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星願未遂  -ふたりの長いものがたりー  作者: つくね
1. あの日、夏の川

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4/70

― 味方 ―

【凜 小学4年時代の回想】


 まだランドセルを背負っていた頃のこと。


「おーい、地味子〜! なに読んでんの、またヘンな本〜?」


 放課後の教室。


 ランドセルを背負った男子たちが、凜の机のまわりに集まり、ひやかすような声を上げた。

 凜は小さく肩をすくめ、持っていた図書をそっと閉じる。

「読んでただけ、だから……」


「お前さ、ちょっと変だよな。いつもひとりで、本ばっか読んでさ」

「気持ちわる〜」

 ひとりが本を奪おうと手を伸ばした瞬間だった。


 「やめろよ!」

 勇真の声とともに、バン、と机が揺れた。


「な、なに? なんだよ、お前」

「何してんだよ。そんなの、いじめだろ!」

「はあ? ただのジョーダンだし」

「ジョーダンでも、やめろって言ってんだ!」


 勢いのまま、勇真は男子のひとりに肩からぶつかっていった。

「うわっ、なんだよ!」

「やめろよっ!」

 3人を相手にしての、もみ合いの中、ひとりの勇真は力及ばず突き飛ばされた。

 ドンッ!

 鈍い音がして、勇真の後頭部が机の角に当たった。


「いてっ!」

 勇真の体が、床に崩れる。

「いっ、いってぇ」

 凜は凍りついたようにその場に立ち尽くした。


 すぐに担任の先生が駆けつけ、騒ぎはおさまったが、その日、勇真は保健室で手当てを受け、翌日には十円ハゲができていた。


 

【翌日の昼休み】


 勇真が教室の窓際で校庭を見ていると、凜がそっとやってきた。

「あの、昨日はありがとう」

「え? あー、全然いいって。あいつらウザかったし、りんに向かって3人でやって来るなんてひきょうだし。でも俺ひとりじゃ何ともならなかったわ」

「それでも、わたしを助けてくれた。それにケガまで」

「平気平気。ちょっと血が出ただけだけら」


「でも、すごく痛そう」

 凜の声は、小さく震えていた。その手には、絆創膏が数枚。

「これ、使ってもらえるかわからないけど」

 勇真は、きょとんとした顔で受け取る。

「サンキュ。りんってさ、けっこう優しいよな」

「そんなこと、ないし」

 俯いた凜の耳が赤くなっているのを見て、勇真はくすっと笑った。


 その日の帰り道、風に吹かれながら勇真は思った。

 (おれ、別に強くなんかないけど、りんが困ってたら、知らないうちに身体が動き始めている。おとなしくて、か弱いりんだから、おれが守らなきゃ)

 そのときはまだ、擦りむき傷を手当てしてくれる優しい凜を助ける、使命感で行動していた勇真だったが、それが好きという気持ちのはじまりだとは気づかなかった。

 この時期、凜は勇真を弟のように大切に思い、やんちゃな彼の世話を焼くことが多かった。勇真は、ただ無邪気に毎日を楽しんでいたこの頃だった。


 ただ、凜の中では勇真が自分にとって大きな存在になりつつあった。

(あの時、男の子たちに囲まれて、私は怖くてどうしたらいいのか分からなかった。

 でもまた、勇真が助けてくれた。あの時、ちゃんとお礼の言葉を言えばよかった。

 わたしにはこの人しかいない……)




【凜 小学5年 望月家のキッチン】


「凜ちゃん、玉ねぎ、お願いできる?」

「はーい!」


 包丁を握る小さな手が、少しぎこちなく玉ねぎに添えられる。 

 今夜は地元の七夕まつり。望月家へ相原家が呼ばれ、一緒に夕食を楽しむ日だった。

 一人早く望月家に来ていた凜は、勇真の母・陽子と一緒に夕食のお手伝い。


「指、切らないようにね。猫の手、猫の手~」

「ねこの手ね」


 言われた通りに指を丸めて、慎重に包丁を下ろす。

「凜ちゃん、もう上手になったね。最初のころなんて、玉ねぎ剥くのにも泣きそうだったのに」

「最初は、本当に泣いたかも、目がいたくて」

 そう言って小さく笑った凜に、陽子はふふっと肩を揺らす。


「でも泣き顔も可愛いのよ。おばさん、凜ちゃんみたいなお嫁さんが来てくれたら嬉しいなあ~」

「えっ」

 急にそんなことを言われて、凜は手を止めて真っ赤になる。


「な、なんでそんな」

「だって、ちゃんとしてるし、優しいし。さくらも懐いてるしね」

「さくらちゃんは、みんなになついてまーす」

「でも特別なついてるのよ。凜ちゃんだけには、声のトーンが違うもの」

 

 その時、リビングの方から勇真の騒がしい声が聞こえてきた。

「なにやってるんだ、ジャイアンツ」

「大事な3連戦なのに、」

「おいっ、さくら、勝手にチャンネル変えるな、今いいとこなんだから」

 台所に響く騒がしい声に、陽子がくすっと笑う。


「凜ちゃん、本当は静かな方が好きでしょ? 本とか読んでる方が落ち着くんじゃない?」

「でも、ここだと、なんか落ち着くんです。ここが好きなんです」


 一緒に立つ台所は、どこか特別な場所だった。ただのよその家ではなくて、安心できる場所になっていた。そして勇真と同じ空間に居られることが、この上ない歓びだった。


 それは、凜が少しずつ、勇真家にも溶け込んでいった証だった。


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