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星願未遂  -ふたりの長いものがたりー  作者: つくね
8. 旅立ちの日

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67/70

― 古いアルバム ―


 凜が東京への旅立ちを、明日に控えた夜――


 相原家のリビング。時計の針が静かに進む夜、凜と沙耶は並んでソファに座っていた。テーブルの上には、古びたアルバム。ページをめくるたびに、色褪せた記憶がそっと立ち上がる。


「これ懐かしいね、水族館の時の写真だね。イルカショー、勇真くん、ずっと前のめりで見てた」

「凜は、あの時照れてたのよ。飼育員さんに手を振られて、顔真っ赤にして」

 沙耶の声は、どこか遠くを見つめるように優しかった。


 凜はページをめくる。

「運動会だね。勇真ったら、リレーでバトン落としたのに、最後まで全力で走って」

「そのあと、先生によく頑張ったって言われて、泣きそうになってた。チームに迷惑掛けて複雑だったんだろうね」


 凜は微笑みながら、ページをめくる。

「学芸会だ、星の王子さまのナレーション、緊張して声が震えちゃったけど、最後まで間違えずに読めたの。お父さん、褒めてくれたよね」

「凜の声、ちゃんと落ち着いてたよって言ってたわ。お父さん、凜の姿、瞬きひとつせず見てた」


 沙耶は微笑みながら古い写真を楽しんでいたが、突然目頭を押さえた。

「なんだか、急にね。明日、凜が旅立つって思ったら……」


 凜も、胸の奥がじんわり感じていた。

「私も。お母さんとこうして話すの、しばらくできなくなると思ったら……」

ふたりは、そっと手を取り合った。


 凜は頬につたう涙をぬぐいながら、ページをめくる。


 次のページには――

「……これって」

 凜が指を止めたのは、小学四年の家族旅行。河原でバーベキューを楽しんでいる時の写真。

 川に流された凜に、勇真が手を伸ばしている瞬間を捉えた一枚。ピントは少しボケていて、斜めに傾き、画面の端には透の指が写り込んでいる。

「お母さん、これって……」


 沙耶は静かに頷いた。

 「お父さんがね、偶然ふたりに向かってシャッター切っていた瞬間だったみたいなの。お父さん慌てたのね。

 あとでカメラ屋さんにピンボケですが現像しますか?って聞かれて……」

「『それも大事なものだから、写真にしてください』って言ったみたいなの」

 凜は目を伏せながら、ページをそっと撫でた。


「お父さんはね、この写真をよく見てた……凜を守ろうとした姿……あれが、お父さんにとっての勇真くんだったのよ」

「お母さん、ありがとう」


 涙が頬を伝い、言葉にならない思いが、手のぬくもりに宿る。

「大丈夫よ。凜なら、きっと大丈夫」

「うん、東京でもがんばって来る」

 静かな夜のリビングに、母娘の涙がそっと落ちた。


(お父さん、見ていてね。私は、頑張るよ)


この時代に現像をやっていたかは、ギリギリの世代だと思いますが、

ストーリーの流れから、使いたくなってしまいました。(汗……)


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