― 優しい医師 ―
【大学5年・医学部キャンパス/夕方のラウンジ】
凜は白衣の袖をまくりながら、ラウンジのソファに腰を下ろした。病棟に出て臨床実習。指導医の先生に付いて、担当患者さんが何人か割り振られ、その担当する患者さんが罹患している病気についての勉強中。
実習帰りの疲れがじわじわと足に残っている。そこへ、同じ班の友人・藤井美羽が缶コーヒーを差し出してきた。
「おつかれ、凜。今日の回診、めっちゃ緊張してたでしょ?」
「うん。先生に質問されると、頭真っ白になるの、どうにかしたい」
「でもさ、凜ってさ、患者さんの前だとすごく優しい顔になるよね。あれ、ちょっと感動した」
「そうかな。自分じゃ、全然わかんない」
凜は缶のプルタブを開けながら、ふと窓の外に視線を向けた。夕焼けが、病院の屋上を橙色に染めている。
「ねえ、凜ってさ、昔から医者になりたかったの?」
「うん。小学生の頃にね、怪我した幼馴染に絆創膏を貼ってあげたことがあってそれがきっかけ」
「へえ、なんか凜らしい。優しいね」
美羽は少し間を置いてから、凜の首元に目を向けた。
「それ、いつもつけてるよね。星のペンダント。彼氏から?」
凜は一瞬、言葉に詰まった。
「ううん。幼馴染から。小学生の時に、川で溺れた私を助けてくれたの。その時のお礼に渡したのが、これ」
「えっ、それめっちゃドラマじゃん。ていうか、助けてくれたって命がけじゃん」
「うん。彼も流されて、結局助けてくれたのは父だったんだけど、でも最初に手を伸ばしてくれたのは彼だった。小さな手だったけどね」
凜はペンダントに指を添えながら、微笑んだ。
「それからずっと、彼のことが気になってた。でもいろいろあって、遠回りして、やっと今……」
「え、え、え? 今って、付き合ってるの?」
「うん。最近、やっとね、ずっと隣にいたのに、言えなかったことが多すぎて」
美羽は目を丸くして、凜の肩を軽く叩いた。
「なにそれ、青春すぎる! ていうか、凜ってそういう話、全然しないからびっくりした!」
「話すの、ちょっと恥ずかしかったんだ。」
「でも、今は違うんでしょ? ちゃんと隣にいてくれるんでしょ?」
凜は、ゆっくりと頷いた。
「うん」
美羽は缶コーヒーを掲げて、にっこり笑った。
「じゃあ、凜の恋に乾杯。研修病院は、東京行くんだっけ?」
「うん。彼は地元に残るけど、離れてもきっと大丈夫だと思う」
「そっか。じゃあ、遠距離でも、それがあれば隣にいるってことだね」
「うん。ずっと、隣にいたから。これからも、きっと」




