田舎娘は英雄の国に憧れた。
波の打ち付ける音、日が出ていて気温も高いのに少し冷ややかに感じる風色。白い海鳥のにゃあにゃあという鳴き声が心地良いここは西方国家の小さな港町。
町人の半数は漁師で、見渡す限りそれらしい装いの男達が闊歩する中、たった一人、似つかわしくない大荷物の、挙動不審な少女。
「わ、わ…人がごっつ多い…!ここがトシューなんね…。」
少女はきょろきょろ周りを見ながら、覚束ない足取りで港を歩く。そのあたかも田舎臭い風体の彼女を心配してか、大柄な男――――漁師のベルートは声を掛けた。
「嬢ちゃん旅行者かい?ここいらは初めてって雰囲気だが。」
「あ、え、あッはいな!さっきオイラーおじさ…えと、知り合いに送ってもらいまして…。」
「オイラー?…ああ、隣国の商人か…ってことは嬢ちゃんラザナーサ人かい?大陸語が上手いな。」
ラザナーサは、この国のある巨大な大陸から海を渡って一週間程離れた島国。国で一番大きい都市が、この港町よりも小さいくらいには小さい国だ。
当然、ラザナーサと大陸の言語は違う。しかし彼女は、変ななまりこそあるにすれ、流暢な大陸共通語を話していた。
「オイラーおじさんに教えてもらったんです。そんで、ええと…。」
「ああ、すまんね。儂の名前はベルート。この辺りは治安こそ悪かねえが、ちと心配になってな。節介かもしんねえが、仕事も終わったからな。困りごとがあれば力になったらあよ。」
「本当に!?あんがとございます!」
太陽のように笑う少女に、ベルートもふと笑みが溢れる。
「えとですね、その、私行きたいとこがあって…。」
「応よ、案内できそうなら連れてってやらあ。」
少女はがさごそと大鞄をあさり、くすんだ表紙のノートをめくりにめくって、あるページをがばりと見せた。
「この、オルディナリオって街に行ってみたいんです!」
「………オルディナリオかあ…。」
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少女は、目的地にたどり着けたかと言うと、ベルートの反応を見ればわかる程度には当然と言えるが、まあ、着けなかった。
なぜたどり着けなかったか、簡単な話である。この港町ライセルはトシューの端も端、西方の国の中でも西方である。そして少女の目的地オルディナリオはトシューの最東部。大陸の中心の方角にある大都市である。
トシューの大きさはまあ、少女の故郷が15個は確実に入るような大きさの国である。普通に考えて一介の漁師が気軽に連れていけるような場所ではなかった。
「ううう…そ、そんな遠い場所だなんて。」
定食屋の屋外席でがっくりと肩を落とす少女の肩をばんばんと叩く正装の老人…商人のオイラーは明朗快活にそれを笑い飛ばす。
「だから言ったろう、いくらなんでもオルディナリオには行けんと」
「ううう…オイラーおじさんのいじわる。」
正反対の表情を見せる彼女達の対面に座るベルートは今の今まで聞いていなかったことを尋ねる。
「そういや嬢ちゃん。オルディナリオまでなんの用だい?」
オルディナリオは確かにトシューの重要都市の一つだが、どちらかといえば商業街。さしたる観光名所があるわけでもない。この齢十つにその半分くらいの少女が行商に出るわけでもあるまい。
しかも会話を聞いていれば、おそらく商人オイラーは着いていくわけでもなさそうだ。となれば、本当に何故に。
「…英雄様が。」
「…?」
「オルディナリオは、私の大好きな英雄様が興した都市なんよ。」
「オルディナリオゆかりの英雄ってぇと…ああ、あれかい。」
大陸には、全ての国で読まれるほどにポピュラーな英雄伝説がある。絵本、小説、浪漫画本。吟遊詩人も詠い広めているような、それほどまでに有名なお話だ。
しかしそれは大陸でのこと。大陸の外に一歩でも出てみれば、その伝説はマイナーなものとなる。よもや、それを小国ラザナーサの少女が知っているとは。
「お父さんがね、大陸で人気のお話だよって買うてきてくれたんよ。」
「本なんて、ラザナーサじゃお金持ちしか買えんし、買うても大陸語なんて読めん。」
「そんでも、私はぶっちゃ嬉しゅうてな、オイラーおじさんに読んでもらったり、読み方を教えてもらったりしながらなんどもなんども読み返したんよ。」
「だから私は、英雄様が大好き。」
「…そ、そん程度の理由だから、別に行けんくても…。」
その話を聞いたベルートは口元を右手で覆いぽんぽんと頬で叩き思案する。どうにかしてこの少女を目的地まで連れて行ってやれんかと。
しかしまあ、ベルートにも仕事や家庭がある。自身が連れて行ってやるわけにもいかない。されどオルディナリオまでの道程は、最も安全なルートを馬車で通っても命の保証は一つもない。
せめて、せめて戦える者をつけてやりたいが。
「ああ、なんでえ。あるじゃねえか方法が。」
「…?」
「ベルートさんよ、いったいどうしたのだ」
オイラーの疑問に、ベルートは黄色い歯を見せて答える。
「冒険者だよ。」
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冒険者。この世界にも、当然いる。
魔物を狩り生計を立てるもの、宝物を探し迷宮へ潜るもの、ただ刺激を求めて世界を旅するもの、そう言った連中は、大陸会議が制定した冒険者協会が運営する、ギルドにて身分を登録し、冒険者となる。
そうすれば、さまざまな支援を受けることができるだけでなく、多くの依頼を仲介してもらえる。
この港町にも、そのギルドがあるのだ。
「ここだぜ嬢ちゃん。」
町並みの中に一軒だけ雰囲気の違う木組みの建造物。わずかに潮風で傷んでいるのは港町特有の個性だろう。この国でその建物は珍しくはないが、初めて見た少女は宝石でも宿したかのように目を輝かせる。
きぎいと扉を開き潜り抜けると、古ぼけた屋内に人数は少ないながらも大小さまざまな武器を携えた勇士達で賑わっていた。
「これが、冒険者ギルド…!」
「依頼は儂名義で出せば直ぐに受領されるだろうよ。」
「ははん、この手があったかい」
冒険者へは、クエストという形式で物事を依頼することができる。その窓口こそがギルドだ。
たしかにオルディナリオまでの道は険しい、しかし多少腕のたつ冒険者が一人でもいれば時間こそかかるものの、そう難しい旅ではなくなる。
「ベルートの爺じゃねーか。今日は何、危険海域にでも出るの?」
ベルートを見つけた受付が、遠くから気さくに声を掛ける。
「ジョウ?今日は休みだつって酒場でぎゃいぎゃい騒いでたじゃあねーか。」
「ナリアがベラ熱を患っちまって、代勤だよ。」
「ちくしょうめ!ナリアちゃんを出せー!」
「誰がブ男の顔が見てぇんだ!」
「うるせーッ!」
ベルートと受付の会話に中年であろう冒険者達が割って入り、笑いが巻き起こる。少女にとってはこんな日常的な風景でさえ初めての光景だ。
「…まあ依頼なのは間違いねえんだが、依頼主は儂でなくてそこの嬢ちゃんでな。」
「嬢ちゃん…?おお、かっわいい!」
「かわっ!?ど、どどど…どもです!」
名指された少女はガチガチに固まったまま前に出る。それを見て再びわっと笑いが巻き起こり、少女は頬を赤らめた。
「そんで嬢ちゃん、依頼って?」
「あ、えと、その…。」
「オルディナリオに行きたいそうだ。その護衛の依頼だな。」
「オルディナリオ!随分と長旅だな。報酬は高くつくぞ。」
「…しまった。そいつを考えてなかった。」
頭をガシガシと搔くベルート。依頼を出すには当然、ギルドへの依頼料と冒険者への報酬が必要だ。依頼料は所謂仲介料なのであまり高価ではないが、これほどまでの長旅だと達成報酬の方が高くなる。
「オイラーさん、出せるかい?」
「依頼料なら出してやって良いんだが、私も金持ちってわけじゃあないからね」
大人二人が眉間にしわを寄せている中、少女はおろおろとしたまま手を挙げた。
「あの…[ラザナーサ語]でも良いかね?」
「…なんて?」
「現物でもいいか?だそうだ」
そう言いながら少女が懐から取り出したのは群青色の鉱物。一見普通の宝石だが、覗き込むと夜空のような輝きが見える。見る人が見れば、もしかしたら十二分な依頼料に足るほどの金子になるだろう。
だが、それは専門家が見たときの話。これの価値がわかる人間を探すのには骨が折れるかもしれない。
「こん石…報酬にはできんかね…?」
「なんだ?この宝石。まあ良い値になりそうだが、換金の手間とか考えるとこれじゃあな…」
「そ、そうですか…。」
「俺が受けてやっていい。」
受付に苦い顔をされて、しょんぼりとする少女に、声を掛けたのはライトアーマーを纏った青年。
おそらく前衛職であろう彼は、彼の方を見る少女の顔には目もくれず、彼女が取り出した宝石に視線が吸われていた。
積雪を掻き分けるような芯のある声の青年は、石を指差す。
「その石、まじでくれるんだよな?なら、受けてやっていい。」
まさに渡りに船に違いない。少女は幾度目かにぱあっと顔色を明るくさせる。
「本当にですか!?あんがとござます…!えと、その…!」
「…俺はデフレイ。職業は戦士。」
「デフレイさん!えと、よろしくおねがいしたい、です!」
「ああ、任せろ。元々中央国家まで向かうつもりだったからな。オルディナリオはその道中だし、ちょうどいい。」
うら若き男女が話し合っている中、少し離れたところで爺共は額を突き合わせていた。
「…なあベルートさんよ、デフレイってなァ信用できんのかい」
「んや、まあ冒険者協会に登録してんなら信用はできるだろうよ。」
「…知らんのかい?」
「最近こっちに来たみてェでな。儂もあんまり知らん。」
「…そうか…にしても…デフレイねえ…」
そう呟きながら禿げ上がった頭をぽんぽんと叩くオイラーの元にぴょこぴょこと近づいてくる少女。
「オイラーおじさん!えっとね…!」
「その兄ちゃんと行くことにしたんだろ?気をつけていくんだぞ」
自分の頭を叩いた手で、今度は少女の髪をわしゃわしゃと撫で回すオイラー。
きっと、少女が故郷に戻ってくるのは随分先になるだろう。もしかしたら、大陸に居着くことになるかもしれない。
そんな予感を胸に、オイラーは瞼の裏に少女との思い出を浮かべながら笑みを浮かべた。
翌日早朝。オイラーは一足先にラザナーサへ帰国の途を辿った。そこから数刻後町の門前に大荷物を背負った少女とローブを纏った青年が集まった。
「依頼内容の確認だ。護衛はオルディナリオまで、報酬は―――――あの宝石。相違ないな?」
「はいな!よろしくお願いします、デフレイさん!」
「デフレイでいい。あんたは依頼人だろ。」
出発前の確認をしている2人の元に、ベルートが駆け寄ってきた。
「ベルートさん!」
「いやすまねえ、あんまり見送る時間は無えんだが、こいつを渡しておこうと思ってな。」
ひょいとベルートが投げたのは小さい注連縄のアクセサリー。少女はしっかりとそれを両手でキャッチした。
「そいつァこの町の航海の安全を祈ったお守りだ!持ってってくれや!」
「なんからなんまで…本当にゴリあんがとございました!ベルートさん!」
「挨拶は終わったか?いくぞ。」
「はいなっ。」
2人は旅の第一歩を踏み出す。この先何があるかはわからない。しかし少女の瞳には、きっとこの先起こるであろう素敵な未来しか見えていなかった。
果たして隣を歩く青年の心中には、一体どのような想いがあるのだろうか。
「ああそうだ!そういや嬢ちゃん、最後に名前聞かせてくれよ!」
背が小さくなっていく2人に、目一杯の声を掛けるベルート。少女は日輪のような笑顔で振り返ると、大きく手を振りながら元気に答えた。
「アグネリア!私の名前はアグネリアです!」
その名前を聞いたベルートは、大きく目を見開いた後、髭を撫で笑った。
「…なるほどねえ。こりゃ驚いた。」
「アグネリアといやあ、英雄様の名前の女性名じゃねえか。」
アグネリア……という名前は。少女が好きな英雄伝説――『勇者アグネル伝説』の主人公、アグネルの女性名。
勇者アグネルが女神デフレイアと出会い、旅をし、世界を救う物語である。
「デフレイとアグネリア…か。二人が出会ったのは運命か、それともなア…」
――――この物語は―――――――
『勇者アグネル伝説』とは…似ても似つかない物語だ。
魔王も、勇者も存在しない。謀略も陰謀も存在しない。ただ、田舎娘アグネリアと、戦士デフレイがはるか東方の街へ旅をする。
この広い大地、グランバニア大陸で綴られる物語のほんのひとひらだ。
グランバニアってそういえばド◯クエにあったな…となったのは世界観の設定が尽く完成した後でした。この物語はドラ◯エとは一切関係ありません。
登場人物
アグネリア
年齢:15歳
性別:女性
種族:人間
誕生日:新トリアス暦645年5月15日
出身地:ラザナーサ国レーヴン村
適正属性:風
信仰:なし
所属:無所属
肩書:田舎娘
デフレイ・マーク
年齢:16歳
性別:男性
種族:人間
誕生日:新トリアス暦644年9月21日
出身地:非公開
適正属性:雷
信仰:なし
所属:冒険者協会
肩書:冒険者
ベルート
年齢:54歳
性別:男性
種族:人間
誕生日:新トリアス暦606年1月14日
出身地:トシュー連合国-エルバンポート
適正属性:なし
信仰:天神デフレイア
所属:エルバンポート漁業組合
肩書:なし
オイラー
年齢:64歳
性別:男性
種族:人間
誕生日:新トリアス暦596年2月18日
出身地:ラザナーサ国-グラシア
適正属性:水
信仰:なし
所属:オイラー商会
肩書:オイラー商会主宰
受付…ジョウ・リバーサイド
年齢:22歳
性別:男性
種族:人間
誕生日:新トリアス暦638年11月11日
出身地:トシュー連合国-エルバンポート
適正属性:なし
信仰:天神デフレイア
所属:冒険者協会エルバンポート支部
肩書:冒険者協会エルバンポート支部受付係




