― 決定的失敗 ―
夕暮れのファーストフード店。外の柔らかな橙色の光が、テーブルの上に影を落としている。
凜と勇真は向かい合って座り、静かな時間が流れていた。
勇真は何度か言葉を飲み込みながら、やっと口を開いた。
「なあ凜、小学校のときのこと、ずっと気になってたんだ」
凜は静かに頷き、勇真の言葉を待つ。
「俺、あの時絶対凜に嫌われたって思ってた。読書ノートを勝手に見て、凜の大事な気持ちを傷つけたんじゃないかって」
「凜に『見ないでって言ったでしょ!』って言われたの、トラウマになってる」
勇真は目を伏せ、続ける。
「それで、あの日からどう接していいかわからなくて、凜に嫌われるのが怖くて、でも、ちゃんと謝れなくて」
「正直言うと、あの出来事がきっかけで、凜との距離はもう戻れないくらい遠くなったって俺は思ってたんだ」
勇真はそう言って少し苦笑した。
最近は凜から勇真に気持ちの確認をすることばかりだったが、この日は勇真にとって、ふたりが距離を置く決定的なあの時についての問いかけだった。
凜は沈黙のあと、声を震わせて言った。
「たった……たったそんなことで……私から離れていったの?私はずっと好きだったのに」
少し涙ぐみながら、凜は続けた。
「あなたが勝手に離れていったから、私だって近づけなかったじゃない。私だって、勇真に嫌われたと思ってずっと近づくのが怖かったんだよ」
その言葉には、今まで抑えてきた寂しさと痛みが込められていた。
「勇真が離れていくのをすごく感じた。でも私はずっと勇真のことが好きで、近くに居たかったんだよ」
「勇真がケガしてた時だって、前みたいに絆創膏を貼ってあげたかったんだよ」
凜の瞳には涙があふれ、言葉に強さが宿っていた。
勇真はハッとして、目を見開いた。
「ごめん、俺が勝手に嫌われたと思って、凜の気持ちを見落としてた。ずっとそばにいてほしかったのに」
勇真は静かに凜の手を握り、強くうなずいた。
凜も涙をぬぐいながら、ほっとした笑みを浮かべた。
窓の外の夕陽が二人を包み込み、過去のすれ違いをゆっくりと溶かしていくようだった。
結局、どちらからともなく沈黙になって、数分が過ぎた。公園を歩いて、コンビニでお茶を買って、それぞれベンチの端に座って、ぽつりぽつりと他愛のない話を交わしながら、空気はようやく少しずつほぐれ始めていた。
ふと、勇真がポケットからスマホを取り出して言った。
「あのさ。新しくできたラーメン屋、行ってみない?」
唐突な提案。
凜はその名前を聞いた瞬間、午前中に見ていた情報を思い出した。
「北京?」
「うん。ちょっと調べてみた。半熟卵と豚肉の丼がやばいらしい」
目が合って、ふたりとも少しだけ笑った。
すこし躊躇しながら凜は話しはじめる。
「ねえ勇真、それじゃあいつもの質問するよ」
「私は読書ノートを見られても、そんなに怒ったわけじゃないけど、その後で勇真との距離が出来ちゃったことで大好き指数は3点だった」
「この時の勇真は何点だったの?」
「またこの質問?いつも答えたあとに暴力を振るわれるからやめとく」
この一言で、またもや腕をつねられる勇真だった。
「イテテ、言っても言わなくても結局やってくるじゃん」
「ちゃんと答えなさい」とゆっくりと凄む凜――
「しょうがないなぁ、じゃあ答えるよ。読書ノートを見たあとは『もう終わった』と思ってたんだよ。それから中学に上がってからはお互い思春期っていうのもあって、余計に距離ができたでしょ。こんな絶望的な状況だったから1点」
「凜の事が嫌いとかじゃなくて、でも仕方ないでしょ」
「イテテ、もうこんな質問しないでくれる?」
「もう、鈍感男!」
「本当のこと言うと、この事件のせいで、マイナス10点のゲームオーバーだった」
「そうだったんだね、勇真にとっては、とっても大きな出来事だったんだ」
(最近、凜に痛めつけられてばっかりだ……でも確実に凜との距離が近づいているのを感じる。
凜の質問攻めには、ドキッとさせられるが、後味は悪くない。俺ってこんなに愛されてたの?って。こんなに好きだったと、はっきり言われている俺……責任の重さを改めて痛感ている。気づいてあげらなくてごめん)




