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星願未遂  -ふたりの長いものがたりー  作者: つくね
8. 旅立ちの日

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― 次の世代へ ―


 春の陽だまりが、縁側の畳をやさしく照らしていた。 凜は座布団に腰を下ろし、膝の上には孫娘・琴音が頭を乗せている。

 風が庭の木々を揺らし、遠くで神社の鈴の音がかすかに響いた。


「ねえ、琴音ちゃん。むかしね、おばあちゃんがまだ小さかったころ、川で足をすべらせて、流されちゃったことがあるの」

「ふーん」


「すごくこわくてね、声も出せなかったの。でもね、そのとき小さな手がぎゅって、わたしの手をつかんで、たすけてくれたの」

「だれがたすけてくれたの?」


「それがね、ことねちゃんのおじいちゃんだったの。その手、とっても強い手だったのよ」


「それからね、おばあちゃんとおじいちゃんは、ずーっと一緒にいたの。けんかしたり、泣いたり、笑ったり……でも、いつも隣にいたの」


「だからね、ことねちゃんも、こわいときは誰かの手をぎゅってつかんで、助けてもらえばいいのよ」


 凜がそう言い終えたとき、膝の上の琴音の返事はなかった。

 小さな胸がゆっくりと上下して、すうすうと寝息を立てている。

「あら、寝ちゃったのね」


 凜は微笑みながら、そっと琴音の髪を撫でた。 春の陽だまりが、ふたりをやさしく包み込んでいる。

「おじいちゃんの話、最後まで聞いてほしかったけど。また、次の時にねね。夢の中で続きを見ているかもしれないわね」


 縁側に座り、お茶を飲みながら物思いにふける凜。

(私、この歳になっても考える事があるの。もし、私がもうひとつの手を掴んでいたら、どういう人生だったんでしょうね?

 ずっと平穏な日々を送ったんでしょうから、私はさぞかし楽が出来たんじゃないかしら。ふふっ。 

 でも幸せな人生って、そんな事じゃないわね。

 あなたと一緒だったおかげで、生徒のトラブルや親御さんとの難しい問題とか……いつも私はあなたの横でハラハラさせられたわね。

 あなたの手を掴んだ事で、私は人としてとても成長できたと思うの。あなたの背中をみながら……それが私にとってのとても幸せな人生)


 凜はそっと目を上げる。 縁側の奥、仏壇の前に飾られた勇真の遺影が、やわらかな光に照らされていた。

 そして私を守り続けてくれたペンダント。


「ねえ、勇真。あの子、あなたにそっくりよ。寝顔まで、ほんとにそっくり」


 凜は、そっと微笑んだ。

 その笑顔には、寂しさも、感謝も、そして変わらぬ愛情も、すべてが静かに宿っていた。

 そして……

 

 あなたは、いまでも私の隣にいる。



最終話でいきなり時代が飛んでしまいました。

もう少ししたら、その間を埋めるようなストーリーを考えたいと思っています。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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