マリアンヌは相手を暴力で傷つけるような真似はしたことがないはずだ。とは思っているのだが…もしもそうでなかった場合は大問題である。
そうなってしまうと間違いなくマリアンヌとアンジェリーナ嬢は婚約者、婚約者候補の肩書を外されることになるだろう。
婚約者選びはまた一からのスタートになる。
婚約者がマリアンヌに決まったと伝えられるや否や、年が近い娘らは、王族入りを諦めた親から違う婚約者を早々に紹介されたという。
近い年の子は既に誰かと婚約済み。そんな中、王の決めた選定最低条件を満たしているものなど…見つかるかもわからないのだ。
そんな不安定な状況下で白紙に戻したりはしたくない。
他の事なら少しは自分も事後処理に動くことが出来るだろうが、こと婚約者選びについては俺が動くことは許されていない。
政治が関係してくるからといって自分の知らぬところで知らぬ駆け引きと話し合いが行われ、自分の嫁が決まるというのは俺は好きじゃない。己の精神的に良くないのだ。
当時は自分が空っぽの操り人形になってしまったような気がして虚しかったな…と六年ほど前のことを思い出し、はぁ、と大きく息を吐き捨てた。
「少し頭を冷やすか…」
事の結末がどちらに転んだとしても俺は公平な判断をしなくてはいけない。
裁くのに情は必要ない。これは幼い頃から言われてきた事だ。
情を感じてしまうとそれに左右されて公平な判断が出来なくなる場合があるからだ、と。
俺は王族だ。言われている事は間違ってはいないと思っている。
それ位俺達の持っている力は大きい。それこそやり直しが簡単に出来ないくらいには…。
マリアンヌとはもう六年ほど近くにいる。もしかしたら無意識に情が移っているかもしれない。
他の生徒にしたって共同生活を送っているんだ、もしかしたら情はそっちにだって…。
覚悟を決めておく必要がありそうだな、とレオンは目を固く閉じた。
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