― 温かなステンドグラス ―
【相原家・自宅の一室】
(凜が結婚する。そして東京に行こうとしている)
沙耶は、窓の外の桜を見ながら、しばらく物思いにふけていた。
「そう、あの子が遠くへ行くのね」
その夜、沙耶は自室の棚から古いステンドグラスの道具を取り出した。かつて趣味で作っていた作品たち。動物のモチーフ、花の模様、そして凜が小学生の頃に「きれい」と言ってくれた青いガラスのペンダント。
「もう一度、始めてみようかしら。誰かと一緒に、自分自身も成長する時間を」
数日後、近所の掲示板に「ステンドグラス教室はじめます」の手書きのポップが貼られた。
初回の教室の日、沙耶は少し緊張していた。玄関のチャイムが鳴ると、そこにはさくらが立っていた。
「わたしもやってみたい!凜ちゃんが東京行っちゃうと、さみしいしおばちゃんとも一緒にいたい」
沙耶は驚いたように目を見開いたが、すぐに優しく微笑んだ。
「もちろんよ。さくらちゃんが最初の生徒ね」
「うん、楽しみにしてたんだ」その声を聞きながら凜が顔をのぞかせた。
「あれ?さくらちゃんに先を越されちゃった」
凜も勉強の合間に、教室に参加することにしていた。
「さくらちゃんがここに来てくれるのは、私にとっても凄く嬉しいことなんだよ。本当にありがとう」
その日から、教室には少しずつ近所の女性たちが集まり始めた。幸代さん、美智子さん、恵子さん。みんな凜の成長を見守ってきた人たち。
「凜ちゃん、東京行くんだって?寂しくなるわねぇ」
「でも、さくらちゃんがいるなら、教室もにぎやかになるわ」
さくらは星型のガラスを手に取り、「最初の作品を凜ちゃんにあげるんだ。東京でも、私のこと忘れないようにって」と笑った。
「ありがとう、さくらちゃん。東京に持っていくね。きっと、それを見て思い出すから。みんなのことも、教室のことも」
(おかあさん、ありがとう、私を心配させないようにと、頑張って教室を開いてくれたのね。さくらちゃんもありがとう。おかあさんを寂しがらせないように考えてくれたのね)
沙耶はその様子を見ながら、静かに思った。
(この教室は、凜が帰ってくる場所になるのね)
ステンドグラスの光が、窓辺に虹色の模様を描いていた。




