― 次の世代へ ―
春の陽だまりが、縁側の畳をやさしく照らしていた。 凜は座布団に腰を下ろし、膝の上には孫娘・琴音が頭を乗せている。
風が庭の木々を揺らし、遠くで神社の鈴の音がかすかに響いた。
「ねえ、琴音ちゃん。むかしね、おばあちゃんがまだ小さかったころ、川で足をすべらせて、流されちゃったことがあるの」
「ふーん」
「すごくこわくてね、声も出せなかったの。でもね、そのとき小さな手がぎゅって、わたしの手をつかんで、たすけてくれたの」
「だれがたすけてくれたの?」
「それがね、ことねちゃんのおじいちゃんだったの。その手、とっても強い手だったのよ」
「それからね、おばあちゃんとおじいちゃんは、ずーっと一緒にいたの。けんかしたり、泣いたり、笑ったり……でも、いつも隣にいたの」
「だからね、ことねちゃんも、こわいときは誰かの手をぎゅってつかんで、助けてもらえばいいのよ」
凜がそう言い終えたとき、膝の上の琴音の返事はなかった。
小さな胸がゆっくりと上下して、すうすうと寝息を立てている。
「あら、寝ちゃったのね」
凜は微笑みながら、そっと琴音の髪を撫でた。 春の陽だまりが、ふたりをやさしく包み込んでいる。
「おじいちゃんの話、最後まで聞いてほしかったけど。また、次の時にねね。夢の中で続きを見ているかもしれないわね」
縁側に座り、お茶を飲みながら物思いにふける凜。
(私、この歳になっても考える事があるの。もし、私がもうひとつの手を掴んでいたら、どういう人生だったんでしょうね?
ずっと平穏な日々を送ったんでしょうから、私はさぞかし楽が出来たんじゃないかしら。ふふっ。
でも幸せな人生って、そんな事じゃないわね。
あなたと一緒だったおかげで、生徒のトラブルや親御さんとの難しい問題とか……いつも私はあなたの横でハラハラさせられたわね。
あなたの手を掴んだ事で、私は人としてとても成長できたと思うの。あなたの背中をみながら……それが私にとってのとても幸せな人生)
凜はそっと目を上げる。 縁側の奥、仏壇の前に飾られた勇真の遺影が、やわらかな光に照らされていた。
そして私を守り続けてくれたペンダント。
「ねえ、勇真。あの子、あなたにそっくりよ。寝顔まで、ほんとにそっくり」
凜は、そっと微笑んだ。
その笑顔には、寂しさも、感謝も、そして変わらぬ愛情も、すべてが静かに宿っていた。
そして……
あなたは、いまでも私の隣にいる。
最終話でいきなり時代が飛んでしまいました。
もう少ししたら、その間を埋めるようなストーリーを考えたいと思っています。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




