第28話
俺と朱美は無言でベンチに座っていた。何だろうか?いつものように軽口を叩けるような雰囲気ではない。
「お兄ちゃん、私がどうして本屋の全年齢対象のラノベコーナーで待っていたか分かってる?」
「ああ…」
俺はラノベに出てくるような鈍感系主人公では断じてない。朱美が俺の指定した場所にいたということは即ち…。
「ふつつか者ですが、末永く宜しくお願いします」
どうやら俺は人生の墓場へと永久就職することになったようだ。ならば就職するということはニートは廃業なのか?否、俺のニートライフこそが永久就職の場であり、天職なのだ。それに女に守ってもらってだらだらと生き長らえていく。まさにニートの鑑ともいうべき俺に相応しい生き様だぜ。
「それって、私が言う台詞じゃないの?」
「気にするな。どちらかと言えば俺は守って貰う方だからな」
「ふふっ、何それ」
いつものように軽口を叩いて笑い合う俺と朱美。結婚しようが彼氏彼女になろうが、朱美は社会人で俺がニートであることに変わりない。いつも通りに行けばいい。
「なんかだか無し崩し的に告白しちゃったようで実感湧かないわね」
「リアルなんてそんなもんだ。リアルに二次元のようなドラマを求めることが間違ってる」
「私は別に二次元をリアルに求めてなんかいないわよ!」
「それよりもベンチで寝るのは飽きたから家に帰ろうか」
いつまでもくどい話をするつもりはない。早く家に帰って御大の暖かい飯を食いたいもんだ。
「はあ、もういいわよ。じゃあ、行きましょ」
朱美が俺の手を引いて歩いていく。歩いた先には公園近くの駐車場があり、一際目立つ赤い自動車が置いてあった。朱美の車だ。
「おお、気が利くな。俺を家まで送ってくれるのか」
朱美の車で帰れば、御大のママチャリを置いていってしまう。だが、今は早くお家に帰りたい。大変心苦しいが次の日に回収しにいくとしよう。鍵を掛けてないが、誰もママチャリなんて盗みはしまい。
「何言ってるの?私の家に帰るのよ」
「なぬ?」
告白していきなり野郎を女の家に誘うというのか!どんな御都合主義のエロゲーだ?
「そうだな、お邪魔しようか」
かといって狼狽える俺ではない。ニートの枢軸たるこの俺ニートソースに三次元の御都合展開なんぞ恐れるに足らんわい。
「今夜は帰さないわよ、お兄ちゃん」
「それって、男の俺が言う台詞じゃないのか?」
「気にしない。何たってお兄ちゃんは私に守られる立場なんだから」
「ふっ、確かにな」
「ふふっ、そこで不敵な笑みを浮かべても格好付かないわよ」
俺と朱美は軽口を叩きながら手を繋いでいく。そこには異性同士ならではの緊張感は皆無だ。そして、俺達は朱美の家へと向かっていく。多分、朱美の家に行ったところで御都合主義のエロゲーみたく桃色のイベントは起こりはしないだろう。いつも通り、徹夜でゲーム三昧するに決まってる。
「それにしてもあっさりしてるわね。女性が自分の家に誘うんだからもう少し狼狽えてもいいんじゃないの」
どうやら朱美は泰然自若の態度を貫いている俺をお気に召さないらしい。
「ただでさえ人生を左右するイベントを乗り越えたんだ。そう、トントン拍子に事が進むとは思ってないさ」
「へえ、そう言われると何だか期待を裏切りたくなってくるわね」
朱美が肉食獣の如く獰猛な笑みをみせてくる。どうやら俺は地雷を踏んでしまったようだ。だが、人生の墓場の片道切符を手にしようとも俺のスタンスは変わらない。
「望むところだ。俺を誰だと思っている?」
「ニートソースでしょ」




