4回目の土曜日:協力者
ピピピピ、ピピピピ
静かな部屋に鳴り響く音。
ピピピピ、ピピピピ
安らかな眠りを妨げる音。
ピピピピ、ピピピピ
うるさいなぁ……
ピピピピピピピピピピピピ
「……………………」
ピピピピピピピピピピピピ
…………
ピピピピピピピピピピピピ
…………
ピピピピピピ……カチッ。
部屋に静けさが戻る。
…………
「……朝か」
なんだか、すごく身体がだるい。
昨日何かしてたっけ……
思い出すのもかったるい……
カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。
開けてみると雲一つない空。
今日もいい天気だ。
時計をみる。
4月30日 土曜日 AM 7:03
……あれ?
なんだろう、何か一瞬違和感が……
もう一度時計を見直すけど、特に変な所は無い……よな?
……とりあえず下に降りよう。
一階に降りてTVをつける。
大物芸能人が婚約発表をしたらしく、その話題で持ちきりになっている。
何か、やらなきゃいけない事があったような……
何か……忘れちゃいけない事だった気がする。
なんだっけ……
なんだっけ…………
なんだっけ………………
なんだっけ……………………
…………
ああっ!もどかしい!!
……はぁ。
とりあえず朝ごはんにしよう。
朝ごはんを食べ終わり、特に意味もなくTVを眺める。
TV画面の左上には現在時刻、8:37と表示されている。
相変わらず忘れ事は思い出せない。
なんなんだよ……
苛立ちがつのる。
誰かにメールで聞いてみよう。
自分の部屋に戻りスマートフォンを取る。
そして連絡先を開いたところで手が止まった。
あれ?僕、誰にメールしようと思ってたんだっけ?
いつものようにメールを送ろうと思ったのに、いつもの相手が誰だったか思い出せない。
どの名前を見てもピンとこない。
忘れてる事を聞こうとしたのに、聞く相手も思い出せないなんて……!
「なんっなんだよ! 本当にもうっ!!!」
苛立ちをこめて叫ぶ。
その時、ふと机の上のメモ帳が目に止まった。
メモ帳には『3』と書かれている。
3……?
どういう意味だっけ?
3個?
3人?
3回……?
「あ……そうだ……」
思い出した……
僕がメールしようとしていたのは!
必死に探さなければならなかったのは!
絶対に忘れちゃいけなかったのは!!
ゆうただ!!!
ふと杉城の言葉が脳裏をよぎった。
『おはよう。浦見。三度目の4月30日だ』
そう、昨日は杉城から電話がきたから思い出したんだ。
でも今日は電話がこなかった。
それでなかなか思い出せなかったんだ。
じゃあ何で電話がこなかった?
まさか……杉城も忘れている?
なんとなくあの完璧超人の杉城なら、こんな異常な状況の中でも道標になってくれそうな気がしてた。
でも、アイツだって人間だ。
もしかしたら……
そう思って杉城に電話をしようとしたその時、
―――ピンポーン
玄関のチャイムがなった。
誰だよ、こんな時に。
今はそれどころじゃないのに。
かといって出ない訳にもいかないので一階へおりて玄関のドアを開ける。
そこに立っていたのは、
「おはよう。浦見」
杉城だった。
いつものように不敵な笑みを浮かべ、腕を組み、自信に満ち溢れている。
他人がすればすごくかっこつけているように見えるポーズも、杉城にはすごく馴染んでいた。
コイツは、ゆうたの事を忘れていない。
不思議とそう確信できた。
「おはよう。杉城」
僕も返事をする。
「今日はきちんと覚えていたようだな」
杉城が僕の様子を見て言う。
ゆうたが消えて、日付が進まなくなって。
この異常な日々の中で、杉城と僕はお互いの事をずいぶん理解し合えるようになったと思う。
だから次に杉城が言うであろう言葉も予想できた。
「それでは行こうか。浦見。四度目の4月30日だ」
まず始めに、ゆうたの家へ行った。
自転車は消えたままで、戻ってきたりはしていなかった。
家の中に入ると、昨日までと違う所があった。
「部屋が片付いてる……」
昨日までは、ゆうたとコンビニに出かけた時のままゲーム機や本が散らばっていたのに、それが何事もなかったかのように片付いている。
でも、やっぱりいくら探しても家の中にゆうたはいなかった。
ゆうたの家を出る。
一度目の4月30日に行ったコンビニを除けば、この日々の中で変化があるのはゆうたの家だけだ。
一瞬、もうどこを探してもゆうたは見つからないんじゃないかという考えがよぎる。
頭をふってそれを掻き消す。
でも、探さない訳にはいかない。
ゆうたはやっと、やっとできた僕の友達なんだから!
「やあ。待ってたよ」
そう言って僕らを迎えてくれたのは柏柳だ。
ゆうたの事について図書館で話し合う約束をしてたんだけど、
「でも話し合うのが図書館ていうのも……」
僕は率直な意見を口にする。
「いやぁ、ごめんね。でも大きな声を出したりしなければ大丈夫だよ」
と柏柳は答える。
柏柳は本が好きだ。
というよりは『情報』が好きなんだと思う。
いろんな事を知ってるし、ちょっとした事なら柏柳に聞けば大体わかる。
簡単にいってしまえば、柏柳は僕らにとって『情報屋』ということだ。
その所為なのか、柏柳は頭もいい。
そのことを本人に言うと、
「こんなに足繁く図書館に通っているのに、杉城君や神宮寺さんには敵わないっていうのはなかなか悔しいものがあるけどね」
と笑いながら言った。
まあ、それはしょうがないと思う。あの二人は天才って奴だ。
あんな5教科の合計点数が490点を超えてるのが普通の人たちに張り合えっていう方が無理だ。
あれ? そしたらこの中で一番頭が悪いのが僕って事になっちゃうじゃん!
僕だってテストの点は平均超えてるんだけどな……
「ところで、南原君の事だったよね。僕も探してみたんだけど全く見つからないよ」
やっぱりそうか……
情報通の柏柳ならもしかしたらと思ったんだけど……
「でも逆に言うとね。あまりにも見つからなすぎるんだ。誰に聞いても、目撃情報どころか南原君という人がいたことすら忘れてる。僕たちがそうだったようにね」
そんな……まさかとは思ってたけど、本当にみんな忘れてるんだ。
ゆうたがいたことを。
ゆうたの存在を。
「これはただ事じゃない。そう思うんだ。だからさ、僕も南原君探しに協力させてくれないかな?」
おお! 柏柳が手伝ってくれるなら心強い!
二つ返事でOKする。
「じゃあまずは僕たちの持っている情報の共有だね。お互いに持ってる情報を交換し合おう。まずは僕から。とは言っても、僕も大した情報は持ってないんだけどね」
「いいだろう。ではまず俺たちが集めた情報だが……」
……物足りない。
家に帰るたびにやってくるこの感覚にも、もう慣れ始めてきてしまった。
家のドアを開ける直前まで感じている根拠の無い安心感と、ドアを開けて暗い家の中を見た瞬間に襲ってくる、得体の知れない喪失感。
決して心地よい物じゃない。
「はぁ……」
ため息をつきながら、いつものようにたんすから着替えを出し、シャワーを浴びる。
排水口に吸い込まれていくお湯を眺めながら、今日一日の出来事を振り返ってみた。
あの後、僕らはゆうたに関する情報を交換し合ったけど、新たにわかった事と言えば、『みんながゆうたの事を忘れている』という事ぐらいだった。
柏柳も加えて、3人でゆうたの捜索を続けてみたけれど、やっぱりなんの成果も無い。
風呂場から出て、自分の部屋に戻ると、いつものように強烈な眠気が襲ってきた。
今日も晩ご飯食べて無いな……
そんな事を思いつつも、もう食事をする気力がない事は自分が一番よくわかっていた。
ベッドに横になろうとした時、ふとメモ帳が目に入る。
これのおかげで、今日は自力でゆうたの事を思い出せた。
昨日の自分に倣って、メモ帳に『4』とだけ書く。
ペンを机に投げ捨て、ベッドに倒れこむ。
目を閉じると、まるでそれが合図だったかのように身体が眠りに落ちていった。