― あま~い ―
【大学5年・医学部キャンパス/夕方のラウンジ】
病棟実習を終えた凜が、ラウンジに入ると、同じ班の男子学生が資料を手に近づいてきた。
「あ、相原さん。今日のケースのまとめ、すごく分かりやすかったよ。ありがとう」
「ううん、共有って言われてたし、みんなの役に立てたならよかった」
男子学生は一瞬、言い淀んだあと、少し勇気を出したように言った。
「もしよかったら、今度ご飯でも……その……班のみんなでもいいし」
凜は一瞬だけ微笑み、すぐに事務的な口調で返した。
「ありがとう。でも、今は課題が立て込んでるから」
「あ、うん了解。じゃ、また」
男子学生は少し肩を落としながら去っていった。
その様子を見ていた美羽が、ソファに座る凜にカフェラテを差し出しながら、ニヤリと笑った。
「はい、凜。糖分補給、っていうか、今の見た?あの男子、完全に食事に誘おうとしてたよね」
「え?そうだったのかな、班の話だと思ってたけど」
「いやいや、あれは班って言い訳にした個人戦だったよ。凜ってさ、なんかバリヤシールド出てるよね。近寄りがたいっていうか、オーラがあるっていうか。男子、絶対緊張すると思うもん。凜に話しかけるの」
凜は苦笑しながら、紙コップのふちに指を添えた。
「そんなことないよ。勇真は、全然そんなの気にしてないし」
「そりゃそうでしょ。彼氏だもん。てか、勇真くんだって、凜がモテすぎて心配してるんじゃない?」
凜はふっと笑った。
「『俺にはもったいない』って、よく言ってる。でも、そんなことないのにね」
「いやいや、川で助けてくれた話とか聞いたら、誰だって運命の人って思うよ。あれはもう、映画のヒロインだよ」
「彼が凜の心の真ん中にあるんだろうね。今でも、ずっとブレる事なく」
美羽は凜の横顔を見て、少しだけ目を細めた。
「そりゃ、バリヤシールドも出るわけだ。そんな人が隣にいたら、他の男子なんて入り込めないよ」
「ふふでも、シールドの中は、けっこう甘々だよ?」
「うわ、聞きたくなかった!でもちょっと聞きたい!」
ふたりの笑い声が、夕暮れのラウンジにふわりと広がった。




