異世界
さあ、聞きたい事は山ほどある。
一つ一つ疑問を潰して、現状を把握していくとしよう。
「まず初めに、ここってどこですか?」
「……?ここはおっさんの [ハンマーのガッツリ食堂] だけど?」
「あー、店の名前じゃなくて……何と言えばいいのか……」
「まあいい、まず[ここ]って何の事を言ってるんだ?」
「あー、なんというか、この、世界?」
ガルさんが目を見開いて、こう言った。
「……タカ、もしかしてお前、トランスしてきたのか?」
「トランス?」
「あ、そこからわからないのか。じゃあ後回しだな」
ガルさんが咳払いをする。
「この世界はどこか?って話だったな……。俺やおっさんにとって、[世界] って言ったら俺達が今いるこの世界しかないんだよ。
だから、この世界ってどこ?なんて聞かれても、わからん。
まあ強いて答えるとしたら、お前にとっては異世界ってことになるな。 お前が、他の世界からトランスしてきたって言うんならな」
「異、世界」
「ああ、そうだ」
異世界。ファンタジー小説でよく目にする単語だ。
人外がいて、魔法があって、戦って……。
この世界はどうなんだろうか?その辺りも後で聞いてみる事にしよう。
そして、これでほぼ確定だ。
俺は、異世界に飛ばされた。
未だに信じ切れていないが、おそらく事実なんだろう。
「次は俺の質問だ。タカは、どこか遠い場所から来たって話だったな。どんな理由で、どこから来たんだ?なんで行き倒れてた?」
「はい。話すと長くなるんですが、まず……」
ここが本当に異世界だとしたら、俺は違う世界の人間だという事。
本を読んでいたら、声が頭の中に響いた事。
気を失って気が付いたら、知らない内に知らない所にいた事。
ガルさんの話を聞いて、俺は違う世界に飛ばされたのではないか?と思った事。
一通りの経緯を話した。
「……なるほど、な」
なるほど、という言葉とは裏腹に、ガルさんの顔には驚きと疑念が滲み出ていた。
まあ、無理もないだろう。
俺が聞かされる側だったらまず信じない。
異世界に飛ばされました、なんて夢物語みたいな話は。
「すぐには信じられないような話だな……。すまん」
モーティスさんが申し訳なさそうな顔で言う。
それが普通の反応だ、モーティスさんの悪い所は何もない。
「いえ、とんでもない」
ガルさんは、顔を伏せて何か考え込んでいるようだった。
そして、ふっと顔を上げると、こう言った。
「わかった。……いや正直全て理解できた訳じゃないし、信じ切れない所だって確かにある。でもそれが事実だって前提で話を進めよう」
ガルさんは、とりあえず、だが俺の話を信じてくれるようだ。
「ありがとうございます!」
「いやいいさ。んで、次だ。トランスとは何か?って話なんだけどな」
ゴホン、と咳払いをしてから、ガルさんが言う。
「ちょっと前に、ある作家が、[異世界渡世術]って本を、自伝小説と銘打って出した。それが冒険者と、この大陸各地のお偉いさんの間で結構な話題になったんだ。興味深いので話がしたいって事で、お偉いさんの一部が、その作家を捜してるんだけどな。未だに行方不明で見つかっていない。」
そこでマーティスさんが思い出すように、
「ああ、ニカイドウコゴロウのやつか?あの本は面白かったなあ。本の名前も、作者の名前も変わってるからってなんとなく読んだらな、内容も面白かったってんで、よく覚えてるよ」
「そうそう、そのニカイドウコゴロウのヤツだ。んで、その異世界渡世術って本の中に、トランスって言葉があってな?世界と世界の境界線を越える、って意味だって書いてある、まあゴチャゴチャと言ったが、まあまとめると」
「世界から世界へ、境界線を越えていくこと。これをトランスという」
「……ということを言いたかったんだ。これで大丈夫か?」
「はい、わかりました」
なるほど、世界と世界の境界線を越える、か。
いや、でも待てよ?
越える、という事は自分の意志でする、というニュアンスだと思う。
でも俺は越えるというよりは、無理矢理越えさせられた、と言った方が正しい。
それに、ニカイドウコゴロウという作者の名前。
どこかひっかかる。
ニカイドウ、コゴロウ。
にかいどう、コゴロウ。
二階堂、コゴロウ。
……おそらくだが、これは俺と同じ国の人間の名前、つまり日本人の名前だ。
もしこの世界に、俺と似たような名前の人間がいるなら、断言はできないが。
確かめてみるか。
「ガルさん、モーティスさん。俺の名前と似たような名前の人って、見た事あります?」
「いや、俺は職業柄、この大陸中の人間を相手にしてるけど……そんな風な名前の人間と会ったことがない」
「おう、俺も聞いたこと無えな」
「そうですか、ありがとうございます」
これでほぼ決まりだ。
このニカイドウコゴロウという作者は、俺と同じ世界にいた、俺と同じ日本人だ。
つまり、俺の前にも、この異世界に飛ばされた人間がいた、ということになる。
そして、越える、という表現。
そのことから考えると……
ニカイドウコゴロウは、自分の意志で、違う世界へ行き来する方法を知っていた。
……これは、異世界渡世術、という本を読む必要がありそうだ。
それに、行方不明のニカイドウコゴロウに会えば、元の世界に戻る方法も―――。
待て。その前にだ。
俺は、この世界で、どうしたいんだ?
あの、ロクでもない生活を送っていた、元の世界。
そんな所に戻る必要なんてあるのか?
大事な人間もいない、やりたい事もない、何もない。
俺は。
俺は、
「おい、どうした?ボーっとして、おーい、タカ坊ー」
気付いたら、モーティスさんが俺の顔の前で手を振っていた。
まただ、いくらなんでも回数が多すぎる。
自覚はないが、いつもより焦っているようだ。
「あ、す、すいません。ちょっと考え事を……」
「いや、別にいいんだけどよ……顔、真っ青だぞ?」
「おいタカ、今日はもう休め。疲れたのも無理はない、異世界に飛ばされるなんてトンデモ体験をしたんだからな」
「いや、でも」
「いいから休め。話は明日でもできるだろ?」
「……はい、すいま……ありがとうございます」
「ああ、どういたしまして」
知らない間に、疲労が溜まっていたようだ。
に言われて気付いたが、少し体が重い。
まだまだ聞きたいことは残っているが、明日に回すとしよう。
「タカ坊、こっちのカウンターから2階に上がれる。そのまま、まっすぐ歩けば寝室がある、そこで休んでいいぞ」
「ありがとうございます。ガルさん、モーティスさん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おう、ゆっくり休めよ」
カウンターに入り、モーティスさんの横を通って階段を上がると、少し横に広い通路に出た。
通路の両脇には、等間隔で部屋が2つ並んでいて、突き当たりには寝室がある。
他にも部屋があるようだが、何に使っているのだろうか?
まあ、今考えることじゃないか。
寝室に入る。
清潔そうな、白いシーツのベッド、その横にランプが置いてある。
そして部屋の隅にクローゼットがポツンと置いてある。
それだけの簡素な部屋だった。
ベッドに倒れ込むと、強烈な眠気が襲ってくる。
やはり、相当疲れていたようだ。
瞼が重い……視界が徐々に狭くなっていく。
明日もまた、色々な事がある一日なるだろうな。
そんなことを考えながら、眠りに落ちていった。
少しペースが遅くなってきました。
まだ始まってそんなに経ってないのに……。
のんびり続けていきます。