未知の世界
10/6
文章を一部修正、加筆しました。
・・・・・・は?
いや待て、俺はさっきまで自分の部屋にいた筈だよな?
それがなんで、いきなり見たこともない変な所に?
混乱しているところで、
「良かった、目が覚めたか」
男の言葉でハッと我に返った。
顔を上げると目の前には銀髪の整った顔の男と、黒の毛色の馬がいた。
男の年は20代後半くらいか、大人びた雰囲気の中に若々しさがある。
黒のマントに白の服を着て、肩にだけ鎧のようなものを付けている。
腰には、本物かはわからないが中くらいの剣を差しているようだ。
昔よくやっていたファンタジーもののゲームに出てくる勇者をモノクロにしたような格好をしている。
なんでこんな格好してるんだ?コスプレか?
しかも横には馬って。本格的すぎやしないか。
「・・・・・・こ、こんにちは」
偽物なのかも知れないが、腰の剣を見たので少し萎縮してしまった。
それにしても、こんにちは、はないだろう。
「ん?ああ、こんにちは!」
とても爽やかな笑顔で返され、少しホッとする。
「それより、一体全体どうしたんだ?ここらへんじゃ見ない格好だな。こんな道の真ん中で倒れてたら、馬に踏んづけられて死んじまうぞ」
ここらへんじゃ見ない格好って、そのままそっくり釘バットで打ち返すわ。にしても俺は今、学生服だ。
近所の高校だし、ここらへんじゃ見ないって事はないと思うんだが……。
もしこの男の思い違いでなければ、ここは俺が住んでいた場所とは別の所であるということになる。一体ここはどこなんだろうか?
「えーっと、説明すると長くなるというかなんというか・・・・・・」
そこで突然、獣のうなり声のような低い音が鳴った。
まあ格好付けずに言うと俺の腹の虫である。
そういえばまだ晩飯を食べていなかったな。
「……あっはっはっはっは!相当腹が減ってるらしいな、行き倒れか!まあ色々な事情があるんだろうが話は後にして、とりあえず町に向かおう!」
「は、はあ、そうですね」
勢いに流されてしまって何も考えず返事をしてしまった。
俺は行き倒れじゃない。それに聞きたい事が山ほどあるんだが。
「昼飯を食いながらでも話はできるだろ?」
……………昼飯?
―――そこで気付いた。
さっき本を読んでいた時、外は暗かった。
だが今は昼間のように明るい。
何故だ?さっきまで太陽が沈みかけていたのに。
そう思って空を見上げる。
太陽が、ない。
どこにもない。
よく考えたらおかしいところがまだあった。
さっき銀髪の男は馬に踏んづけられると言っていた。
なぜ馬なんだ?そこは車じゃないのか?
待て、待て待て待て。
この状況は一体何なんだ?
訳のわからない事が多すぎる。
整理、一旦頭の中を整理だ。
まず、始めにだ―――
「おい、どうした?ボーっとして」
いきなり現実に引き戻される。また思考に没頭していたようだ。
「す、すいません、ちょっと考え事をしていて。あ、あのー、ちょっと聞きたい事があるんですが」
「話は後だ後!気を失って倒れるぐらい腹が減ってるんだろ?今は自分の体の事を心配してくれ」
「す、すいません、ありがとうございます」
「どうして謝るのかはわからないが、どういたしまして!」
またとても爽やかな笑顔で返された。どうやらとても良い人のようだ。
色々と聞きたい事はあるが、とりあえず落ち着いてからにしよう。
「ほら、俺の後ろに乗ってくれ。」
そう言って、銀髪の男は横に止まらせていた馬に跨る。
俺も跨ろうとするが、馬に乗った経験なんてないので中々跨れない。
「大丈夫か?」
そう言って、男は俺の体を引っ張ってくれた。
なんとかうまく跨れたようだ。
「すいません、ありがとうございます」
「お礼はいいけど、何で謝るんだ?」
「い、いや……日本人の性というか」
「ニホンジン?よくわからんが、謝らなくていいよ」
「は、はい。すいません」
「だからなぜ謝る?まあいい、とりあえず町に行こう。しっかり掴まっててくれ。振り落とされるなよ?」
男はそう言うと馬の腹を蹴る。馬は鳴き声、というより雄叫びを上げながら駆けだした。激しい動きに振り落とされそうになるが、なんとか耐える。
馬が駆け出してからしばらくすると、こちらも少し慣れて余裕が出てくる。
そこで色々な事を考えるより前に、自然にこう思った。
―――風が気持ちいい。
俺は、純粋な喜びを感じた。
こういうところがこうだから、とか理由があるものではない。
ただ「嬉しい」という純粋な感情。言いようのない開放感。
嫌な事を全て忘れて、ただ喜びを感じられる。
さっきまで困惑して不安でしょうがなかったのが嘘のようだ。
こんな感覚になったのは、どれくらいぶりだろうか?
勉強に、バイトに、人付き合いに。そんな事に気を取られていた普段の俺がバカみたいに思えた。
今はこの心地よい感覚を存分に味わいたい。そう思った。
しばらくすると、男が言った。
「おい、見えてきたぞ!」
体を傾けて、男の横から前を見る。かなりの大きさの町のようだ。
奧には、遠くから見ても豪華な装飾がわかるような城が見える。
どうやら、町の中に城があるようだ。
いわゆる城下町というヤツだろう。
「降りる準備をしとけよ?と言っても、行き倒れるぐらいだから準備もクソも、荷物なんてありゃしないか、あっはっはっは!」
改めて行き倒れではないと……言ってもな。
経緯の説明のしようがない。
ん、そういえば気になる事があった。
「そういえば、町に入る時、馬ってどうするんですか?」
「ん、知らないのか?入ってすぐに馬駐めがあるから、そこを使う」
「あ、そうなんですか。でも盗まれたりしないんですか?」
「何もせずに放っておけば盗まれるさ。その前に馬が勝手にどこかに行ってしまう事だってある。だから見張り役がいるんだ」
「見張り役ですか」
「ああ。見張り役に金を渡して、一時的に馬を任せるんだ。相場は銀貨一枚だが、場所によってはそれより上だったり下だったりするな」
銀貨?いつの時代だそれ。
「なるほど。えっと、お金の単位というか価値というか、通貨自体を知らないんですが……」
「それも知らないのか?どうやらかなり遠い大陸から来たみたいだな。まあどこから来たかも後で話すとしてだ、金の事か。んー……簡単にでいいか?」
「はい、大丈夫です」
「わかった。この国、というかこの大陸での通貨は統一されている。価値の低い順に言うと、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨。この4つがある。銅貨は鉄貨の5倍の価値、銀貨は銅貨の5倍の価値、金貨は銀貨の5倍の価値、ってなっててな。まあ簡単に言うと、一つ上の価値の硬貨は、一つ下の価値の硬貨の5倍の価値がある、って事だ。これで理解できたか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「そうか、それならよかった。・・・・・・もう目の前だ。止まるぞ」
馬が減速していく。心地よい風の感覚が少し名残惜しい。
だが、今は考えなければいけない事がある。
俺がどういう状況に置かれているか。
これがわからないと、俺はいつまで経っても何もできない。
今も俺の夢とか、妄想って線を捨てちゃいない。
でもこれが、現実だったとしたら―――。
正直言って、かなり不安だ。
でも不思議な事に、俺の心のどこかに確かに期待の二文字があった。
何に期待しているのかは自分でもわからない。それでも、確かに。
馬から降りて、門の前に立つ。
さあ、ここからは本格的に未知の世界だ。
不安と、得体の知れない期待を胸に、俺は足を一歩踏み出した。