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星願未遂  -ふたりの長いものがたりー  作者: つくね
1. あの日、夏の川

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5/70

― 小さな失敗 ―

【小学6年の回想 放課後の教室】


 放課後の教室は静かで、窓から差し込む夕陽が長く机の上を照らしていた。外からは時おり、校庭で遊ぶ子供たちの声が聞こえていた。


 凜は自分の席に座り、机の上にはノートが置かれていた。カバーには星のステッカーが貼られている。読書が好きな彼女は、その日読んだ本の感想や心に残った言葉を、誰にも見せずに書き留めていた。

 

「ねぇ聞いて、龍二が教室のガラスを割っちゃったんだけど、俺のせいにしてきたんだよ。俺が押したから悪いんだって。超ムカついた」

 背後から聞き慣れた声。振り向くと、勇真の姿。

「……」読書の集中を妨げられた凜は、少し不機嫌。


「それ、何のノート?」

「なんでもないよ。もう帰れば?」凜は答える。


 そっけない凜の態度に、少し気分を悪くした勇真――

「ふーん、これ? 読書ノート?」

勇真は興味本位で手に取りぺらぺらとめくった。


「やめて!」

 ノートの中には、物語の感想と一緒に、凜自身の心情も書き留められていた。主人公の王子様を勇真に例えた、凜が頭の中で描いた表現も書き加えられていた。

 勇真はノートを閉じようとした。けれど――


「返して!やめてって言ったじゃない!」


 低く、小さな声。見れば、凜が俯いたまま、唇をきつく結んでいた。

「ご、ごめん、そんなつもりじゃ」

「見ないでって言ったのに」

 ノートを差し出す勇真を、凜はじっと見つめてから受け取らず、小さく息を吐いた。


「勇真のばか」その一言が、重く勇真の胸に刺さった。


 その夜、勇真はなかなか眠れなかった。枕元の電気を消して、目を閉じても、さっき見た凜の読書ノートの文字がまぶたの裏に浮かぶ。


 天井を見つめながら、深く息を吐いた。

 (おれ、最低かもしんない。あの時パラっとのぞいたページには、りんの気持ちが書いてあった。まるでりんの心の中をのぞいてしまった気分)


 (りんはおれのこと、キライになったんだろうな)


 勇真は呟いて、もう一度目を閉じた。いつもなら思い出す凜の笑顔が、今日はなぜか少し遠かった。眠れない夜が、ただ静かに流れていった。


 この日のささいな出来事、そしてこれから思春期を迎えるふたり。

 次第に二人の距離は遠のいていった。




【中学2年時代の回想】


 放課後の図書室は、静かだった。カーテン越しに差し込む西日が、ページの上に淡い影を落としている。

 凜は窓際の席に座り、薄い文庫本を開いていた。

 ふと背後の棚から、椅子を引く小さな音がした。


 そっと目を向けると、そこには勇真の姿があった。彼は凜から少し離れた席に座り、無言で何かの資料を読み始めていた。

 (どうして、同じ空間にいるだけで、落ち着かないんだろう)

 昔なら当たり前だった。休み時間に隣の席に来て話しかけてきたり、一緒に宿題をしたり、笑いあったり。


 (勇真、いつからあんなに背、伸びたんだろ)

 (声も、なんか低くなったし)


 ふと目が合いそうになって、凜はあわてて視線をそらした。

 本のページをめくる指が、ぎこちなかった。

 勇真が図書室に来た理由は、ただの調べものかもしれない。

 でも、ほんの少しだけ、話し掛けてもらいたいと期待してしまう自分がいる。

 (中学生になってから、二人の距離はあっという間に広がってしまった。この距離が、少しでも縮まったらいいのに)

 そんな想いを抱えながら、凜にはそれを口にする勇気は、まだ持てなかった。


 外では、誰かがグラウンドでボールを蹴る音がしていた。図書室の静寂に、その音だけが遠く響いていた。




  京都の石畳を歩きながら男子数人でふざけ合っている、中学2年の修学旅行。

 その時、風にあおられて友達の帽子が飛んでいった。勇真は反射的に走り出し、狭い石垣の隙間に入りこんだ帽子を取ろうとして、手を擦りむいた。

 

「イテー、あーもう、最悪」

 旅館に戻ってから、手の甲の血を洗い流しながらふと目を上げると、廊下の先に凜がいた。

 女子のグループと一緒にいたが、勇真の手を見て、すぐに目を逸らした。まるで見なかったふりをするように。

 (昔の凜なら、きっとすぐに走ってきて、「大丈夫?」って言ってくれたのに)


 凜の読書ノートを奪ったときの凜の目、本気で怒ってた。

 (あの時ひどいことしたからな)

 小学校の頃と変わらないようで、どこか変わり始めた距離感。凜の笑顔は昔と同じ。でも、凜が他の男子と自然に話している姿に、勇真は妙なそわそわを感じていた。


 それは思春期のせいなのか、好きという感情なのかは、分からないまま。


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