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【転移前の日常】聖女の資質は、事務席にあった

作者: アオイ
掲載日:2026/01/25

これは、彼女がまだ「聖女」と呼ばれる前、

異世界へ転移するよりも前の、

ごくありふれた日常の一コマである。

某メーカー 〇〇支店 営業二課


営業 成瀬駿太(24)の場合


「申し訳ございません。雪の影響で物流に遅れが出ておりまして、ご連絡差し上げていた納期より、数日ほど遅れる見込みです。……はい。営業にも報告いたします。誠に申し訳ございません」


(堀さん、電話でも謝るとき、必ず頭下げるんだよなぁ。……ああ、かわいい)


斜め向かいの席で電話対応をしている先輩社員、

営業事務の堀ひかり(29)さんを、俺はこっそり観察していた。


天候の影響による配送遅延なんて、正直どうしようもない。

俺たちのせいじゃないし、誰かが責められる話でもない。

それでも堀さんは、取引先に対して終始、丁寧に謝り続けていた。


(あ、電話終わった。……こっち見た)


慌てて視線を逸らす。


「成瀬君。今、M商事の原田様から納期の件でお電話があったんだけど、この時期、××工場から出荷する製品は、もう少し余裕をもってお答えしてね」


(あ、今の俺の取引先か。そういえば、この前納期聞かれたな……)


「すみません。気をつけます。原田さん、大丈夫そうでしたか?」


俺がそう聞くと、


「うん。たぶん大丈夫。でも念のため、あとでフォローの電話をお願いね」


そう言って、堀さんは柔らかく微笑んだ。

それでこの話は終わり、と言わんばかりに袖をまくり、

デスクに積まれた書類を次々と捌き始める。


(……あ、表情変わった。かわいい)


俺はまた、こっそり堀さんを盗み見た。


五歳年上だけど、見た目は俺と同い年くらい。

小柄な体格、少し垂れ目がちな大きな目。

いつも一つにまとめられた、肩下までのさらさらなセミロング。

取引先にも、俺たちにも、分け隔てなく優しいところ。


――全部、好きだ。


強いて言うなら、たまにはスカートも見てみたい。

パンツルックしか見たことがないし、

髪型だって、たまには変えたら絶対に可愛いのに。


……なんてことを考えていたら、

今度は先輩営業の山下さんが、書類を持って堀さんの席にやってきた。


「堀。このB社の見積、いつもより安くなってないか?」


堀さんはすぐに書類を受け取り、該当箇所に目を走らせる。


「はい。来週提出と伺っていたので、来週開始のキャンペーンを反映しています。通常の掛け率に戻しますか?」

「いや、これでいい。ありがとう。次はこれ、頼むわ」


新しい書類を渡し、山下さんは自席に戻っていった。


……あ、また誰か来た。

俺も仕事頼みたいのに。


「堀さん」

「堀」

「堀さん」


取引先からも、営業からも頼られる堀さんは、いつも忙しい。

それでも彼女は、頼まれた仕事をほとんど断らない。

事務員は他にもいるんだから、

もう少し分担すればいいのに、と思う。


……でも。

俺のこの仕事も、堀さんにやってもらいたい。




営業事務 坂下このは(24)の場合


「申し訳ございません。雪の影響で物流に遅れが出ておりまして、ご連絡差し上げていた納期より、数日ほど遅れる見込みです。……はい。営業にも報告いたします。誠に申し訳ございません」


(また謝ってる。

天候のせいなんだから、こっちの責任じゃないでしょ。

対応しないでよ……私までやること増えるじゃん)


隣の席で面倒な電話対応をしている先輩社員、

堀ひかり(29)さんを、私は横目で見た。

雪の影響で遅延が出そうだから、

納期連絡は慎重に――

それ、事前に堀さん自身が事務員全員に共有してたはずなのに。


(自分はやってなかったの?)


「成瀬君。今、M商事の原田様から納期の件でお電話があったんだけど――」


(あ、成瀬の案件か)


「すみません。気をつけます。原田さん、大丈夫そうでしたか?」


向かいの席の同期、成瀬は、申し訳なさそうで、でもどこか嬉しそうな顔をしている。


(……何あの顔。キモ)


堀さんは、そんな成瀬に微笑んで答える。

それを見て、胸の奥がざらっとした。


私より五歳年上の堀さんは、童顔で若く見える。

小柄で、柔らかい雰囲気。

背が高くて、きつめの顔立ちと言われる私とは正反対。


――男受け、抜群。


成瀬だけじゃない。

ベテラン営業の山下さんも、また堀さんのところに来た。


「堀。このB社の見積、いつもより安くなってないか?」


(あ、それ。提出前に、私がチェックしたやつ)


「はい。来週提出と伺っていたので、来週開始のキャンペーンを反映しています」

「いや、これでいい。ありがとう。次はこれ、頼むわ」


(私も同じこと言われて、同じ説明して、返り討ちにあいましたよ)


山下さんの背中を見送りながら、心の中で毒づく。


「堀さん」

「堀」

「堀さん」


指名されるのは、いつも堀さんばかり。

だから、事務員の中で彼女だけが圧倒的に忙しい。

営業担当制にすればいい。

誰が見ても、そう思う。


……でも。

私は、彼女が言い出さない限り、

今のシステムのままでいいと思っている。




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