怨念と青春と探偵のワルツ
「君は……いや、お前は誰だ?」
古びた小屋。ばら撒かれた絵の具によって色付けられ、まるで一つのアートのようになっていた。
「お前は何が言いたい。何を求めたい」
目の前に立っているのは、血の色をした人型の化け物。
それなのに俺は、何かを感じていた。いや、感じざるを得なかったのかもしれない。
「何も答えちゃくれないか……」
その化け物は、言葉を喋らない。動いたりはするが、何を示しているのか分からない。
それでも、答えを見つけないといけない。
「なあ、優華……?」
俺の目の前に立っているのは、
俺の最も大切だった人の怨念だったから。
君達は、果てしない後悔をした事があるだろうか。
果てしない後悔といっても、あまりにアバウトすぎて答えられない人が多いと思う。正直俺も、どこからが果てしない後悔に当てはまるか分からない。
だけどこれはその、果てしない後悔の記録である。
「時はまさに、大探偵時代‼︎」
「え、いきなりどした?」
まずは、普通の日常風景の記録から甦らせよう。
高校一年生の俺達は、まだカップルの関係にはなっていなかった。
ちなみに俺の名前は庄屋だ。
「ちょっと前に、ちょっとした事件に巻き込まれたの。それで、探偵さんが物語みたいに解決してくれたの‼︎」
そういえば、ちょっと前に結婚式にお呼ばれされちゃったとかなんとか言ってたっけ。
「そんな事あるんだ……それで?」
「調べたら……最近、探偵をする人が増えてるらしいの。その探偵の人、すっごくカッコよかったんだけど、探偵事務所の数が多すぎて分かんなかったの」
俺は少し複雑な感情を覚えた。こういうのが所謂嫉妬心なのだろうか。こうやって嫉妬心を感じてた割に、恋心を理解するまでかなりかかってしまったが。
「事務所名とか名乗ってなかったのか?」
「名乗ってたよ? すぐに忘れたけど」
あまりこういう感情を良しとはしたくないが、少し安心していた。知らない男に取られたくはない。
個人的に、知ってる奴より知らない男の方がムカつく。
「はぁ〜。ちゃんと聞いておけばよかったよ。晴山涼って名前らしいんだけど。イケメンだったんだけどな〜」
「悪かった。イケメンじゃなくて」
「え? 庄屋は庄屋だよ? 別腹だって〜」
こういう態度が、いつも俺を惑わせた。
そこから、恋心を自覚するまでが約一年。更にそこから数ヶ月、俺は優華に告白した。人生最高の瞬間だった。
「恋人となってから初めのクリスマスか……デートでもするか?」
「ん……私、イルミネーション見に行きたい‼︎」
「お、いいじゃん」
俺にとって、イルミネーションは思い出深い存在。
たまに近くの家が、冬になるとちょっとしたイルミネーションをしている。最初は綺麗だと思ったが、途中から眩しいだけに変わり、けど最後は悪くはないと風情を感じるようになった。
「あれでも、お前イルミネーション好きだったっけ。ちょっと前は、ただただ眩しいだけとか……」
「……それは、秘密‼︎」
その言葉により更にテンションが上がったのか、わざわざ県外のデカいイルミネーションを見に行った。
色々と豪華なイルミネーションだったが、なにより光のトンネルが凄かった。入場料2500円と移動代でかなり飛んだが、それでもまだ全然元が取れたと感じたくらい。
「クリスマスツリーふぉお〜‼︎」
「やっぱクリスマスはこれを見ないと始まらないし終わらないよなぁ‼︎」
クリスマスツリーを見ると、その分テンションもぐんぐんと上がっていった。
「クリスマスプレゼント。これの代金を俺持ちにするって事でいいか? まだ欲しいならあげるが」
「いやいや‼︎ 私だって渡そうと思ったけど何が良いか悩みすぎてまだ買ってこれてなくて……代金、私持ちにするって交渉仕掛けようとしてたのに。先手打たれた」
「……実は俺も、お前は何が喜ぶかを悩みすぎて一先ずは代金を俺持ちで許してもらおうって思ってた」
「じゃあ、おんなじだ‼︎」
「そうだな‼︎」
そのままのノリで抱擁して、体を離す頃には互いに少し照れていた。
「にしても、あの日の秘密‼︎ って、結局なんだったんだ? あれのせいで、俺昼も夜も寝ちゃったから」
「まさかの逆パターン⁉︎ 実は私、ちゃんとしたイルミネーション見た事なくて。食わず嫌いだった。けど、イルミネーションの思い出を聞いて思ったんだ」
優華が俺に近づいて、唇と唇が優しく触れ合った。
「……食わず嫌いせずに、一緒に大切な思い出をできる限りたくさん作っていきたいって」
「俺もだよ……優華、これからも」
「「よろしくお願いします」」
互いの手と手が擦れ合って、頬に優しく手を当てる。そこから、優華の温もりを感じた。
「さてと、一通り見終わったし、どっか行こう‼︎」
「いやいや、ここ県外なんだから帰れなくなったらどうするんだよ‼︎ 寄り道は厳禁だぞ」
「大丈夫だよ。二人から、たとえ寄り道したって、迷ったりしたってきっと……大丈夫だから」
「まあ確かに……でも、そうだな‼︎」
そしてそこからまた少し。高三の夏。
「……えっと、ここは?」
「ん〜とね。ざっくり言うと、秘密基地?」
「よくこんなところ見つけたな。けど、こんな場所入っても良いのか? 不法侵入は勘弁したいが」
高校から少し歩いた山の中の、小さな小屋。風情があってとても良いが、その辺考えてるのだろうか。
「大丈夫大丈夫。元々、親戚のお兄ちゃんが使ってた場所で、土地とかはお兄ちゃんが持ってるから。それに、お兄ちゃんに聞いたら勝手に使っていいって」
「それならいいか。じゃんじゃん使おう」
イチャイチャしながら勉強するには、ここが一番良いスポットだった。流石に、受験生なのに勉強もせずにイチャつくわけにはいかない。
そこだけは弁えている。逆に、それ以外は弁えてない。
「そういえば、庄屋は県外の高校だっけ。一人暮らしだなんて……本当、頑張るよね」
「けど今の時代、スマホとかで会話できるから、文明の力様々だな。高校よりは時間減るかもだけど、それでも夜とかに会話して……」
「……いや、やめよう?」
「……え?」
「これからお互い、夢に向かって頑張るんでしょ? それならさ、一旦別れよう?」
「なに、言って……」
「……分かるんだ。私、色々と求めちゃう。そっちは私なんかより忙しいって分かってるのに、足引っ張るくらい庄屋を求めちゃうから、ダメなんだよ。私は」
「けど、俺はそれでも……‼︎」
「違う。違うんだよ……これは、私の問題なの。ここで別れられなかったら、私が私を許せない」
「……そうか。一旦、なんだな?」
「うん。いつか、互いに整理がついてる日を決めて、その日に再会しよう。全部上手くいってるかは分からないけど、この秘密基地で……いつか」
更に時が流れ、卒業式。
「しばらく会えなくなるから、私以外の女に浮気しちゃダメだからね? 約束だよ?」
「分かってる。そっちも、頑張れよ‼︎」
俺達は、それぞれの道を進んだ。大学生活はほぼ勉強に専念していて、彼女のいない日々は辛かった。それでも、いつかいつかと希望を叫んで生き続けた。
確かに、正解だったのかもしれない。俺の方も、手の届く所に優華がいたら、耐えられないほど求めてしまう。
現在。
「どうして……こんな、約束の日になって、やっと、やっとまた会えるって、約束が果たされるって、そう思ってたのに、それじゃ、それじゃあ再会って言わねぇよぉ‼︎」
怨念は、ここ数年問題になっている、死んだ人間が怪物になって無念を果たすまで彷徨い続ける現象である。
つまり、再会前にどこかで彼女は死んでしまった。
そういう、事らしい。
「なんで……なんでだよ。馬鹿野郎ォ‼︎ こんなのなしだろ、かみさまぁ‼︎ どうして俺は、こんなに苦しまなきゃいけないんだよぉ‼︎」
こんなバッドエンドは嫌だよ。けど、死だけはいつだって変わらないのも分かってる。
「どうして……どうして‼︎」
俺はそれを掴んだ。
それを、頭に突きつけた。
怖くはなかった。むしろ、むしろ、これでやっと救われるって感触を味わった。
その引き金を、ひk――。
「やめておけ。まだ死ぬには早い」
「……誰、だ?」
「怨念探偵と、名乗っておこう」
かつて、彼女言っていた探偵を思い出した。そういえば結局、俺は会ったことがなかったな。
「お前は、優華がかつて会った……晴山涼って奴か?」
「正確には、その知人に近い関係だな。同僚だよ。あいつが解決するより、俺が解決するのが適切だからな」
怨念探偵。噂では聞いた事がある。東京の港区に事務所を構えていて、怨念事件に特化した探偵事務所。そしてその探偵の異名が、怨念探偵。
そういえば彼女が昔、その辺も解説してたな。
「どうして、ここに?」
「生前の彼女から、託されていたんだ。そういう依頼として、さっきからお前を覗いていた」
「優華の死因は?」
「病死だよ。かなり重度のがんにかかってたらしい」
「そうですか……だから、あの時彼女は俺をなんとか遠ざけようとした。そういう事だったんだな、優華」
「……お前、知っていただろう?」
「知らなかったですよ。そんな事」
「嘘だな。いや、本当のつもりか。お前は一度約束の日にここに来て待ったが、彼女は来なかった。だからなんとか彼女の家族を探しだして、病死したことを知った。またここで怨念を目の当たりにして、記憶が混乱してるだろ」
「……いや、そんな」
「そもそもそうじゃないと、そんな拳銃用意してこっちに来ないだろ。それは、自殺する為の銃だ」
「……そうだった。そうだったんだ。彼女がいたから生きてこれたのに、彼女が死んだことで、俺がこの世に生きている理由もなくなった」
再び銃を脳天に突きつけるが、彼の手がそれを阻む。
「だからせめて……俺を、死なせてくださいよ‼︎」
「俺は、お前の彼女に託された。自分が死ぬのは避けられないから、彼が私を追うのだけは阻止して欲しいって。そこにいる怨念の無念は、お前を置いていった事だ」
「それは……本当ですか?」
「気になるなら、最後に一度だけ会話をさせてやる。だが、少しの時間だけだ。良いな?」
「分かりました。お願いします」
彼は懐から鍵を取り出し、怨念に突き刺した。
「……まさか、もう一度会えるなんてね」
「俺は、お前を、ずっと……待ってたんだよ。何年も待っててそれなのに、お前は、お前は……‼︎」
「謝っても謝りきれない。庄屋にだけは、死に顔を見て欲しくなかった。それだけで済ませておけば良かったのに、浮気はダメだよとか……呪いで縛りつけて」
「違うんだ。俺は、そんな事を言わせたかったんじゃない。俺は、最低な奴だよ。お前はそんな事望んでないはずなのに、勝手にそっちに逝こうとして」
「互いに、謝っても謝りきれないね」
「……やっぱり、おんなじだ」
「俺はこっから、どうやって生きていけばいいかな」
「あの時の言葉。遠ざけたかったのはそうだけど、夢を叶えて欲しかったのは本当だよ? それだけは、天地がひっくり返っても本心だから……どうだった?」
「夢だった企業に、内定もらったよ」
「お〜‼︎ やったじゃん‼︎ おめでと〜‼︎」
彼女はいつものような笑顔で、俺を祝福してくれた。なんだか懐かしいし、また涙が溢れてくる。
さっきから、もうずっと泣きっぱなしだ。
「……ごめんね、本当。一緒に思い出作っていきたいって言ったのに、もう作れなくなっちゃった」
「……けど、俺の心の中からお前との思い出は消えないよ。お前の存在も、どうやら消える気がしないし、消すつもりもないよ」
「……そうだね。私はいつまでも、貴方の中にいます。だから、幸せに色んな日々を歩んでください。そうすれば、私はずっと幸せだから」
「分かった。だから、ずっと一緒にいてくれ。聞こえなくても、見えなくても、俺はお前と一緒にいるって思ったまま新しい思い出を作っていくから」
「「これからも、よろしくお願いします」」
これは呪いじゃない。呪いだとしても、俺は……俺達は祝福だと祈って生きていく。
いつの間にか、俺は現実の小屋へと戻っていた。
「大丈夫か? ちゃんと話はつけれたか?」
「大丈夫。俺達なら、どんなに寄り道したって、迷ったりしても、きっと大丈夫だから」
小屋から出て、太陽を浴びる。ボロボロに泣いた分、今顔酷いだろうなぁ。けど、少し晴れやかな気分だ。
果てしない後悔を、した事があるだろうか。
俺は、この約束をずっと後悔している。もっと、優華に寄り添ってやりたかった。だけど後悔しても、贖いをしようとしても、どうしようもなく人生は続く。
だから、諦めて前に進もう。忘れられなくても、それも大切な思い出にしてしまえ。
「行くよ。優華」
俺達はまだ、未来へと進めるのだから。
拳銃どっから持ってきたんや。




