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3回目の土曜日:柏柳椿と神宮寺神奈

ピピピピ、ピピピピ

静かな部屋に鳴り響く音。

ピピピピ、ピピピピ

安らかな眠りを妨げる音。

ピピピピ、ピピピピ

うるさいなぁ……

ピピピピピピピピピピピピ

「うぅん…………」

ピピピピピピピピピピピピ

…………?

ピピピピピピピピピピピピ

…………あ、そうか。

この音は目覚まし時計のアラーム音か。

ピピピピピピ……カチッ。

部屋に静けさが戻る。

……あれ?

僕、昨日目覚まし時計セットしたっけ?

なにか忘れてるような……


カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。

開けてみると雲一つない空。

今日もいい天気だ。

時計をみる。


4月30日 土曜日 AM 7:12


……あれ?

なんだろう、やっぱり何か忘れてるような気がする。

……とりあえず下に降りよう。



一階に降りてTVをつける。

大物芸能人が婚約発表をしたらしく、その話題で持ちきりになっている。

なんだろう、何を忘れてるんだっけ?

すごく……大切な事だったような気がする。

なんだっけ……

なんだっけ…………

なんだっけ……………………

なんだっけ………………………………



…………とりあえず朝ごはんにしよう。



朝ごはんを食べ終わり、特に意味もなくTVを眺める。

TV画面の左上には現在時刻、9:43と表示されている。

本当になんだったっけ…………


―――プルルルルル


唐突に電話が鳴る。

あれ、誰だろ?


―――ガチャ。


「はい、もしも―――」

「浦見か? いま何をしている」

「杉城? なんでこの電話番号を知って―――」

「それはこの際問題じゃない。俺はいまお前が何をしているか聞いているんだ」

「僕ならさっき朝ごはんを食べて、いまはTVをみてるけど」

「浦見、時計は見たか?」

言われて時計を見る。

「9時44分だけど、それがどうかしたの?」

「おい、昨日何があったか忘れたのか?」

「……昨日?」

言われて記憶を呼び起こす。

昨日は金曜日だから、学校に行って……


行って……


行って…………ない。


僕は慌てて今日の日付を確認する。

TV画面のニュースキャスターが座っている机には、4月30日の文字。

「あ…………」

「思い出したか。おはよう、浦見。三度目の4月30日だ」





僕は急いで昨日杉城と待ち合わせていた例のコンビニにむかった。


なんで……

なんで忘れてたんだ!こんな大事な事!

「くそっ……」

自分がとことん恨めしい。

ゆうたの事を忘れていた自分をぶん殴りたくなる。

苛立ちを込めて自転車のペダルを踏み込む。

吹き付ける風が僕を責めているように感じた。



息を切らしてコンビニに着くと、杉城は腕を組みこちらを向いていた。

怒っているように見えるが、杉城はよく腕を組むので実際はどうだかわからない。表情が目を閉じ、うつむいているのも原因の一つだろう。

「はぁ……はぁ……杉城っ……ごめん……」

杉城はゆっくりと目を開けてこちらを向くと、

「実は、俺も朝起きた時、昨日の事を忘れていた」

「えっ!」

「これだけ異常なことを二人そろって忘れるというのは考えにくい。やはり何かが起きているのは間違いなさそうだな」

「何かって……なに?」

「そんなこと俺に聞かれても困る。とりあえず、これからはこの状況を忘れても思い出せるように工夫が必要だな」

「メモをとるとか?」

「まあそんな所だろうな」

「わかった。そうするよ。ところで今日はどこを探す?」

「そうだな、範囲を拡げつつ昨日と同じところをざっと探してみるか」





探してて思ったけれど、ゆうたにつながる手がかりは不自然なほどに見つからなかった。

まるで、この世界からゆうたが消えてしまったんじゃないかと思えてくるくらいに。

「む? あれは柏柳と神宮寺だな」

「え? どこ?」

杉城が言うので探してみると、遠くの方に二つの人影が見えた。

近づいてみると、確かにクラスメイトの柏柳(かしなぎ) 椿(つばき)神宮寺(じんぐうじ) 神奈(かんな)だった。

お前、よく見えたな……

どうやら向こうもこちらに気がついたようで、柏柳が手を振ってきた。

「柏柳に神宮寺。なかなか珍しい組み合わせだな」

「やあ、杉城君に浦見君。ちょっとそこの図書館で会ってね」

「はい。探していた本を柏柳さんが持っているらしいので、お借りしたいなと思って」

柏柳と神宮寺さんが言う。

「すごいね、柏柳。図書館にも神宮寺家にも無い本を持ってるなんて」

神宮寺 神奈は名前もすごければ家もすごい。航空事業や宇宙開発でその名を轟かせる神宮寺グループのご令嬢である。なんでうちの学校に通ってるのか不思議な程だ。

そんな神宮寺家のお屋敷にはきっと相当な量の本があるはずだ。

「いやあ、昔からあったし僕はあんまりすごい本だとは思ってなかったんだけどね」

「いえ、十分すごい本ですよ。インターネットに名前はあったけれど、現品は無かったですし」

おいおい……

今時ネット販売もされてないって、古文書かなんかじゃないのか?

「そういえば杉城君たちは何をしてるの?」

「ああ、そうだ二人とも、ゆうたを見なかった?連絡がつかないんだよ」

そう聞くと、二人は困った様子で

「あの……そのゆうたとは誰のことなんですか?」

「僕もちょっと心当たりが無いなぁ。知り合いにゆうたなんて名前の人はいなかったと思うよ?」

……え?

そんなはずは無い。二人にとってもゆうたはクラスメイトだ。クラスメイトの名前をほんの数日で忘れるなんて考えられない。

杉城も訝しげな顔をしている。

「そんな! ゆうただよ、南原 ゆうた。僕らのクラスメイトじゃないか!」

そう言っても二人は腑に落ちない顔をしている。

ううん……なにかゆうたに関係する出来事で二人の印象に残っていそうなものは……

あ、そうだ!

「ほら! あれだよ! 体育の授業で持久走のタイム測った時に1500mを4分40秒で走ってゴールした直後に血を吹いて倒れた、あのゆうただよ!」

すると柏柳が、

「ああっ! あの『命を燃やした』南原君か!」

どうやら思い出してくれたようだ。

ごめんゆうた……

君にとっては負の歴史かもしれないけど、非常事態なんだ……

しかも神宮寺さんはまだ首を捻ってるし……

「神宮寺さん、『神の右手』だよ」

と柏柳が神宮寺さんに言う。

「あ! あの『幻想を殺す空っぽの手品師』ですか!」

ちょっと待って。

僕の知らない二つ名がたくさん出てきたんだけど。

ゆうた、君は何をしたんだ……

「思い出しました! なんで忘れてたんでしょう」

神宮寺さんが不思議そうに言う。

「それで、やっぱりゆうたは見てない?」

僕が改めて聞き直す。

「見てないよ。少なくとも図書館にはいないはずだよ」

柏柳が答える。

「そっか……わかった。ありがと。もし見かけたら教えてね」

そう言って僕らは二人と別れた。





その後も町中を探しまわったけれど、やっぱり今日もゆうたは見つからなかった。

帰りに昨日と同じようにゆうたの家に行ってみた。

すると昨日はあったはずのゆうたの自転車が消えていた。

でもそれだけだった。

家の中は昨日と全く同じ状態で、ただ自転車だけが消えていた。

なんだかゆうたが少しずつ消えていってるような気がして怖かった。




杉城と別れて帰ってきた自分の家。

ドアを開けるといつものような物足りなさ。

そこで初めて、自分が明るくて優しい何かを期待していた事に気づく。

何を期待してたんだっけ。

僕はこの家に一人ぐらしなんだから、誰かがいるわけないじゃないか。

やっぱり疲れてるんだろうか。

今日も早く寝ちゃおう。

シャワーで汗を流してパジャマに着替える。

夜ご飯は……いいや。

とにかく眠かった。

いまにもシャットダウンしそうな頭をなんとか働かせながらベッドに向かう。

そのまま布団に潜り込もうとした時、ふと杉城の言葉を思い出す。


―――そうだ、メモをとらなくちゃ。


4月30日が繰り返していることを忘れても大丈夫なようにメモをとるという話だったが、あまり長い文章を書く気力は残っていなかった。

なので3回目の4月30日ということで机の上にメモ帳を置いて『3』とだけ書いた。

そしてそのまま僕はベッドにダイブして静かに目を閉じた。

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