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4話:僕と彼女と謎の男

夕焼けに染まる街を僕は歩く。今日も平穏とは程遠いものの無事に学校を終えた。とにかく生きていることを感謝しておこう。

まぁ、それは置いておいて。


「僕の3歩後ろをずっと歩いているって、ストーカーに本当になった?」


僕は振り返らずに声をかける。後ろからビクッとした気配が伝わってきた。


「す、ストーカーじゃないですよ!しょうがないじゃないですか、お隣さんなんですし!!」


それにしても、僕が立ち止まると立ち止まって、コンビニに寄ると一緒に入り、出ると急いで出てくるのはいかがなものか。というか、ストーカーと言われて否定は出来ないだろ、それ?


「お隣さん、ならコンビニによる必要はないと思うけど?」

「だって、まだ道覚えてないんですよ」


だったらそう言えば良いのに。流石の僕も、迷子に道を教えるくらいはしてやるのになぁ。多分。

今日はバイトもないから良いものの、僕がバイトの日だったらこいつどうするつもりだったんだろうか。あ、そうだ。卵明日の朝の分でなくなるな……。玉子焼きは弁当の必需品だからな……彩り良いし、場所も埋められるし……。明日確か1000円以上お買い上げで卵1パック66円だったな。肉類も明日買って、今日は残り物を食べるか。


「野菜炒めにスープで良いか」


野菜庫にはナスとピーマンとキャベツとニンジンと小松菜とレタスがあったはずだ。あと、豚肉と鶏肉とウィンナーも少しあったはずだし。豆腐と揚げと昨日の残りの肉じゃがも少しあったな。


「幸君ってしっかり主夫してますね……」

「一人暮らししてたら、これくらい当然」


清香の方が規定外。と言外に含める。


「あの、幸君。私に料理教え

「却下」


即答。と言うより全部言い切る前に答えた。

食材の無駄、労力の無駄、金の無駄。世界三大無駄が出揃うかもしれない。それに鍋とかも悲惨な末路を辿ることになるだろうし、部屋に臭いがついたら最悪だ。


「ちょっ、ちょっと位良いじゃないですか〜」

「ちょっとで自分の料理が改善されるとでも?」


改善というより根本から変えたほうがいい気もする。改変か?


「それは……すみません、無理です」


別に僕に謝る必要性はないのだが。

とぼとぼと清香は僕の3歩後ろを歩く。




リィン……




不意に、何か澄んだ音が聞こえた。

清香の顔つきが変わる。心細そうな顔ではなく、毅然とした顔。キッと前方を睨むようにして、そのあと左右に視線を滑らせる。

ぐにゃりと、空間が捻じ曲がった気がした。慌てて目をこするが、そこはいつもの通学路だ。

だが、何かが違う。空気の臭いが違う?夕立の後の湿った臭いとか、晩飯を準備する臭いとか、草の青臭い臭いとか全部なくなった、無味無臭の空間。異常、だ。




リィン…リィン……




また、鈴のような音が聞こえた。

清香の表情もどんどん険しくなっていく。ぎゅっと握り締めた拳は、白く骨が浮き出すほどだった。


「やぁ……」


どこからか、声が聞こえた。男の声。声から推測すると20代後半か30代前半だろう。低くも鳴く、高くもない普通の声。でも、何かが拒絶反応を起こす。

ぞわっ、と悪寒を感じた。ねっとりとまとわりつくような、声。

じわりと、汗が首を伝う。


「どこにいるの!?」


清香が吼える。たった一日と少ししか知り合って間もないけど、それでも清香は少し異常だった。キュッと血が滲みそうなほど唇を強くかみ締め、鋭い眼光であたりを見渡す。


「おぉ、怖い怖い。私はここですよ」


トンッ


軽い音を立てて、目の前に30代前半の男が現れる。丁寧に撫で付けた黒髪に、ピシッと着こなした黒のスーツ。靴も磨かれており、にこやかな表情に至るまで文句の付け所がない。

普通の男。だけど、その男を見た瞬間嫌悪感が体を巡り抜ける。大体、どこから現れた?


「誰……いや、何だ?」


僕がぼそりと呟くと、男は大仰な仕草で驚いたことを示してみせる。一々馬鹿にしている気がしてならない。


「流石は幸様です。私が普通でないと見破るとは……」


男は優雅に一礼をする。

駄目だ。一々癇に障る。それに、今、変なことを言わなかったか?


「……質問に答えていない。それに『幸様』?」


僕はこんな得体も知れない奴に様付けされる覚えなんてない。僕は一応一般市民だ。


「おや、そこの小娘からお聞きになられていませんか?貴方様の奇異さと重要さを?」


存外だというように、目を見開く男。


「知る必要のないことは、知らなくて良いです!」


清香が食ってかかる。その瞳には憎悪の光すら滲んでいた。


「……どういうことだ?」


でも僕だって黙っていられない。この状況はどう見ても、僕が話の中心にいるはずだ。それなのに、僕には何のことか分からない。

そんなのおかしいだろう?


「知りたいですか?私と一緒に来ましたらお教えしましょう」

「駄目です、幸君!」


男が手をさし伸ばし、清香が僕の服を掴む。


「知らない男の人にはついて行くなといわれているので、遠慮します」

「幸君待って、何歳児ですか!?」


いかなる時もツッコミを忘れない清香だった。僕もボケられているからまだ余裕があるってことだろうけど。

男は、それを見てくつくつ笑う。


「ふふふ……幸様は面白い方ですね。失礼しました、黒須(くろす)と申します。お気軽にクロちゃんと呼んでくださっても結構ですよ」


30過ぎのおっさんをクロちゃんと呼ぶ勇気は僕にはない。



「ついでに私は魔法使いですよ」



僕の回りにはこういう奴ばっかり来るのか。

はぁ、不幸だ。






「おや、これには驚かれないんですね」


男がにこにこ笑う。


「自称魔女っ子が隣にいるからね」

「それは言っているですねぇ……。さぁ、幸様。自己紹介も済みましたし行きましょう」


今の紹介で分かったことといえば、名前とイタイ人ってことだけだろう。


「母さんの遺言でクロスケにはついて行くなと言われているので、止めときます」

「幸君、クロスケって誰ですか!?」


些細なボケも見逃さないか。僕が見込んだだけあるな。


「幸様の母上殿はご健在でしょう?つい昨日も安売りを求めて隣町まで自転車こいでらっしゃいましたよ」


この頃僕の周辺で、『ス』から始まる犯罪が急増している気がする。


「僕のプライバシーとか考えません?」

「人間誰だって誰かのプライバシー侵害しながら生きてますよ」


ある意味真理だが、間違っている。


「……はぁ、不幸だ」


いつものように、呟く。

男……黒須が、にやりと笑った。

肌が粟立つ。


「幸様は不幸ですか?不幸でなくしてさしあげましょうか?」


清香の顔色がさっと変わる。顔面蒼白とはこういうことだろう。ただでさえ白い肌からさらに血の気が引く。


「聞いたら駄目です!」


でも、黒須の言葉は僕の心を刺激した。

もし、本当にそんなことが出来たのなら……。


「僕は……どうすれば良い?」

「幸君!?」


清香がさらにきつく、服を握り締める。

僕はそれを払った。

清香が驚いて僕を見上げる。


「簡単ですよ。私達には幸様が必要です。幸様が私と共に来られるなら、不幸などなくしてみせましょう」


……正直、うさんくさいことこの上ない。だが、魔法なんて物を使えるなら、僕だけではどうしようもないこの体質もどうにかなるのかもしれない。

どうする?このまま不幸を背負って生きるか、万が一の可能性にかけてみるか。


「僕は……!?」


答えを口にしようとした瞬間、体が後ろに引かれた。清香が僕の腕を強く掴んでいる。華奢な体からは考えられないほどその力は強く、痛いほどだった。


「幸君、逃げますよ!」

「待てよ!僕は

「幸君は死にたいんですか!?」


え?

思わず足が止まりそうになるが、さらに引っ張られる。


「いえ、幸君は殺されはしませんけどね。精神を殺された、言うことを聞くだけの人形のようになりたいんですか?」


わけが、分からない。ただ、清香の必死さからそれが妄言の類ではないだろうと思う。

僕も、清香に引かれるまでもなく走り出す。僕は頭脳労働のほうが得意だけど。

それにしても。


「僕『は』殺されない?」

「……はい。まぁ、私は邪魔をするなら殺されるでしょうね」


さらりと何でもないように。淡々と清香は語る。それがその言葉が事実であると示していた。



リィン



また、鈴が鳴る。


「逃がしませんよ」


また、男がどこからか現れる。清香が歯噛みした。


「気付いていらしてませんでした?幸様達は私の結界に囚われているんですよ」


あの気持ち悪い感覚は、それだったのか?

対等に話しているフリをしながら、策を巡らしていたのか。


「……清香、どうすれば良い?」


魔法なんて僕の専門外だ。

清香は小さく何か呟く。


『幸君、聞こえますか?聞こえるなら心の中で聞こえると答えてくれれば宜しいです』


突然、頭の中に直接響くような声が聞こえた。


『聞こえる。何これ?』

『えっと、テレパシーみたいなものだと考えてください。察していると思いますが、これは私達二人にしか聞こえません』


案外普通に魔女っ子してるな。感心感心。


『そんな感心しないで良いですよ!?』


あぁ、そうか。考えてることが全部伝わるんだな。映像を思い浮かべたら、それも見れるのだろうか?


『そんな実験今しないで良いですから!』


好奇心は人類の至宝なのに。


『TPOわきまえて下さい!』


そういえば最近までTPOをPTAの親戚だと光輝は勘違いしていたらしい。


『全く関係ありませんね!?』


毎度ツッコミご苦労様。


『労わるなら態度で示してくださいよ!』


物品をねだるのか?せこいなぁ。


『誰もそんなこと言ってませんしね?!』


正しくは思ってだろ?


『そうですけどそんな細かいこと気にしないでください』


細かいこと気にしてると大物芸人になれないよ。


『芸人になる気はありません!』


え、そのツッコミを生かさないでどうするの?


『だから、魔女ですって!芸人なんて嫌です!!』


あ、今芸人馬鹿にしたな。全国五千万人のお笑い好きに土下座しなさい。


『多っ!』


まぁ、実際そんなに居るか知らないけど。


『適当ですか!?』


さて、いい加減漫才止めるか。


『幸君のせいですからね!?』

「……さっきから百面相していて楽しいですか?」


黒須が清香に呆れた声を出した。

僕も見ていたが、相当怪しかった。


『だから、幸君が……いえ、もう良いです。とにかく、合図を出したら真っ直ぐに走ってください』


諦めたみたいだ。つまんないなぁ。


『そういう問題じゃありません!わかりましたか?』

『分かってるけど、どうせ結界から出られないんじゃ?』


さっき結構な距離を走ったし。結界と言うくらいだから、出られないように工夫されているんじゃないか?


『そこは、安心してください。ただ、壁のようなものにぶつかったら、壁に手を当ててください。そうすればどうにかなります』


清香の声……じゃないけどそう定義しておく……には確信が篭っていた。

僕はかすかに頷く。


「清香はちょっとお頭弱い子なんで、放っておいてあげてください」

「酷い言い草ですね!?」


黒須にそう答える。

冗談だって。黒須が不審に思わないようにだって。


『なら良いですけどね』


多分、そうだと思うよ。


『自分のことにすら曖昧ですか!』


うん。まぁ、僕も清香のことは放っておいてあげよう。


『酷いです!』


黒須は、また笑う。

清香、馬鹿にされてるぞ。僕のせいだけど。


『自覚あるんですよね……』


何かやたら哀愁漂っていた。

それよりそろそろ逃げない?


『そーですね』


笑ってい○とも並みの適当な『そーですね』だった。伏字が殆ど意味を成していないのは、それこそ伏せておく。


清香は小さくため息をついて、黒須を睨み上げる。黒須も視線を感じたのかふっと清香を見た。


『走ってください!』


そう聞こえると同時に、清香は右手を天にかざす。

僕は二人とは逆の方向へ走り出した。


「幸様、逃げても無駄ですよ?」


黒須の声がどこからか聞こえる。

どこに居る!?


『惑わされないでください!結界内にいるから近くに聞こえるだけですよ!!』


実際は清香の前に居るってことか。

僕はそっと後ろを振り返る。


じゅゎぁ……っと水が蒸発する音。水蒸気に霞んで、遠目にはキラキラとした光が見えるだけだ。何となく清香が劣勢の気がする。

早くしなければ!

僕は必死に足を動かす。肺が焼けたようで、喉がヒリヒリするようだった。それでも足を止めない。


やがて、景色が変わっている場所に出た。今までの変哲のない町並みがひたすら続くのではなく、人が行き交う道。そこに行こうとした僕は柔らかい壁のようなものにぶつかった。クッションのように衝撃を吸い込むが、割れない見えないもの。

清香に言われたようにそれに手を触れさせる。

ぐにゃりと、空間が変わった。同時にパリンと何かが割れるような音。


「……残念ですが、今日は引きます。また、会いましょうね」


黒須の声がどんどん小さくなっていく。


「貴方の気が変わるのをお待ちしていますよ、幸様」


ぷつりと、黒須の声が聞こえなくなった。


「くっ……はぁっ……!」


苦しそうな喘ぎ声に振り返ると、清香が肩で息をしながら歩いていた。少し怪我でもしたのか、左足を引きずっている。


「大丈夫……じゃなさそうだね」

「い、いえ……だいじょ…う、ぶです」


これのどこをどう見れば大丈夫に見えるというのか。

……心の声も聞こえない。相当無理しているんだろう。

無理して引きつった笑顔を浮かべる清香の頭をかき混ぜて、ため息を一つつく。こういうタイプは無理するなと言っても無理をするから、始末に悪い。だから、せめて英気を養ってやるくらいしか出来ない。


「……夕食作ってやる」

「え?」


清香はきょとんとした顔をする。

僕はこういうキャラじゃないんだけど?


「代わりに隠していることを話せ」

「あ……そう、ですね。もう、隠せるレベルじゃありませんね」


寂しげに笑う清香の顔は、夕焼けに染まって酷く脆く見えた。

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