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君に恋をした  作者: 妃林
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背伸びの、キス

ぽかぽかと暖かな日差しに、誘われるようにまぶたが落ちる。少しだけ、少しだけ休憩にしよう、そう思っていたのは覚えている。



* * * * * * ** * *



執務机の背後の窓は、出窓になっている。彼女が庭で昼寝をしていたのを見つけたあの窓である。凝り固まった背中を伸ばしつつ、彼女の姿がそこにないか階下を覗き込むのが最近の執務の合間の癖になっていた。


今日はどうやらいないらしい。少々残念に思いながら、そういえば今朝確認した彼女の予定がびっしりだったと思い出す。立て続けに厄介な書類の処理をしたためか、疲れもたまっているようだ。


「少し休憩しようか。」


隣に控えていた補佐官に声をかける。すると彼は珍しく微笑を浮かべ、ちらりと窓へ視線を動かした。普段仏頂面をした彼の笑みに何を考えているか瞬間的に気づいたが面倒くさいので放っておくことにする。どうせまた彼女のもとへ休憩にかこつけて会いに行くのだと思っているのだろう。これまで浮き名のひとつもあげてこなかった彼、ルーカスの彼女への求愛行動は仏頂面の補佐官だけでなく城中から微笑ましく応援されているようだ。正直なところこの年にもなって、と思わなくはないが反対されるでもなく、得ているのは応援。ありがたく頂戴することにしている。


では私も所用を済ませて参ります、と頭を下げて彼が部屋を出る。ぱたり補佐官の去った部屋には静寂が残る。


本当は彼女に会いたい。だが彼女も頑張ってくれているのだ、邪魔ばかりはしていられない。少し休んだら食事を彼女と共にとれるよう残りを早めに片付けよう。


窓辺に腰掛け、意外と奥行きのあるそれに行儀が悪いと思いながらも足をのせる。座り心地はもちろん良くはないが、太陽の光が心地よく、少しだけと目をつぶったところまでは覚えていた。


ここに彼女がいたら極上の幸せなのに、と思いながら仕方なしに腕を組んでまぶたを落としたその時までは。



* * * * * * ** * *



気づけば寝ていたらしい。というのもパタパタと聞こえてきた足音がずいぶん近くなって、それでも開くことのないまぶたに気づいたのだ。ぱたりとやんだ足音。彼女がきっと扉から顔を覗かせている、迎え入れなければ。そう頭では思うのに体がピクリとも動かせず、想像以上に疲れがたまっていたことを知る。


しばらくたって彼女がそばまで歩み寄ってきたようだ。近くに彼女の気配がする。が、珍しく眠りに落ちている僕に警戒でもしているのだろうか。そろりと近づいてきた彼女に自然頬が緩む。ああ、抱き締めたい。不埒なことを考え出す頭とは裏腹に体は相変わらず動かない。


ここまで動かないとは、もしかしてこれは夢だろうか。なかなか寄ってこない野性動物のような彼女にぼんやりと思う。夢ならばそれこそ、抱き締めたい。普段彼女を怯えさせないために我慢していることを、抱き締めて、彼女に触れて、頬に、唇に、口づけてこの腕のなかに閉じ込めてしまいたいのに。


そんな彼の望みも次の瞬間、一気に忘れ去られることになる。


「ルカ…?」


彼女の鈴のような声が、彼の名を呼ぶ。

少しうつむいた顔にかかる前髪を、彼女の指がつまみ、そして耳にそれをかける。


どくり、彼は自らの心臓が高鳴ったのをしる。普段穏やかに笑う彼しか知らない彼女は、そんな風に窺うように不安げに名前をよんだりしない。いつだって純真無垢に、そう、子供のように溌剌と彼を呼ぶのだ。そもそも、そんな風に警戒心を見せることもないし、手を広げれば走りよって飛び込んでくる。そんな彼女の紅茶色の髪を撫でて、それに彼女が頬を染めて。ただ、彼女から触れてくるのは手を繋ぎ指を絡める、それくらい。そんな彼女の指先が、彼の耳を掠める。


僕は知らない。

君が、こんなに。


「…ルカ」


小さく囁かれた名に、硬直した体が少しだけ息を吐く。そうして触れる、体温と、微かな息遣い。


ちらり、ようやく持ち上がったまぶたに、彼女の顔が飛び込んできて。


「…っ…」


彼女は気づかなかっただろう。

伏し目がちに頬を紅に染めた彼女は、そのまま踵を返し部屋から走り去った君は、気づいていないだろう。



「…はっ…こんなの、反則だ」


薄目にも見えた彼女の顔。

そして、一瞬だけ掠めた、口づけ。


彼女には少し高い位置だったのだろう。背伸びをして、その体が少し揺れていたのが見えた。あまりの衝撃に感触など覚えていない。思い出せないほど一瞬だったというのもあるが。


思い出せるのは、伏せたまぶたの緊張から揺らめく姿。離れていく君の、紅に染まった頬。


これじゃまるで。



子供だと思って堪えていた感情がぼろぼろと崩れだす。まだだめだ、彼女を怯えさせるわけには。そう心に決めて、優しく触れるだけにとどめていた、頬に、額に、旋毛への口づけでとどめていた感情が溢れだす。


「君が、好きだ…っ」


走り去った彼女に、溢れだした感情が口をつく。



予定を大幅に越えた休憩に、部屋は茜色に染まり始めていた。ただ、彼の頬はそれとは異なる理由から紅に染まっていた。



* * * * * * ** * *



知らなかった。

彼女がはもう無垢なだけの子供じゃなかった。

僕が彼女に恋い焦がれるように、彼女もまた恋心を育んでいたのだ。



はじめてのキスは、背伸びをした君からだった。


きっとね、このことは一生忘れられないよね。背伸びした彼女のあの可愛らしさ。あーもうほんとにあの瞬間なんで僕の体は動いてくれなかったんだろうね。思いきりぎゅうっと抱き締めたかったのに!もったいないことをした。いや、ほんとに!

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