― 星の交換 ―
チャペルには静かにカノンが流れていた。
ふたりの友人と家族が見守っている。
凜は、純白のドレスに身を包み、少し緊張した面持ちで、チャペルの閉じられたきらびやかな扉の向こう、バージンロードの入り口に立っていた。
その隣に立つのは、凜の亡き父・透の親友であり、勇真の父でもある望月優だった。
「透……お前の代わりに、しっかり務めさせてもらうよ」 優の声は、静かで温かかった。
凜は小さく頷き、扉が開きゆっくりと歩き出す。
ステンドグラスから差し込む光が、ふたりの足元を柔らかく照らしていた。
祭壇の前で待つ勇真は、凜の姿を見て、思わず息を呑んだ。
(綺麗だな。こんなに綺麗な凜、初めて見た)
凜が一歩ずつ近づくたび、勇真の胸の奥に、小学生の頃の記憶がよみがえる。
凜がバージンロードの中ほどまで進むと、優はそっと凜の手を勇真に託した。
「頼んだぞ、勇真」
「はい。凜の事しっかり守ります」
司会者がマイクを持ち、ゆっくりと語り始めた。
――式は指輪の交換へと進む――
「それではおふたりに、指輪に代わる、ある物の交換のセレモニーを行って頂きます」
会場の友人や家族がざわめく中、凜は勇真にそっと目を向けた。
勇真は頷き、ポケットから小さな銀のペンダントを取り出す。
「はじめに、新郎勇真さんから新婦凜さんへ、星のペンダントをお贈りいただきましょう」
勇真は凜の手を取り、ペンダントをそっと手渡した。
凜は目を潤ませながら、手に取ったペンダントを胸元にそっと当てた。
「続いて、新婦凜さんから新郎勇真さんへ、同じく星のペンダントをお贈りいただきましょう」
凜は、胸元へ下げていた自分のペンダントを外し、勇真の手にそっと乗せた。
ふたりの手の中で、星のペンダントが静かに輝いた。
「続きまして、これから一生を共にしていただく、新婦凜さんのベールをお上げいただき、永久の愛を込めて、誓いのキスを交わしていただきましょう」
勇真は、凜のベールにそっと手を伸ばす。
ベールが上がり、凜の瞳がまっすぐに勇真を見つめる。
そして、ふたりはゆっくりと唇を重ねた。
拍手が静かに広がる中、司会者が語り始めた。
「ではここで、先ほど交わした星のペンダントについて、皆さまにご披露していただきましょう」
ふたりは、ペンダントを手に取り、そっと掲げた。
「このペンダントには、ふたりの大切な大切な想い出がつまったものだと聞いております。私から少しだけ紹介させていただきます」
「小学生の頃、川で流されそうになった凜さんを、勇真さんが自分の命を顧みず助けました。その時のお礼として、凜さんが贈ったのがこのペンダントです」
「それから年月を経て、ふたりはそれぞれの心にこのペンダントを抱きながら、成長してきました」
「今日、初めてそのペンダントが交換されたことは、ふたりの心がひとつになった証です」
「これまでは凜さんの心に寄り添ってきたペンダントと、勇真さんの心に寄り添ってきたペンダントが、初めて交換された儀式でした」
会場には、静かな感動が広がっていた。
「ここで、もうひとつ。新郎新婦のおふたりに向けて、心温まるメッセージをご紹介させていただきます」
会場がざわめく。
司会者は、手元の便箋をそっと広げた。
「この手紙は、新郎勇真さんの妹様であり、新婦凜さんを実のお姉さんのように慕っている、さくらさんからの物です。ご本人の希望により、私が代読させていただきます」
凜は驚いたように目を見開き、勇真は思わず笑みをこぼした。
司会者が、ゆっくりと読み始める。
「お兄ちゃんへ そして、凜ちゃんへ
みなさんは、二人の結婚はまだ早すぎると考えている方が多いかと思いますが、わたしはふたりが結婚するって聞いたとき、正直やっとかって思いました。なぜなら、昔からずっと、ふたりはいつも隣にいたのです。
凜ちゃんが小学生のとき、よく家に遊びに来てくれて、わたしの膝に絆創膏を貼ってくれたこと、覚えてますか? お兄ちゃんが転んだときも、凜ちゃんがすぐに手当してくれてました。わたしはその姿を見て、このふたり、絶対くっつくなって思ってたんだよ。
でも、ふたりは遠回りして、いろんなことがあって、泣いたり笑ったりして、やっと今日ここにいる。それって、すごく素敵なことだと思いました。
お兄ちゃんは、昔からちょっと恋愛に鈍くて、でも優しくて、凜ちゃんのことをずっと大事にしてました。凜ちゃんも、ずっとお兄ちゃんのことを見守ってました。わたしは、そのふたりの姿をずっと見てきたから、今日のこの式が本当にうれしいです。
これからも、ケンカしても、すれ違っても、ちゃんと隣にいるふたりでいてください。
お兄ちゃん、凜ちゃん、結婚おめでとう。
――二人の事が大好きなさくらより」
読み終えた司会者がそっと便箋を閉じると、会場の人たちの心に、じんわり響いていった。
凜は涙をこぼしながら、さくらに向かって微笑んだ。
さくらも涙をうかべながら照れくさそうに肩をすくめていた。
勇真は、妹の成長とその言葉に胸が熱くなり、そっと凜の手を握った。
チャペルのステンドグラスから差し込む光が、ふたりと家族の絆をそっと照らしていた。
そして、ふたりは手を取り合い、チャペルの扉へと歩き出す。
ふたりの人生の出航となる、大切な日であった。
チャペルの入り口には、さくらが準備したステンドグラスがひっそりと温かく光を放っていた。




