お願い、とお願い
その日、城内では内々にひとつの祝いが執り行われた。とある令嬢の15歳の誕生祝いである。
蝶よ花よと育てられた彼女の少し遅れた社交界デビューに人々の関心は集まり、彼らはこぞってその祝いへ出席し、彼女の興をとろうと必死であった。
なぜそこまで注目されるのか。元々国の三大貴族の一人娘というだけで十分注目はされていた。加えて一人娘だというのに婚約者の一人もつける様子がない。家の存続のため、幼い頃から婚約者の一人や二人、存在するのが普通だろうに。表に出せない理由が何かあるのか、実際は娘など存在しないのではないか、とさんざん噂されてきた彼女のようやくのお披露目である。
ただ、それだけでもなかった。もう一つ注目される大きな理由がある。
彼女は第一王子の婚約者だったのだ。
結婚適齢期にも関わらずなかなか婚約者を決めようとしない王子に突如現れた婚約者。しかもそれが10歳も年下の、これまた噂となっていた隠し姫である。人々の関心を集めるのに十分すぎたのは間違いがない。
手の届かない存在になる前にと、彼らの必死さはすさまじく、それが想像できるだけに内々に開催されたのだが、それでもどこから聞き付けたのか多くの人がその場に駆けつけていた。
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「よし!」
そんなこととは露知らず、本日の主役はそのかわいらしい顔を珍しく強ばらせて、まったく異なることに思いを馳せていた。
艶のある紅茶色の髪は高い位置で結い上げられ、ゆるく巻かれた毛先が肩口で彼女の動きにあわせて揺れる。淡いクリーム色のドレスは多種多様なフリルをふんだんに使い、彼女の可愛らしさを最大限に引き出している。
ぱちりと瞬きをして鏡を覗き込めば、これまでで一番きれいに仕上がった自分の姿。少し背伸びをした大人っぽいお化粧に緊張と高揚を感じながらにっこりと笑いかける。
少しだけつり上がった目がコンプレックスの彼女は少しでも優しい表情をと心がけて少し困ったように笑うようになった。これまであまり気にもとめなかったことが、最近気になって仕方ないのだ。特にあの彼の、細められた少したれ目の隣ではきつく見えてしまうのではないと不安になる。いつからだろう、少しでもかわいく見られたくて色々なことが気になり始めたのは。
まだ15歳。まだまだ子供だってことは重々承知しているつもりである。まわりも、彼だってそうだ。彼女を子供として扱っているのは一目瞭然である。たしかに毎日が覚えることばかりで一日中お勉強だし、行動が子供っぽくて怒られてばかり。この前だって日だまりに誘われるようにまぶたを落とし、庭の真ん中で無防備にもお昼寝をしてしまった。もう子供じゃないのだからとあとで侍女に大目玉を食らってしまった。
それでも、恋する女の子。10歳も年上の彼に釣り合うようになりたくて、必死で背伸びをしている。だって、彼のことが好きだから。
そんな彼女は、今日の記念すべき日に一つ心に決めていたことがある。ようやく、15歳なのだ。何歳になっても彼には追い付けない、だって彼も同じだけどんどん前に進んでしまう。それでも、社交界にも出れるし結婚だって許される歳になった。ようやく一歩、オトナへの仲間入りをしたのだ。
彼にオトナとして認めてもらう!
本日の主役はそんな決意を胸に会場へと足を進めるのであった。
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しかし、その決意は早々にぽっきりと折れかけていた。
「はぁー……」
人ごみをかきわけて一時的に壁際へと避難した彼女は、初めての社交界に疲れはてていた。共に挨拶回りをしていた両親は娘の様子に少し休憩をと送り出してくれたのだ。内輪だけの見知った面子だけだから、と聞いていたがふたを開けてみれば見知らぬ人も多く、名前を覚えることはもちろん、その都度正式な挨拶を交わすのも一苦労である。
先日のお昼寝事件から一部の人にはばれてしまったが、彼女は蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢ではない。堅苦しいことが苦手な自由人であった。気持ちよければ外でも寝てしまう、気になるものがあれば木にも上るし自室からの逃亡だってお手のものだ。そう、そんな彼女に形式ばった社交界など耐えきれるはずもない。
これまで表舞台に出てこなかったのにはそんな理由があったのだ。
「お父様とお母様には感謝しなくっちゃ。」
これまでこんなしち面倒くさい集まりから娘を守ろうと彼女の意思を尊重してくれた両親。貴族としてはどうかと思うが、何よりも娘の幸せを祈って見守ってくれた両親には本当に頭が上がらない。
だからこそ。
彼らが悩まずにすむよう、彼女も力を尽くさなくてはならない。彼との未来が幸せとなるように、彼女もまた努力して両親を安心させる必要があるのだから。
彼女が覚悟を決めた眼差しで会場中央に戻っていくのとほぼ同じ時刻に、会場中央の扉が大きく開け放たれた。
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それはまるで、庭園中の花を集めたかのような光景。
十数人で運び込まれた色とりどりの花に会場内の注目が集まり、会話が途切れる。彼女の好きな橙の花が多い。そんなことをぼんやりと思っていると、扉の奥から現れた彼と目があった。
「おまたせ―――」
「殿下……」
にこり、とびきり甘い笑顔で彼女へと歩みを進める彼の手には特大の白の花束がある。彼の進行方向にいたものは恋人たちの会合を邪魔しないよう道を譲る。そして。
「15歳おめでとう、セリシア」
そういって彼は純白の国花で造られた花束を彼女に渡し、その頬に口づけを落とした。ちなみにその頃外野は大盛り上がり。噂の二人の仲睦まじい様子を目撃しただけでなく、その花束も花束である。国花の意味を知らない国民はいない。
その純白の姿から、この身を貴方色に染めてください、と求婚の際に登場する花である。王族の婚姻ともなれば必要な手順もあるが、これはもう決まったも同然。会場は国をあげての祝い事に大盛り上がりとなったのだ。
だが、彼女は知らない。
「お祝いに、あとで言ってもらおうと思ったのに……!」
いつも彼女を「僕のお姫様」と呼ぶ彼に大人の女性として名前で呼んで欲しいのだとお願いをしようとしていた彼女は、人前で唐突に呼ばれてしまったことに動揺して、渡された花束の意味など気づいていなかった。
まわりが本格的な婚姻に向けて動き出すことなど、
彼女はまだ、知らない。
せっかくがんばったのよ?ドレスはほんとはもう少し大人っぽくしたかったけどこちらの方が似合うからって我慢してフリルが一杯だったけど……完璧だったのに!大人っぽくなった私にびっくりしてる隙に耳元でセリシアって呼んでって言おうと思ってたのにぃ!!