2回目の土曜日:消失
ピピピピ、ピピピピ
静かな部屋に鳴り響く音。
ピピピピ、ピピピピ
安らかな眠りを妨げる音。
ピピピピ、ピピピピ
うるさいなぁ……
ピピピピピピピピピピピピ
「うぅん……なんなんだよ……」
ピピピピピピピピピピピピ
イライラする……
ピピピピピピピピピピピピ
…………?
ピピピピピピピピピピピピ
…………あ、そうか。
この音は目覚まし時計のアラーム音か。
ピピピピピピ……カチッ。
部屋に静けさが戻る。
……あれ?
僕……昨日ベットで寝たっけ……?
なにか忘れてるような……
「…………ああっ!!!」
そうだ……昨日ゆうたと遊んで……コンビニに行って……
ゆうたは……死んだ。
ベットから飛び出て一階へ走る。
リビングのドアを開け放ち、TVの電源をつける。
あれだけの事故だ。ニュースになってるはず!
しかし、TVに流れていたのは大物芸能人の婚約のニュース。
データ放送を見てもそれらしいニュースは無い。
「あれ……?」
自分の部屋にかけ戻る。
外に出ようと急いで着替える。
机の上のスマートフォンを取ろうとした時、ふと目に入った光景に思考が止まる。
「え……なんで……」
デジタル表示の目覚まし時計が示していた日時は、
4月30日 土曜日 AM7:15
それは、昨日の日付……のはずだった。
ゆうたの死んだ日……
……きっと時計が壊れたんだ。
とにかく今はゆうたがどうなったのかを確認するのは先だ。
そう自分に言い聞かせながら家を出た。
コンビニにつくと、そこにはあり得ない光景がまっていた。
コンビニには突っ込んだトラックどころか、ガラスにヒビ一つ入っていないのだ。
あわててレジにいる店員さんに昨日事故はなかったかと聞いてみたが、そんなことがあったとは聞いていないと言う。
そんな! あれだけの大事故だったのに!
僕はゆうた本人に連絡をとろうと、ポケットからスマホを取り出す。
だけど……
「あれ? あれっ? なんで……?」
連絡先からゆうたの名前が消えていた。
電話番号もメールアドレスもいくら探しても見つからない。
電話番号は覚えているので直接打ち込み電話をかける。
プルルルルルル……
―――おかけになった電話番号は現在使われておりません。
…………え?
あり得ない。
電波が届かないとか電源が入っていないとかならまだわかる。
でも、使われてない?
ゆうたにはいままでそれなりの頻度で電話をかけていたし、きちんと話せていたはずだ。
使われてないなんて、あり得ない。
……なんで?
なんでさっきからゆうたの安否を知ることができないんだ?
いや、安否どころか昨日の事件があったという証明さえ見つけられない。
……昨日?
スマートフォンの表示を見る。
4月30日 土曜日 AM7:48
今日がその昨日なんじゃないのか?
昨日、ゆうたと一緒に遊んで、コンビニへ行って、トラックが突っ込んできた。
―――という夢を見た?
……そう、全部夢だったんだ。
だってそうじゃないか。
休日に友達と行ったコンビニにトラックが突っ込んでくるなんて非現実的すぎる。
そう、これは僕が見た夢。
……じゃあゆうたは?
ゆうたはどこに行った?
なんで電話が繋がらない?
なんで連絡先が消えている?
―――そもそもゆうたって誰だ?
連絡先なんて無いし、一緒にコンビニに行ったりもしていない。
ゆうたなんて人間、本当にいたのか?
それさえも、僕の夢。
小さな頃から友達がいなかった僕が見た幻想。
憧れだった光景。
それを夢で見てしまうのは当たり前じゃないか。
すこしばかりリアルな夢。
夢はもう覚めた。
これからはまた、友達のいない普段の生活に戻るだけ。
ただ、それだけ……
「―――む、そこにいるのは浦見か?」
杉城……?
…………あ。
そうだ。あの場にいたのは僕だけじゃない。
…………杉城もいた。
あれが夢だったかどうかを決めるのはまだ早い。
この男、杉城想護の記憶にゆうたがいたなら……
―――僕の幻想は現実になる。
「杉城! 昨日の―――」
「ところであのあと南原はどうなった?」
あ……
覚えて……いた……
やっぱり、ゆうたは存在していた!
僕と遊んでた!僕と話してた!僕の前で笑ってた!
じゃあ、ゆうたはどこに行った?
「―――い! おい!」
はっ、と僕は我に返る。
「杉城! ゆうたが―――」
杉城に朝起きてから起こった事を全て話す。
「なるほど、確かに不可解な事ばかりだ。だが、それで全てが夢だと考えるとは浦見はなかなかすごい思考回路を持っているな」
「そ、それは……」
「まあ、あれだけの大事故があったという証拠が見つからないとなれば現実を疑うのもわからなくはないがな」
まあ確かに全部夢だなんて思ったのは自分でもどうかしてると思うけど……
「だが一番不可解なのは日付だ。俺も昨日が4月30日だったのは覚えている。しかし今日も4月30日だ。それも午前。あの事故の起こる前の時刻だ。今朝ニュース番組をみた時に確認したから間違いないだろう」
確かにそうだ。
連絡先が消えているのは機械の故障とか、店員さんが事故を知らないのは昨日は出勤していなかったとか、かなり無理矢理だけど可能性はゼロではない。
でも……
時間が戻るのはあり得ない。
「考えられる可能性は二つ」
二つ?
「一つはお前がが言った『全部夢だった』という考えが正しい場合」
「そんな! それはさっき違うって言ってたじゃん!」
「何を言う。俺はすごい思考回路をもっているなと言っただけであって、間違っているなどとは一言も言ってないぞ? もしかしたら、これはお前が見てる夢で、俺はお前の脳が作り出した偽物なのかもしれない。逆にこれは俺が見てる夢でお前が偽物だという事も考えられる」
「そんなこと……!」
「もちろん、俺は自分が作り物だとは思っていない。お前もそうなのだろう? 浦見」
「あ、あたりまえじゃん!」
「そこで二つ目の可能性は、俺たちがなんらかの原因でタイムスリップをしてしまった可能性」
「はぁ!? タイムスリップ!?」
「これは俺たちがタイムスリップをして事故の起こる前の時間にきてしまったというものだ。しかし、そうするとこの後このコンビニにトラックが突っ込んでくることになる。つまりこの仮説が正しいかどうかは昼になればわかる」
「杉城……ちょっと非現実的すぎるんじゃ……」
「なにをいうか、二度目の4月30日にいるというこの状況自体が非現実的なのだから仮説が現実的なはずがないだろう!」
うぐっ……確かにそうだ。
こんな事が現実におこるなんて……
「でも、でも……」
「おい、落ち着け。とりあえず今するべき事は南原の所在と安否確認だ。違うか?」
そうだ、まずはゆうたを探さないといけない。
そのために外に出てきたんだし。
「そうだね。ありがとう、杉城。少し落ち着いたよ」
それにあの事故が無かった事になっているなら、もしかしたらゆうたも生きてるかもしれない。
そしたら、2度目の4月30日とか、無傷のままのコンビニなんてどうだっていい。ゆうたが生きているなら。
「なら、まずやらねばならない事は南原の所在確認だな。居場所がわからなければ安否も確認しようがない。とはいえ、連絡手段は絶たれている。さて、どうしたものか……」
そうか、だったらゆうたがいる可能性のある場所をしらみつぶしにさがせばいい。
だとすると、最初に行くべき場所は……
「ゆうたの家に行こう」
ゆうたの家は昨日、遊びに来た時と同じ状態だった。
つまり、
「自転車が……ある」
そこにゆうたの自転車があった。
僕は一縷の望みをかけてインターホンを押した。
―――ピンポーン
小さめの音が鳴る。
返事はない。階段を駆け下りてくる音も聞こえない。
―――ピンポーン
もう一度インターホンを押す。
それでも、返事はない。
―――ピンポーン、ピンポーン、ピンポピンポピンポピンピンピンピンピンポピンポピン……
「おい、もうやめろ」
杉城に腕を掴まれる。
「だって自転車が! ゆうたが中に!」
「そんなに必死にインターホンを押したところでなんの意味も無いだろう」
くっ……
確かに杉城の言うとおりだ。
でも、やっと見つけた手がかりだ。それにすがりつくしか、今は安心できる方法が見つからなかった。
俯く僕を見て、杉城はため息をつくと玄関のドアに手をかける。
ドアはガチャガチャと音をたて、鍵がかかっていることを主張する。
杉城はドアから離れると家の全体を探るように見回す。
そして塀に狙いさだめて駆け出した。
「お、おい杉城?」
杉城は塀に足をかけ、手をのばして近くにあったパイプに飛び移ると、その勢いのまますぐ上にあったベランダの手すりを掴んで身体を持ち上げる。
流れるような動作で杉城は二階のベランダに登った。
「ふむ……ベランダの窓は開いているようだな」
杉城はそのまま家の中に入って行く。
杉城……それって不法侵入……
ガチャリと音がして玄関が開く。
「これで満足か?」
あ、そうか、杉城は僕のために家の中に入れるようにしてくれたのか。
まったく、なんてやつだ……
「ありがとう、杉城。中に入ろう」
若干抵抗はあったが、僕らはゆうたの家に入っていく。
玄関には靴は一つも無かった。
靴箱の中にも無い。
これで、ゆうたがここにいる可能性は低くなった。
「ざっと見てみたが、一階には誰もいないようだな」
僕が玄関を見ている間に一階を捜し終えた様子の杉城が言う。
「そっか……次は二階に行こう」
玄関に入ってすぐのところにある階段から二階にあがる。
リビングに入ると、
「あ……ここ、昨日遊んだ時のままだ……」
床には漫画やゲームのコントローラーが乱雑に置かれている。
昨日、コンビニに出かけた時のままだ。
腕を組み、顎に手を当て杉城が言う。
「ふむ、家の様子を見ると、あの事故の後、南原が一旦帰ってきて、靴をはいて出て行ったと考えるのが最も自然な考えだが……」
「でも、たとえあの時ゆうたが生きてたとしても、あの怪我じゃ自力でここまで来るのは無理だよ。靴が一つも無いっていうのもおかしい。そしてなにより、あの事故は無かった事になってる」
僕が言うと、杉城も同意見のようで、
「確かに、自転車が勝手に戻ってきたという可能性の方が高いだろうな」
「じゃあ、ゆうたは一体どこにいるんだろう……」
その後もゆうたの家を隅から隅まで捜したが、なんの手がかりも見つからなかった。
「……そろそろ12時30分だな、コンビニへ行くか。これ以上探しても何も出てきそうにないしな」
「そっか、タイムスリップの可能性があるか確認しに行くんだっけ。わかった。念のため、帰りにまた来よう」
「そうだな、もし南原が家にいればそれに越したことはない」
コンビニにつく。
スマホの表示はPM 0:31
僕とゆうたが家を出たのがたしか12時40分くらいだったから、あと10分か20分で杉城のタイムスリップ説が正しいかどうかわかるだろう。
さすがにコンビニの中で待てるわけがなかったので、向かい側のクリニックの駐車場に座り、その時を待っていた。
クリニックは営業時間外なのかシャッターがおりている。
無言でいるのも気まずかったので、適当に話題を振ってみる。
「なぁ杉城、仮にこれからあのコンビニにトラックが突っ込んできて、杉城の言うタイムスリップが正しいって証明されたら、その後どうするの?」
杉城は腕を組むと、
「そうだな……まず、コンビニに過去の俺たちがいたら、何か対処をしなければならないだろうな。同じ時間に同じ人間が二人いると、いろいろと不都合が起こるだろうからな。下手をすれば、映画や漫画のように時空連続体がどうのこうので宇宙が壊れるなどという事もあるやもしれん」
「過去の僕たちがいなければ?」
「いなければ、南原を見つけて、何事もなかったかのように元の生活に戻る。お前はそれを望んでいるのだろう? 浦見」
「うん……なんでこんな事になったのか理由は気になるけど、ゆうたが生きて戻って来たらそれでいいや」
「そうか……それが恐らく最善の結末だろうな」
最善の結末か……
ゆうたを見つけて元の生活に戻る。それで全てが解決すれば、確かにそれ以上の結末は無いだろう。
ゆうた……
そうこうしている間に、時刻はPM 0:47。
もし杉城の説が正しければ、そろそろコンビニにトラックがやってくるだろう。
「そろそろだね……」
「ああ……」
コンビニに意識を集中する。
目の前の大通りを様々な車が通り過ぎていく。
けれど、ゆうたを轢いたあのトラックはやってこない。
「トラック、こないね……」
「そうだな……」
その後もずっと待っていたけれど、ゆうたを轢いたトラックも、もう一人の僕たちも現れなかった。
時刻はPM 1:35。
「結局こなかったね」
「ああ、これでタイムスリップの可能性はかなり低くなった」
「うーん、じゃあやっぱりどうして僕たちが今こんな状況なのかはわからないままか……」
「まあ俺たちがタイムスリップしたわけじゃないという事は、南原を見つければ全て解決ということにもなるな」
「そっか、そうだね。早くゆうたを見つけて普段の生活に戻ろう」
その後、僕たちは18時ごろまで地域全体を探しまわった。
けれど結局ゆうたは見つからず、辺りも暗くなってしまったので、これ以上は意味の無い事だと判断して捜索は明日に持ち越す事になった。
帰りに二人でゆうたの家に寄ってみたが、昼間来た時のままだった。
もやもやした気持ちのまま家に帰る。
玄関を開けると、暗い廊下。
また襲ってくる、あの感覚。
―――何かが足りない。
悲しい時も、楽しい気分の時も、家に帰るといつも感じる物足りなさ。
何だろう。何が足りないのか、思い出せそうで思い出せない。
ただ単に僕の気のせいなのかもしれないけれど。
今日は暑かったので、身体が汗ばんでいて気持ち悪い。
なのでシャワーを浴びる事にした。
たんすから適当に着替えを出して、脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入る。
シャワーを浴びながら、今日起こった事を考える。
進まなかった日付、無かったことになった事故、行方不明のゆうた。
……わけがわからない。
「はぁ……」
吐いたため息も流れるお湯の音にかき消される。
僕は考えるのをやめ、排水口に吸い込まれて行くお湯をじっと眺めた。
「なんか……眠くなってきた……」
シャワーを止めてタオルで身体を拭く。
少し身体が冷えると、眠気は一層強くなった。
一日中ゆうたを探して、疲れたのだろう。
今日はもう寝よう。
自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
すると身体中から力が抜けて行く。
僕はそれに逆らわず、静かに目を閉じた。