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君に恋をした  作者: 妃林
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べた惚れ、双方向

「はぁー……」


常春といわれるある国に、珍しく大きくため息を吐く男がひとり。

きれいに整えられた黄金の髪を右手でくしゃりと押しつぶして、彼は視線を窓の外に戻す。その視線の先に見えるのは、青々とした芝の上で無防備に眠る少女の姿。


「まったく、どーして」


困ったようにつぶやく男の、けれどその口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。


        * * * * * * * *


くー、くー


体をくの字に丸めて、静かな寝息を立てている少女としか言いようがない彼女。常からそのあどけない表情やしぐさからずいぶん幼く見えるのだがもうすぐ15歳を迎える彼女は、大人の仲間入りだと主張している。しかし、まあ……


「大人、ねぇ。普通のレディはこんなところでお昼寝はしませんよー、お姫様。」


くすくすと笑いながら、彼女の脇に膝を落としその穏やかな寝顔をのぞきこむ。これだけ近づいても無反応で眠りこけているとはよっぽどお疲れと見える。わずかにとがった唇が、疲れたーと不満を言っているようにも見えて少し笑ってしまう。

それも仕方ないかな。彼女の紅茶色をした髪を梳きながら彼の口元にはやはり柔らかな笑みが浮かぶ。この小さな体で、幼いながらも彼女は必至で頑張っているのだ。ほかでもなく、彼のために。


そっと触れ彼女の頬は暖かく、ふにふにとした頬も相まってまるで赤子のよう。まさに目に入れても痛くないと公言できるほどのかわいらしさである。どれだけ見つめていても飽きることなどない、がしかし。


「くしゅっ」


小さくくしゃみを漏らす彼女にやはり春のうららかな陽気とはいえ外の昼寝は寒いだろうとようやく気づいた彼はそっと静かに、壊れ物を扱うように彼女を抱き上げる。彼女を部屋まで送り届け、自らも仕事へと戻ることにした。先ほどまで自らがいた執務室の窓からも催促をするような視線を感じるので、そろそろ休憩時間も終わりということだろう。


「さーて、もう一息。がんばりますよー」


抱き上げられても変わらず眠り続けるお姫様の額に小さな口づけを落として、彼は歩きはじめた。


        * * * * * * * *


そろそろかな、と思ったころに聞きなれた音が廊下から聞こえる。内密な話し合いが行われる時以外は扉をあけ放っているため、彼女の小さな足音も執務室まで聞こえるのだ。むしろこれが楽しみで普段から扉を閉めさせないのではあるが。


「ルカッ!」


飛び込んできたかわいらしい声に、仕事中の険しい顔はどこへやら、一気に相好が崩れた。上げた視線の先には、彼女のちょっと気まずそうな姿。きっと仕事中の自分に愛称で声をかけてしまったことに気づいたのだろう。視線を泳がせて入口で止まってしまった彼女に笑顔を向けて、おいでおいでと手招きをする。ちなみに周りは慣れたもので、そっと視線を落としながら隣室へつながる扉からそそくさと出て行っている。


「ご、ごめんなさい。またお仕事の邪魔をしちゃって……」


先ほどの廊下の勢いはどこへやら。静かに部屋に入ってきた彼女にたれ目がさらに垂れ下がっていることなんて当の昔に自覚している。だがもう止められないのだから仕方ない。


「いいんだよ、気にしないで。今日のお勉強はもう終わったのかな?」


こくりと頷く彼女の髪をなでながら、他愛もない話をする。はにかむ彼女のかわいらしさに思わず抱きしめたくなる不埒な腕を叱咤しながら、彼の少ない休憩時間は過ぎていくのである。



そういえば。

仕事の予定が迫ってきたため名残惜しくも彼女を見送った。まだ成長期の途中の彼女は、背丈も彼の胸元までしかない。必然的に見上げる形となるのだが、少しだけつり目がちなあの瞳に上目使いで見つめられるといつも聞こうと思っていたことが聞けないままなのである。


ここ数日、なぜか彼女は休憩時間になると同じ場所に現れる。そう、今日彼女が昼寝をしていたあの場所に。彼としては執務室の窓からちょうど見える場所なので彼女の姿が少しでも見えることについては喜ばしいことなのだが、いかんせん特に出入りが制限されているわけでもない王城の庭なのだ。入城には少々手続きが必要なので怪しい人間は入り込まないとはいえ、無防備な姿を見せるには少々危険ではないだろうか。きれいに花が咲き誇る王族居住区の一の庭でもなく、なにか彼女の気になるものでもあるのであろうか。そうであればこのあたりも一部出入りを制限するか……


平和なこの国でそんな危険があろうはずもないのだが、彼の中では彼女が唯一無二。彼女の安全を確保するため、王城内の地図を頭に描きながら本格的に制限区域の再構築を練るのであった。



彼は知らない。


「あーあ、また迷惑かけちゃった。」


落ち込む彼女がその場所から、彼の執務室を見上げていたことを。

彼から彼女が見えたように、彼女もまた窓から見える彼の横顔を階下から見つめていたことなど。


彼は、まだ知らない。

え?休憩になっているかって?それはもちろん。だって彼女のかわいらしい姿を見たら、疲れなんて吹き飛んでしまうに決まってるじゃないか。あー、本当なら仕事も全部放り出して彼女をずっと見ていたいくらいだよ。本当になんであんなにかわいいんだろうねえ。

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