6回目の土曜日:消えたもの
ピピピピ、ピピピピ
静かな部屋に鳴り響く音。
ピピピピ、ピピピピ
「…………」
ピピピピピピピピピピピピ
…………
ピピピピピピピピピピピピ
…………
ピピピピピピピピピピピピ
……朝……
ピピピピピピピピピピピピ
……アラームが鳴ってる。
ピピピピピピピピピピピピ
止めなくちゃ。
ピピピピピピピピピピピピ
…………
ピピピピピピピピピピピピ
…………
ピピピピピピピ。
……止まった。
………………………
……静かだ。
「探さないと……」
自然とそんな言葉が口から出た。
何の事だろう。
自分でもわからない。
顔を上げ、時計を見る。
4月30日 土曜日 AM7:27
……おかしい。
そう思った。
でも、やっぱり何の事だかわからない。
何か大切な物を失ってしまったような、途方もない喪失感。
このまま寝てちゃいけない気がして身体を起こす。
「…………」
昨日何があったか、思い出せない。
なぜかそれが、凄く悲しく感じた。
「……これは」
ふと目に入ったのは、机の上に置かれたメモ帳。
書き殴ったような文字で『5』とだけ書かれている。
これを書いたのは僕のはずだ。
だけど、どんな状況で何を意味して書いたのか、全く思い出せない。
昨日の僕は、今日の僕に何を伝えたかったんだろうか。
外は青く澄み渡っていて清々しいのに、得体の知れない不安と焦りが僕を包んでいた。
一階に降りて、朝食を取りつつTVをつける。
朝のニュース番組で、大物芸能人の婚約発表が流れていた。
半分に折ったパンを口に運びながら、そのニュースを眺める。
―――こんな事をしている場合じゃない。
どこからか湧き上がってくるそんな気持ちが、僕の焦りを加速させた。
居ても立ってもいられず、家を飛び出す。
自転車に乗り、あてもなく、直感だけで進む道を決めた。
なんだろう。
僕は何をこんなに焦っているんだろう。
僕は何が不安なんだろう。
わからない。
自問自答を繰り返しながら、どのくらいの時間が経っただろう。
ふと辺りを見渡すと、なんだか見覚えのある道を走っていた。
この道を走って行くと、なんだか楽しい事がありそうな気がして、ワクワクしてくる。
なんだろう。この気持ち。
道を進むにつれて、その気持ちは強くなっていく。
あの角を曲がった先に何かある。そう思った。
正体のわからない期待を持ちながら、角を曲がった先にあったのは、
「…………」
ただの空き地だった。
住宅街の中で不自然に一カ所だけ、何もない空き地になっている。
「……ははっ……はははっ!」
なんだろう。今日は僕、どうかしてるみたいだ。
「はははっ!……ははははっ!」
笑いが止まらない。
僕は何を期待していたんだろう。
こんなただの空き地に、どんな楽しい事があると思っていたんだろう。
「あはははっ! あはははははっ!」
「……浦見?」
突然声をかけられた。
振り返ると、腕を組んだ杉城が立っていた。
「あ、ああ杉城。どうしたの? こんな所で」
「お前の方こそどうした。何を泣いているんだ」
そう言われて、指を目に当てる。
「……あれ? 僕、なんで泣いて……」
気付いてからも、涙は止まらなかった。
そのうち立っていられなくなり、その場にうずくまる。
「なんで……どうして……」
それは、涙が止まらない事に対してなのか。
それすら自分ではわからなかった。
「浦見、大丈夫か?」
「杉城……」
なんだろう。杉城は、この気持ちの原因を知っているような気がする。
「杉城……なんで……」
だから、わずかな希望を託して、そう聞いた。
でも、
「すまない。浦見、俺は何も覚えていない」
返ってきたのは、否定の言葉だった。
「俺も、何かを忘れているような気がしてここに来たのだが、全く思い出す気配が無い。悪いが、俺はお前が泣いている原因がわからない」
僕はどんな返事を期待していたんだろう。
何も、わからなかった。
僕がひとしきり泣いたあと、僕と杉城は辺りを歩き回った。
途中、図書館で柏柳に会ったけれど、僕らの感じた感覚に心当たりは無いそうだ。
というか情報が曖昧すぎて、何を聞きたいのかわからないと笑われてしまった。
神宮寺さんにも会ったけれど、答えは似たような物だった。
何一つ答えを見つけられないまま、暗くなってきたので僕と杉城は別れることにした。
去り際に杉城の言った、
「俺はお前を友人だと思っているぞ。浦見」
という言葉が、とても嬉しくて、これが僕が求めていた言葉なのかもしれないと思った。
シャワーを浴び、着替えを済ませて、ベッドに腰掛ける。
とても眠かったけれど、寝てはいけない気がした。
ふと机に目をやり、『5』という数字を見る。
昨日の僕が、まだ何かを覚えていたはずの僕が、今日の僕に伝えたかった事。
今はもう、何の事だかわからないけど、途切れさせてはいけない気がした。
ペンを持ち、紙をめくって『6』と書く。
何を意味するのか、わからない。
けれど、これで明日の僕にも何かが伝わるはずだ。
そう思いながら、再びベッドに腰をおろす。
寝てはいけない。そう思っていたはずなのに、いつの間にか僕は目を閉じ、深い眠りに落ちていった。