― 引き合う力 ―
夜の公園、人気のない芝生のベンチ。街灯の光が柔らかくふたりを照らす。遠くからは電車の音と虫の声。夏が終わりかけた夜の空気が、ほんの少し冷たい。
「ねえ、大学入った頃、駅ビルですれ違った事があるんだけど、凜は覚えてる? ていうか気付いてた?ふたりはそれぞれに付き合っていた人が居たんだよ」
「うん。あのとき、私、あそこで勇真を見たんだよ。信じられなかった。こんなにたくさん人がいるのに、どうしてこんなに簡単に見つけちゃうんだろうって」
「こっちもそうだった。最初はただ人の流れを見てただけなのに、急に世界が静かになった気がして、目を向けたら、そこにいた」
「高校卒業してから、一度も会ってなかったよね。会わないようにしてたつもりなのに、ああいう形でまた出会っちゃうんだなって」
「なぜか、体が動かなかった。声をかける間柄でもないかなと思って。久しぶりに見る凜は、少し大人びてて、でも目はあの頃と同じで。なんだか、すごく遠くに感じた」
「私も。見つけた時、すごく嬉しかったのに、次の瞬間には頭が真っ白になった。どうしてるのか聞きたかったし、話しかけたかった。でも何も言えなかった」
「すれ違うだけで、心臓が高鳴った。あんなに人がいるのに、あの空間だけ世界から切り離されたみたいだった。凜の横を通り過ぎた瞬間、息が詰まった」
「私、すれ違ったあと、振り返ったんだ。でも、もう勇真の姿が見えなかった。きっと、探すのが怖かったんだと思う。目が合ったら、何も言えなくなってしまいそうで……」
「俺も、振り返ったよ。でも、目が合わなかった。合わなかったんじゃなくて、きっと、合わせなかった。まだ気持ちの整理がついてなかったから」
「こんなに会いたかったのに、あんなに近くにいたのに、どうして声をかけなかったんだろうね」
「後悔した。あの日、ずっと頭の中に残ってた。帰りの電車、凜の背中ばかり思い出してた。遠ざかっていくのが、どうしようもなく悲しかった」
「私も。声をかける勇気が出なかった自分が、情けなかった。会いたかったのに、話したかったのに、ただ見送って終わった」
「でもあのすれ違いがなかったら、今日こうしてここに一緒にいることも、なかったかもしれないね」
「そうだね。あのとき言えなかったこと、今ならちゃんと伝えられるから」
「じゃあ、言ってみてよ。あの日、もし声をかけてたら、どんな言葉をかけてくれてた?」
「『久しぶり』そして、『元気だった?』って。ほんとは、それだけでもよかった。ただ、君の声が聞きたかった」
「そっか。私はきっと、『会いたかった』って言ってたと思う。ずっと言えなかったから」
沈黙。けれど、それは気まずさじゃなく、互いの言葉が染みわたるための時間。
風が少し強くなって、どこからか金木犀の香りがふわりと届く。
「ねぇ、またどこかですれ違ったとしても今度はちゃんと、立ち止まれるかな」
「もう、すれ違う事なんかないよ」
ベンチの上、指先がそっと重なった。
そして、もう一度目が合ったその瞬間――
以前の秋に止まったままの時間が、やっと動き出した。




