― 古いアルバム ―
凜が東京への旅立ちを、明日に控えた夜――
相原家のリビング。時計の針が静かに進む夜、凜と沙耶は並んでソファに座っていた。テーブルの上には、古びたアルバム。ページをめくるたびに、色褪せた記憶がそっと立ち上がる。
「これ懐かしいね、水族館の時の写真だね。イルカショー、勇真くん、ずっと前のめりで見てた」
「凜は、あの時照れてたのよ。飼育員さんに手を振られて、顔真っ赤にして」
沙耶の声は、どこか遠くを見つめるように優しかった。
凜はページをめくる。
「運動会だね。勇真ったら、リレーでバトン落としたのに、最後まで全力で走って」
「そのあと、先生によく頑張ったって言われて、泣きそうになってた。チームに迷惑掛けて複雑だったんだろうね」
凜は微笑みながら、ページをめくる。
「学芸会だ、星の王子さまのナレーション、緊張して声が震えちゃったけど、最後まで間違えずに読めたの。お父さん、褒めてくれたよね」
「凜の声、ちゃんと落ち着いてたよって言ってたわ。お父さん、凜の姿、瞬きひとつせず見てた」
沙耶は微笑みながら古い写真を楽しんでいたが、突然目頭を押さえた。
「なんだか、急にね。明日、凜が旅立つって思ったら……」
凜も、胸の奥がじんわり感じていた。
「私も。お母さんとこうして話すの、しばらくできなくなると思ったら……」
ふたりは、そっと手を取り合った。
凜は頬につたう涙をぬぐいながら、ページをめくる。
次のページには――
「……これって」
凜が指を止めたのは、小学四年の家族旅行。河原でバーベキューを楽しんでいる時の写真。
川に流された凜に、勇真が手を伸ばしている瞬間を捉えた一枚。ピントは少しボケていて、斜めに傾き、画面の端には透の指が写り込んでいる。
「お母さん、これって……」
沙耶は静かに頷いた。
「お父さんがね、偶然ふたりに向かってシャッター切っていた瞬間だったみたいなの。お父さん慌てたのね。
あとでカメラ屋さんにピンボケですが現像しますか?って聞かれて……」
「『それも大事なものだから、写真にしてください』って言ったみたいなの」
凜は目を伏せながら、ページをそっと撫でた。
「お父さんはね、この写真をよく見てた……凜を守ろうとした姿……あれが、お父さんにとっての勇真くんだったのよ」
「お母さん、ありがとう」
涙が頬を伝い、言葉にならない思いが、手のぬくもりに宿る。
「大丈夫よ。凜なら、きっと大丈夫」
「うん、東京でもがんばって来る」
静かな夜のリビングに、母娘の涙がそっと落ちた。
(お父さん、見ていてね。私は、頑張るよ)
この時代に現像をやっていたかは、ギリギリの世代だと思いますが、
ストーリーの流れから、使いたくなってしまいました。(汗……)




