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星願未遂  -ふたりの長いものがたりー  作者: つくね
7. はじまり

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― 第一歩 ―

【春の朝/高校・正門前】


 桜の花びらが、風に乗って舞っていた。校門の前に立つ望月勇真は、ネクタイを少し緩めて深呼吸をした。

(教育実習の時は、ペンダントを見られて大変な思いをしたから、今日はしっかりとシャツの下に潜ませておこう)


 玄関では、高校二年生になったさくらが制服姿で待っていた。

「お兄ちゃん、初日なんだから遅刻しないでよね。先生が遅刻とか、ダサすぎるから」

「分かってるって」

「よし、行くか」

 スーツ姿の自分に、まだ少し違和感がある。




 昇降口をくぐると、すれ違う生徒たちが、ちらちらと視線を向けてくる。

「え、あの人、新しい先生?」  「なんか若くない?てか、イケメンじゃない?」

 そんな声が聞こえてきて、勇真は苦笑した。


 職員室に入ると、教頭が立ち上がって迎えてくれた。

「望月先生ですね。今日からよろしくお願いします。まずは朝礼でご挨拶を」

「はい、よろしくお願いします。一年生の数学を担当します。」

 その声は、緊張で少しかすれていた。


 職員室の空気は、どこか張り詰めていて、学生時代とはまるで違う。先輩教師たちの視線が、少しだけ厳しくも温かい。

「若い先生が来ると、空気が変わるね」

「テニス部出身なんだって? 顧問、お願いしようかな」

 そんな声が聞こえてくる。




【体育館/始業式】


 壇上に立つと、目の前には整列した生徒たちの海。その中に、見慣れた後ろ姿があった。

 さくらだ。

 勇真は、妹の姿を見つけて、少しだけ口元が緩んだ。


「えー、本日より本校に赴任いたしました、望月勇真です。数学を担当します。まだまだ未熟者ですが、皆さんと一緒に学び、成長していけたらと思っています。よろしくお願いします」




【教師になって数週間後】


「望月先生、進路指導の資料、今週中にまとめてくださいね」 「はいっ、えっと、今週中ですね。分かりました!」


 机の上には、未処理の書類が山積み。授業準備、部活の顧問、初任者研修、校内外研修、保護者対応、――すべてが初めてで、すべてが手探り。

 けれど、勇真は弱音を吐かない。吐けない。

(透監督なら、こんな時どうしてただろう)




【職員室/夕方】


「望月先生、来週の数学科会議、出席お願いします」 「はいっ、えっと、資料はどこに?」

 机の上には、授業準備のプリント、部活の予定表、進路相談のメモ――どれも“先生”としての責任が詰まっていた。


 ふと、隣の席の先輩教師が声をかける。

「望月先生、授業、評判いいですよ。生徒が数学ってちょっと面白いかもって言ってました」

「ほんとですか? それ、めっちゃ嬉しいです」




【放課後/テニスコート】


「望月先生、今日の練習メニュー、どうしますか?」 「うーん、じゃあ、まずは基礎から。フットワークとボレーの反復でいこう」


 顧問としての顔。かつて自分が補欠だった頃、翔太がエースとして走っていたコート。今は、自分が指導する立場になった。

 夕焼けの中、ボールを拾いながら、生徒たちの声が響く。


「先生、サーブのフォーム、見てください!」 「おう、いいぞ! そのまま、ラケットを振り抜いて!手首のプロミネーションでポールの回転量が変わってくるぞ!」

 汗をかきながら、勇真は走る。教室でも、コートでも、職員室でも。


 多忙を極める日々――けれど、どこか満たされていた。



 

【夜/望月家のリビング】


「さくら、今日の授業どうだった?」 「え、なんで?わたしの学年じゃないのに」

「いや、気になっただけ。2年生って、進路とかで悩む時期だろ?」

「うん。あたしも、ちょっと考えてる。将来のこととか」


 勇真は、妹の横顔を見つめながら、教師としての責任と、兄としての想いが重なっていくのを感じていた。



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