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あてんぷど すーさいど

作者: ノックアウト斎藤

ちくしょう。


アクセルを踏み込み、スピードをあげる。バックミラー越しの風景がすごい速さで遠ざかる。


普段の僕は臆病で、車の運転は酷く慎重なのに、法定速度を明らかにオーバーしても、すれ違う車にクラクションを鳴らされても、気にならない。


夜の町、少ない交通量にぼくはイラついた。


むしろ交通事故などに会いたいと思っていた。


「やめたほうがいいよ」


助手席に座る女の子が諭すようにいう。

僕は女の子を無視した。

激しくハンドルを回す。

車が急カーブし、併走していた車が盛大にクラクションをならした。


「あぶないよ。もっとスピードを落とさないと」


女の子が荒い運転を咎めるが、僕はあえてアクセルを深く踏み込んだ。




僕は自殺したかったのだ。

大学に入学してから、周りとそりが合わず、孤立。

やっと入社した会社も失敗続きで毎日怒られる。

そしてついに先日両親も死に、兄弟も、恋人も、友達も、だれもいない僕は孤立した。

趣味もないし、生きがいもない。

死のうと決心したのは、先日、高校の時のクラスメートに会った時のこと。

ヤツは、幸せそうだった。美人な奥さん、かわいい子供。

昔はバカをやっては、生活指導に怒られ、大学だって僕の卒業したところより数倍偏差値は下だった。


大丈夫か?


そう、ヤツは僕にそういったのだ。両親の葬式の時。

単なる励ましの言葉だったのかもしれない。頭ではわかっていた。けれども僕は、ヤツのその一言が、僕の人生を見下しているかのように聞こえたのだ。

僕はその瞬間、色々と諦めた。見下していた相手に見下されて、僕には何もないことを悟ったのだ。



インターネットで睡眠薬を大量に机にならべ、コップに水を注ぎ、さぁ死ぬぞ、と意気込んだ時に、そいつは現れた。


「おじさん、死ぬのはやめたほうがいいよ」


音もなく、現れた。女の子だった。年は小学校に入るかはいらないくらいの子だろうか。うさぎのぬいぐるみを抱えていた。


「どこから入ったんだ?」


「おじさん、死ぬつもりなんでしょ?」


大量に買い置きしてある睡眠薬を指差す女の子。

瞬間、考えた。この子はどこから入ってきたのだろう、はやく追い出さなくては。いやしかし、この子は僕が自殺しようとしていることを知っている。もしこの子がそのことを両親に伝えれば、自殺を阻止されてしまうかもしれない。


「何を馬鹿なこと言ってるんだ。僕は不眠症でね。いちいち薬局に行くのも面倒

だから、大漁に薬を買い貯めしておこうとおもっただけさ」


「嘘よ」


僕が言い訳を言い終わるか否や、女の子がピシャリといった。

僕が何も言っても女の子は納得せず、その場から動こうとしなかった。

とうとうはらに据えかね、怒鳴り散らした。


「出てけ! 目障りだこのクソガキ!」


女の子を掴み、玄関からホオリ出してやろうと思った。

幼児虐待という文字が頭をよぎったが、だいたいこの子は不法侵入者だし、何より、いまから僕は死ぬのだ。今更犯罪の一つや二つ怖くなかった。

女の子の服の胸ぐらをつかもうとした。

つかめない。


「ちょこまかと、逃げ回るな!」


一瞬かわいそうかも、と思ったが、怒りに任せて髪をつかもうとした。

が、つかめない。

つかめないというよりもすり抜けてしまった。

女の子が悲しそうに笑った


「死ぬのはつらいよ?」



僕は家を飛び出し、車に乗り込み、走り出した。

どこか、どこでもいい。自殺できる場所だ。


「どこに行くの?」


女の子が助手席に座っていた。

僕は半狂乱になってアクセルを踏み込んだ。



数時間、車を暴走させ続け、僕はとても疲れていた。

ふらふらと、車体を停車させ、ハンドルに額を載せる。


「おじさん、見てみて!」


女の子が歓声をあげる。大きな橋、レインボーブリッジだ。いつのまにかこんなところまできてしまったらしい。

橋の照明と、橋の上を走る車。それらがイルミネーションとなってきらきらと光っていた


「きれいだね」


「……ああ」


僕はなんだか急に自分が酷くちっぽけな存在に思えてきた。


「自殺は、また今度にするか」


「そうしたほうがいいよ!」

女の子はニッコリと笑った。


帰り道、女の子がレインボーブリッジの上を通りたいとだだをこねたので、その通りにすると、面倒事に遭遇した。


「おじさん! あそこに女の人がいる!」


女の子が指をさした先、夜中でわかりにくかったが、確かに人らしき人物がいた。

しかも身を乗り出して、今にもはしから飛び降りそうだ。

僕は慌てて車を停車させ、女の子には車の中にいるように言い、その人物に近寄った。


「ど、どうかしましたか?」


僕の声は震えていた。

その人物は女性だった。顔を涙でぐしゃぐしゃにしていたが、かなりの美人。


「来ないで!」


甲高い声で、僕の足は止まる。

こういう時はなんと言えば良いのだろう。死ぬのはやめなさい? いや僕は仮にもさっきまで自殺しようとしていたんだぞ? 説得力がまるでない。 というか、そもそも僕が止める意味はないんじゃないか?

僕が半ばパニクっていると、車から女の子が叫んだ。


「お姉さん! 助けて! このおじさんにさらわれたの助けて! 助けて!」


僕はさらに困惑した。いったい何を言っているんだこのガキは?

女性の方も困惑している。


「助けて! 助けてぇ!」


女の子は尚も泣き続けている。


「人聞きの悪いことをいうんじゃない!  泣くな!」


僕はどうしたらいいかわからず、とりあえず女の子を泣きやませようとするも、女の子はますます泣いた。


「おじさんが私の服とか、髪を引っ張るの!」


「やってない! できなかったんだ!」


女の子を黙らせようと、車に近づこうとすると、肩を掴まれた。

振り返ると先ほどの女性。

僕は胸ぐらを掴まれて、


「この変質者!」


殴られた。



自殺未遂の女性に橋の上で殴られてから、十数年たった。

なんと彼女と僕は結婚した。

結婚にいたるまでには紆余曲折あったがここでは書かない。

ただ特筆するならば、僕の変質者の汚名はあの時殴られてからすぐには挽回できなかった。

なぜなら原因の女の子が忽然と消えてしまったからだ。

僕と彼女二人の命を救った少女、あの子はいったい何者だったのだろうか?


「パパ! わたし、あの人形がほしい!」


娘の一声で現実に引き戻される。

今年で5歳になる娘、とてもかわいい。今日はこの子に誕生日プレゼントを買いにやってきたのだ。


「このうさちゃんかわいい!」


うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる娘。

この子を見ていると本当にこう思う。

生きていて本当に良かった。


(ドライバー、 諦め、 橋 )の三つで三題噺。制限時間90分。

久しぶりに書いたのでリハビリも兼ねて。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイヤに額を載せるって、なんだかシュール。
2015/06/19 13:36 退会済み
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