ヘミングウェイ的休日
青年はちょうど午前六時に目が覚めた。
階段を降りて今に向かうと青年の父親が小難しそうな本を眉間に皺を寄せながら読んでいた。
青年は昨日から今日の朝にかけてたらふくマッカランを飲んでいたから体中が水分を欲していた。
彼は父親に軽く挨拶して冷蔵庫からよく冷えた水を取り出した。二杯ほどゆっくりと時間をかけたところで、青年は自室戻っていった。
帰るついでに父親の本棚から数冊の古い本を持ちだした。彼は自室のベットに横になり、親の本棚から拝借した本をぱらぱらと読み始めた。
インディアンの部族の女が出産する傍らで、別の男が自殺する話などが収録されている短篇集だ。
短篇集のうちいくつかの話を読み終わったところで、彼はベットから降りてキッチンへ向かった。
6枚切りの食パンをトースターに放り込む。青年はパンが焦げない程度に加熱した。彼はパンの表面がカリカリになるのを良しとする人間ではなかった。
青年はトースターの前で注意深くパンを見つめていた。そこで思い出したのように居間で険しい表情をしている父親にも朝食がほしいかと尋ねた。
返事はなかったので彼は追加のパンを焼くこともなく、開けたての牛乳と一緒にテーブルへ載せた。血糖値が上がるようにしっかりと噛みながら食事をした。
青年が朝食を取り終わったところでキッチンへやって来た彼の父親がこう言った。
「俺の分はないのか。食べるならひと声かけてくりゃよかったのに」と残念そうに言った。
「さっき尋ねたよ」と青年も残念そうに言った。
青年が牛乳を読み終わる頃には父親も自分の朝食の準備を終えた。
青年は食事を終えていたが、父親を放っておいて部屋に帰るのは虫が悪いと椅子に腰掛けたままだった。
「そういえば」と唐突に父親が言った。「マッカランとボウモアの空き瓶を見つけたんだが」と。青年は答えた。
「少し調子に乗り過ぎた。申し訳ないと思っている」と頭を抑えた。ウイスキーは家に二本あったが、そのどちらもが彼の父親のものだった。
「ぐびぐび飲むのは勝手だけどさ、俺が若かった頃これらのお酒は何万円もしたんだぞ」と呆れたように父親は言った。「一昨日ワインを冷蔵庫に入れておいたからそれで手打ちにしよう」と青年はおどけて言った。
「あんな安酒」と父親は笑った。
笑った後で、「そういえば昔はどんなお酒でも高かったなあ」と思い出すように言った。父親も朝食を取り終えたので、青年は「これにて御免」と洗面台に向かい、歯を磨いたのちに部屋へ戻った。
ベットの脇に置いた例の短篇集を何気なく手にとって見た。本の裏面には、本のあらすじと値段が印刷されていた。
値段は280円だった。青年は自分の鞄から、昨日買ったばかりの文庫本を取り出し値段を見た。730円だった。
青年は誰に向かってでもなく、「俺が若い頃は本が三倍近く高いんだぞ」と呟き、古い方の本のページを開いた。