― 吊し上げ ―
【大学四年 春】
薄桃色の桜の花びらが風に乗って舞い落ち、足元をほんのり染めていた。
あの頃とは違う、新しい季節がゆっくりと始まっている。
「桜、綺麗だね」
言葉をかけるのは自然だったけれど、私の心の奥底にはモヤモヤが渦巻いている。
「うん俺もそう思う、毎年同じように咲くのに、今年は特別に見える」
「春になると、やっぱりいろいろ思い出すよね」
春の風が髪をそっと揺らし、静かな時間が流れる。
(今日は、私のモヤモヤを晴らそうと思ってる)
「あの時、翔太くんに聞かれたんだってね。私のこと、どう思うかって」
返したのは静かな肯定。
「あっ、あぁ……」
「ただの幼馴染だよ。いい子だよって、そう答えたって聞いたよ」
視線を外す仕草が見えた。指先が不自然に動いている。
「言った……そっ、その通り、言った」
笑いともため息ともつかない音が、唇の端からこぼれた。
「そっか。やっぱりそうなんだ」
風が、頬をなでる。あたたかくも冷たくもない秋の風。
「なんで、そう言ったの? なんで、止めてくれなかったの?」
「止める資格なんて、自分にあると思えなかった。俺みたいな何も結果を残せない人間が、止める資格はないよ」
即座に返した言葉に、わずかな凜の怒気がにじんでいた。
「資格なんて関係ないよ!どう思ってるかって、聞かれたんでしょ? 好きか嫌いか、ただ、それを言えばよかったじゃない」
「本当の気持ちなんて、言ったら、友情だとか周り人との関係性が全部壊れる気がしてた」
「壊れたよ!結局、壊れた!!」
「この時私は、勇真に選ばれなかったんだよ!勇真にフラれてるんだよ!」
その一言は重かった。濁った空気が、一瞬止まったように感じられた。
「聞かされたよ。付き合って少し経った頃、翔太くんが酔って言ってた。『勇真は、凜のことをただの幼馴染って言うから、安心して告白できた』って」
「あのとき、何が正解だったのか、今でもわからない」
「私は、ずっと好きだった。子供のころから。ずっと」
憤りの気配が伝わってくる。
「ただの幼馴染だって自分の気持ちを押し込めた。でも、翔太くんに告白されて初めて思ったの、あなたが何も言ってくれないなら、私は待ってるだけじゃなく前に進まなきゃって」
「……ごめん」
「ごめんなんて、何度聞いたかわからない」
小さな声だった。だけど確かに刺さる声。
「好きって言ってくれてたら、私は翔太を断ってたよ。間違いなく」
「でも俺の好きが、君を縛る気がしてた。翔太みたいに完璧じゃない自分が、好きだなんて言ってしまったら……君の未来を狭めるだけだって、そう思った」
「勝手に決めないでよ。私の気持ちも、未来も」
沈黙がまた訪れる。でも、もうさっきまでのそれとは違っていた。
「ねえ。私って、あなたにとって何だったの?」
長く目を伏せていた隣の気配が、ふっとこちらを向いたのがわかる。
「ただの幼馴染なんかじゃなかった。ずっと、特別だった」
言葉の重みが、時間をゆっくり止める。
「その言葉、もうちょっと早く聞きたかったな」
「俺も、そう思う」
「わたしが差し出されたって、思ってた。あなたが、わたしを翔太くんに譲ったんだって」
「違うよ……」
風がまた吹いて、枝の先の葉がひとつ落ちた。
「今さらどうにもならないのは、わかってる」
夕空に目を細めて、黙ったままその言葉を噛みしめる時間が流れる。
触れそうで触れない距離。でも、確かにそこには切れない糸があるように思えた。
空はもう、夕暮れから夜へとその色を変え始めていた。
その頃から、毎回のデートの会話で、過去からのすれ違いの説明を、厳しく追及される勇真だった。
急にキャラ変して、強気になる凜の巻でした。
これは、勇真だけが味わえる悦び(からだから、ふつふつと湧き出るよろこびの意)なのです。




