第13話
俺は震えるニートボールに止めを刺す。これぐらいの覚悟が無ければ意中の彼女の視界に入ることすらも叶わないからだ。
「それにだ。親のコネを使うということは親の面子がかかるということだ。故にお前は彼女に振られようが想われようが、自分勝手に仕事を辞めることはできなくなる。それに政治家が通う旅館ということもあって黒い交際もしてるかもしれない。知ってはいけない部分に触れるかもしれない。お前はその旅館から抜け出せず、そのまま骨を埋める可能性もあるってことだ。お前の想いが遂げられようと無かろうと関係無く、だな」
まさにハイリスク、ローリターン。俺は怪談話をする恐いおじさんのように言ってやる。実際、そんな陰謀渦巻く旅館に行くということはただ事では済まされない。俺は震えるニートボールの答をじっくりと待つ。 ニートボールはまるで死刑判決を待つ囚人のように青ざめた顔をしていた。当然だ。俺は愛する者のために全てを捨てられるか否かをニートボールに突き付けたのだ。親のコネを使って曰く付きの旅館で働けば、もう後には退けない。しかも、想いが実ることは限りなく零に近い。願いが叶う確率が低いものに今までの安穏としたニートライフを捨てる。それは身が裂けるほどの覚悟がいるだろう。
「ニートソース」
縋るような目で見つめてくるニートボール。俺も目を逸らさずに見つめ返す。
「僕は…」
俺はただ黙って親友の決断を待つ。親友の如何なる答えも受け止める。そして、しばらくして…。
「諦めるよ」
「そうか」
憔悴する親友の肩に俺は軽く手を置く。これが漫画だったら親友は例え火の中水の中と言わんばかりに地獄へと突っ走っていき、話が盛り上がるのだろう。だが、世の中そんなに甘くない。ここで簡単にそんな根性を見せられるぐらいだったらニートなんてやってはいない。
「僕の気持ちってこの程度だったのかな?」
「いや、端から見て俺はお前が本気だったように見えた。だが、それでも及ばなかった。それだけだ」
「そっか」
愛する者のために全てを捨てられる。そんな奴は滅多にいない。そんな滅多にいない奴だからこそ誰もが讃えるのだ。誰でも出来ることを讃える奴なんていやしない。
「はああ、やっぱり三次元の女って難しいね。難易度が高すぎるよ」
「いや、今思ったが、恋や愛に難易度なんか関係無かった。やるか、やらないか、結局は自分次第だ」
達観したように言うが、俺も同じ穴の狢だ。その“やるか”という決断をするのがどれほどの覚悟であるかなんて想像もつかない。
「その“やるか”の領域に僕達は辿り着けないんだよね」
「そうだな。だから俺達はニートになっている」
俺とニートボールは申し合わせたかのように互いにため息をつく。今の自分を捨てたくないからこの場所に留まっている。仕事に就けない、能力が無い、なんてものは言い訳にしかならない。俺とニートボールは上流家庭だからまだ恵まれてる方だ。いや、恵まれすぎている。
「上手い棒食うか?」
「いや、止めとくよ。少しダイエットしてみようかと思ってるんだ」
結局はニートライフを捨てきれず彼女のことは諦めたニートボール。だが、ほんの少しだけ変わったかのように見えた。それはニートボールにとって偉大なる一歩であると、俺はそう思いたい。




