第六話 グラージス団長
「失礼しまーす。」
「し、失礼します」
一言おいてルスベリー先輩の後に続く。重厚そうな扉を開けて、中に入ったところは質素な空間だった。てっきり団長の部屋とのことだったから煌びやかな装飾品で覆われていると思っていた。けれども、中には書類が積み重なっている机と夜にも活動できるように卓上ライトが置いてあるばかりだった。
団長らしい体格のいい女性の方がこちらを向いてくる。助けてくれたときは全身に鎧を纏っていてわからなかったけど相当な美人さんだった。柔らかい雰囲気を醸し出して私を見つめる。少し目が合ってにっこりとしてくれてちょっとドキッとするように、それと懐かしいような感覚に陥った。
「ようこそ、私の執務室へ。あまり、歓迎するための設備はないが、少しそちらのソファーに座ってもらってもいい。」
「団長!私も仕事があるのでお早めにお願いしますよ。」
「相も変わらず恐れがないね。まあ、お茶を入れるだけだから大丈夫だ。」
「ならいいんですけど...」
団長は近くの机に置いてあったポットをもって水を中に入れて、何かを入れ、スイッチを押す軽快な音が聞こえた。すると、しばらくもしないうちにお湯が沸く音とともにカップを持ってこちらにやってきた。そのポットは中にノームオイルが入っており、電気を使わずに直接ノームオイルからエネルギーを取ってお湯を沸かすやつかな。けれども、最新式の電気で動くものではないのかと思う。
「これ気になりますか?」
「あ、うん。旧式のものは久しぶりに見たから。」
「それか。私は古いものを集める趣味があるからな驚いたか?」
ニコニコでこちらを見てくる団長は私が驚いていることにすごくうれしそう。自分の趣味が話せるからかな。あれ?私の趣味って何なんだろう。知識は残っているのに前にしていたことがあんまり思い出せない。もしかして、前の私...趣味なかった?
「どうかしましたか?」
悩み事が顔に出ていたのかルスベリー先輩の顔がこちらを覗く。
「まあ、趣味の話はあとでにしてください団長。お話があるんですよね。今しちゃいましょう!」
「そうだな」
団長は一言つぶやいて、手に持っているティーカップを置く。ゆっくりとこちらの眼を見て、胸に手を当てて話し始める。その表情は柔らかく、それでも真剣さが抜けない目だった。
「提案がある。我々救国騎士団はシアハに入団してほしい。」
私を見る眼光は鋭く、それで深い何かを見つめる視線に晒される。緊張して肩が上がる感覚に見舞われて心臓の音が高まる。確かに、帝国にいるときも強制的に部屋に監禁して研究することを強要してきた。ただ、救国騎士団を見るに研究職は少ないのではないのかだからほしいからかな。もしかすると帝国とあまり変わらない可能性がある。
「なぜ、救国騎士団に入ってほしいのでしょうか。助けた人を入団させることが慣習になっているのですか」
「もちろん、助けた人を入団させることはある。しかし、私たちは公国最後の天才シアハに救国騎士団の研究部門に入ってほしい。」
「なぜ、知っているのかと思うかもしれない。それはすべて公国から伝わってきたことだからだ。」
団長のその目には確実に真摯で、本当のことを言っているように見える。だが、記憶が消えている限り判断するために必要なことが欠けている感覚が抜けない。また、帝国のように監禁される生活なのはもうごめんだから。けれども、私が野に放たれたらそれはそれで死ぬことになるに違いないだろう。自由を取るか、縛られてもいいか。博打になるのは現時点では変わらないだろう。それにしても公国最後の天才か。
「すいません。わがままになるのは承知なのですが今すぐには判断しかねます。」
「その判断は正しいだろう。君からしたら私たちは帝国と変わらない得体の知れない組織だろう」
「故に、これから救国騎士団を案内させてくれないか。それをもって判断してほしい。もし、それでも信じられないのならここの住民として保護することを約束しよう。」
ルスベリー先輩は無言で聞いているだけで特に何かを察することはできない。団長の言葉には嘘がないように感じるし、案内がちゃんと判断基準として機能するのならいい提案かもしれない。それに、逃げ道を用意していることから相当自信があると思われる。
「わかりました。その案内受けさせてもらいます。」
「よし、そうと決まれば早めに行こうか。」
「ちょっといいですか~。」
そう言って、立ち上がるのはルスベリー先輩だった。なにか不備があるのかと思ったのだがそれよりも私の心配事だった。
「団長はシアハさんを公国最後の天才って言いましたけど公国はもう存在しませんよね。」
確かにそう、私の記憶では帝国で監禁されているところから始まっているからそれならば”帝国最後の天才”が正しいだろう。けれども、団長は公国最後の天才と称した。もし、それが本当ならば帝国にいる前の記憶は公国にあって、何かしらの功績を残したから天才と呼ばれるようになった。それも、他国にまで伝わるほどに。
「そうだな。公国でノームオイルについての研究で素晴らしい功績を残した。協力関係であった。我々にもすさまじい恩恵を、故に、帝国に狙われた。」
「それで、公国は滅ぼされて天才を誘拐したってことまでは聞いています。ですが、何で手放したのでしょうか。」
「聞く限りの話だが、皇帝が代替わりした時に亜人差別の強化が行われた。その時、城にいるすべての亜人を排除したとのこと。それに、記憶を消したで反乱を防ごうとしたが使い物にならないと判断されたのかもしれない。」
「なるほどですね。それで天使であるシアハさんはあんな奥地に捨てられていたのですか。」
そう言われてみれば矛盾してはいないし、本当のことなのではと思う。それに、頭が変わった国は一変すること、そう容易に考えられる。帝国での扱いが酷いのはおそらく亜人差別の激しい国だったと思われる。けれども、まだ救国騎士団が亜人差別をする組織であるといえてしまう。頭と下は別であることが多いからね。
「シアハさんどうかしましたか。」
「すいません...私は公国にいたとのことなんですけどその時の記憶がないんです。私は何者なのかわからないまま帝国で閉じ込められていたので。」
「それは本当か?」
「はい、なので最後の天才と言われてもピンとこないんです。」
二人とも驚いた表情を隠すことができない。記憶をなくすほどの出来事は珍しい。さらに、非道なのが帝国に記憶を消されているパターンがある。ノームレゾナンスの中には人の記憶に関するものがあり、特殊な装置とともに能力の増幅を行うことで対象の記憶を消すことができる。けれども、たまに致命的な失敗をすることがあって死体同然になることもある。まあ、いずれにせよなにか恐ろしいことが起こらないと記憶は消えないってこと。
「すまない。私たちは言ってはいけないことを話してしまった。」
「大丈夫です。いずれ、誰かが話していると思うので遅かれ早かれ知ることになったと思います。」
「そう言ってくれるとありがたいですね。団長。」
「ああ、そうだな。遅れてすまないが行こうか。案内役を紹介しに行こう。ルスベリーは仕事に戻ってくれ。」
そう言って立ち上がる。ルスベリー先輩は軽く返事をした後にスーッと部屋から出て行った。団長もすぐに立ち上がってこちらをエスコートするように振る舞ってくれた。案内役と言っていたが私の知っている人なのだろうか。




