童話の王子様
「はぁぁぁぁぁ……」
「どうしたんだ? そんな辛気臭いため息をついて」
深い深いため息をついた、親指姫の王子に、シンデレラの王子が声をかけた。
今日は彼らの妻が女子会を開いている為、だったら裏で男子会を開いてやれと集まった王子たちだったが、親指姫の王子が開始早々にため息をつく。
そんな親指姫の王子は、花の国の王子な為、かなり小さく、紅茶の注がれたカップに背を預けながらシンデレラの王子を見上げた。
「親指姫が可愛すぎて辛いんです」
「リア充禿ろ」
親指姫の言葉に人魚姫の王子が悪態をついた。
「まあまあ。人魚姫の王子もさ、自分が魔女に騙されて、一夜を共にしてしまったネタをいつまでも人魚姫に使われて度々実家に帰られるからって、のろけ話にそう目くじら立てるなって。確か、親指姫ってあれだよな。いろんな奴から求愛された逆ハーレム少女」
シンデレラの王子がそう言うと、心の傷を抉られたのか、人魚姫の王子が隅っこで2人に背を向けお酒をちびちびと飲んだ。
「逆ハーレムって……」
「えっ? そうなんだろ? 確かヒキガエルとこがね虫、あとモグラに求婚されたんだっけ? そうそう、ツバメも実は親指姫狙いだって聞いたぞ」
「詳しいですね」
「うちの嫁から色々聞くんだよ」
シンデレラの王子の言葉に、親指姫の王子は疲れたように笑った。
「そういえば、仲がいいですもんね。お互い貧乏生活を知っているからか……。実は、あの後も、親指姫に群がるオスが後を絶たなくて」
「別嬪の嫁が来ると大変だよな……というかオス? 男じゃなくて?」
「ええ。なんというか、異種族に好かれるみたいなんですよ。親指姫も鈍いところがあって、そんな意味で近づいてきているんじゃないって言うんです。だったら君の今までの人生思い返してみろと言いたいところでして」
親指姫は小さいものの人の姿をしている。しかし、ヒキガエルにさらわれるわ、モグラに求婚されるわと、明らかに見た目が違う者から好かれた。一応最終的には、花の国の王子となんとかゴールインしたケースだが……異種族に好かれるのは間違いない。
「親指姫って、よくあるテンプレ王道の鈍い系女子だよな。まあ、それぐらいじゃないと逆ハーレムなんてストレスが溜まってやってられないだろうけどさ」
「いや。そこは、姿が違いすぎてまさかという感じじゃないのか? お前だって犬に尻尾振られても求婚されてるって思わないだろ?」
「おつー、いばら姫の王子。仕事終ったんだ」
途中参加でやって来た、いばら姫の王子に、シンデレラの王子は手を上げた。
「悪いな、遅れて。これで全員か?」
「いや。まだ白雪姫の王子が遅れてる。にしても大変だよな。お前、マスオさん系だもんな」
「まあな。でも嫡男じゃない、6男な俺が、王様になれただけでも、ありがたい話だと思ってるよ。ただ、結構な年の差で、身分も第一継承者と6男だろ? 格差婚とか、周りから言われる系の方が鬱陶しいというか面倒なんだよな。いばら姫の親さんも良い人だから、そっちは結構問題なく付き合えてるんだけど」
そう話しながら、いばら姫の王子はシンデレラの王子の隣に座った。そして、近場にあった紅茶を手に取り飲み乾す。
「あれ? いばら姫と貴方って同い年ぐらいかと思っていましたけど、違ったんでしたっけ?」
2人の事を知っている親指姫の王子はそう言って首を傾げた。その様子にいばら姫の王子は苦笑いする。
「まあ、いばら姫の年齢が眠っている間止まってたから、見た目はさほど変わりないんだよな。むしろ、俺の方が若干年上っぽい。でもさ100年も眠ってたから、いばら姫が115歳の時に、18歳の俺が結婚を申し込んだってわけよ。おかげで土地や金や地位が目的だろとか、さんざん言われるし」
いばら姫の王子はポットから新しい紅茶を自分のカップに入れながらため息をついた。
「あはは。お前ら、本当に仲がいいのにな」
「本当だよ。僕はいばら姫がしわくちゃなお婆さんだとしても愛せるね。むしろ、全然あり。いばら姫がお婆さんになったら、きっとすごく可愛いお婆さんだろうな」
「そういや、いばら姫の王子って、おばあちゃん子だったもんな」
「そうそう。6男だから親に放置されてたんだけど、おばあちゃんだけは可愛がってくれてさ。おかげで、いばら姫とも話があったんだよなぁ」
100年の年の差は結構大きいものなのだが、おばあちゃんちゃん子だったいばら姫の王子は、その難問を難なく乗り越えた。いばら姫が目を覚ました後、他の多くの王子からも求婚があったのだが、最終的にいばら姫は話の合う王子を選んだ。人生何が功をそうすかは分からないものである。
「でも、一途に思い合うっていいですよね」
「嫌味か、この野郎」
「あ、すみません」
「謝るな。余計に辛いわ!!」
酔いが回ったのか、目が座っている人魚姫の王子は、腕を振り回しながら、親指姫の王子に絡む。
「たった一回の過ちじゃないか。男はそう言う生き物なんだよ。それなのに、毎回、毎回、そのネタを持ち出しては、実家に帰るし……うぅぅ。人魚姫、帰って来てくれぇー」
「あ、また、実家に帰られたんだ」
「あれ? 女子会に参加していなかったけ?」
「しっ。人魚姫の王子って、束縛力が強いから、そう言ったんだろ」
シンデレラの王子が、いばら姫の王子にこそこそっと伝える。
「親指姫は孤児だったので良かったのですが、人魚姫は、人魚のお姫様で、どうしても実家に帰らないといけないですものね。特に異国どころか異界的な場所に嫁いだから、人魚姫自身とてもストレスも溜まっているでしょうし、たまには帰りたいですよね」
「というか、何気にすごいよな。異界人に嫁ぐとか」
「トリップ少女みたいなもんだもんなー。というか、半魚人を好きになった王子もスゲーと思うけど」
「半魚人じゃなくて、彼女は人魚だ。彼女の鱗の美しさが分からない奴が、彼女を語るな!」
一時の気の迷いで、振り回されている人魚姫の王子だったが、結婚自体に後悔はないようだ。お酒を飲みながら、文句をつける。
「まあ、ゲテモノ好きは、人魚姫の王子に限った事じゃいけどさ」
「ゲテモノいうなっ!」
「あれ? 他にも居たっけ?」
いばら姫の王子が首をかしげる。
「ほら、白雪姫の王子。アイツ、死体にキスした強者だぞ」
「……勝手に私の話を誇張するの止めてもらえませんか?」
「おっ。噂をすればだな。おつー」
「貴方は、もう少し品位というものをですね……。まあ、いいですけど。シンデレラに似てきて、噂話が好きなのは結構ですが、勝手に話を誇張したりするのは止めていただけませんか?」
眼鏡をかけた神経質そうな王子はフレームを抑えながら、シンデレラの王子に文句を言う。
「ええー。嘘は言ってないだろ? だって、本当に死体にキスしたんだし」
「アレは、嵌められたんです。その場にカメラがついていたら、その場面をお見せできたのですが、小人が後ろから背中を押した所為で、バランスを崩して、運悪くキスをしてしまったんです」
「あははは。凄いよな、そのファインプレー。確かその後、白雪姫に唇奪ったんだから結婚しろって何度も迫られて、結局折れたんだよな」
「知っているなら、事実は正確に伝えて下さい」
肩を竦めつつ、白雪姫の王子も空いている席に座った。
「白雪姫って、結構強いもんな。気合で、小人の家に居座るような姫だし」
「本当に。行動力だけは人一倍あるので、手を焼かされます」
「またまたぁ。でも、好きなんだろ? 押しに負けて結婚したけど、まんざらでもないわけだし」
シンデレラの王子がツンツンと白雪姫の王子の脇腹をつっつく。
「からかうのは止めなさい」
「白雪姫って、国で一番きれいな子なんだろ? 心配にならないわけ?」
「僕の親指姫は逆ハーレムで心配なんです」
「心配してませんよ。どちらかというと、彼女は下僕――ではなく、俗語でファンクラブというものを作るのが得意なようで……」
「総選挙したら、センターになりそうな姫だな」
シンデレラの王子は笑いながら、白雪姫の王子の背中を叩く。
「そう言う、シンデレラの王子はどうなんだよ。シンデレラとは上手くいってるのか?」
「まあ、なんとかな」
「策略家ですもんね。シンデレラの王子は」
「策略家って、酷いな」
「出来レースだったんでしょう? あのお見合いパーティー」
先ほどの仕返しとばかりに、白雪姫の王子が意地悪く聞く。
「というか、普通そうですよね。パーティーで妃を見つけるとか、あり得ないですし。ガラスの靴のサイズが同じだから、君があの時の子だねとか、無理ですよ。同じ足のサイズの子なんて結構いますものね」
「さあな。でも、運命っていった方が、夢があっていいじゃないか。どす黒い裏事情とかよりもさ。あ、ちなみに。俺がシンデレラの事を好きなのは嘘じゃないからな」
そう言って、まったく腹黒さのないような、爽やかさでシンデレラの王子は笑う。見ただけでは、彼が腹黒いようにはまったく見えない。
「腹黒く見えない奴の方が腹黒い、いい例だよなぁ。まあ、いいや。とりあえず、全員集まったんだし、そろそろ飲むか」
「そうだ、お前ら飲め。そしてたらふく飲んで、リア充は爆発しろ!」
そう、人魚姫の王子が叫び、野郎だらけの男子会はスタートした。