― はっきりと ―
【大学2年夏 凜】
午後、大学の講義帰りに、凜は駅前の喫茶店にふらりと立ち寄った。
静かな空間と、ほのかに香る紅茶の匂いが好きだった。
一人席に座り、文庫本を開こうとしたそのとき。中学生のセーラー服姿のグループの中に、さくらの姿を見つけた。
「さくらちゃん?」
振り返った中学生の少女は、はっとした顔で凜を見た。
「あれ? 凜ちゃん! えーっ、偶然すぎ!」
凜は思わず笑顔がこぼれた。
「うん、塾の帰り。ちょっとだけみんなと休憩しようかなって思って」
「凜ちゃんは一人?」
「うん、ちょうど今帰り道」
さくらは小首をかしげ、ニヤリと笑う。
「ちょうど凜ちゃんに話したいことがあったんだわ」
と凜が座っている席に、さくらがどっかりと座った。
「まさか、フラれた帰りじゃないよね?」
凜は、口元に紅茶を運びかけて思わず吹き出しそうになった。
「ちょ、なにその失礼な入り方! もう、さくらちゃん!」
「だって、凜ちゃん最近、ぜーんぜんウチ来ないんだもん」
その一言に、凜の指が一瞬止まった。
「まあ、色々あったからね」
「翔太くんと、別れたんでしょ?」
「うん」
「凜ちゃんからフッたの?」
「ううん、違うの」
「凜ちゃんがフッてないとすれば、それって凜ちゃんがフラれたって言うんじゃないの」
凜は再び吹き出しそうになった。
「こんな美人な凜ちゃんでもフラれるんだ」
「美人じゃないけど、そう」
凜は目を伏せた。翔太と別れた事を隠すつもりはなかったけれど、子供相手に話すことでもないと思っていた。
けれど、さくらは目を逸らさす凜を見つめていた。
「お兄ちゃんと、どうしてるの?」
「どう、っていうか話してない。大学も違うし、連絡も、もう全然」
さくらは、ちょっとだけ寂しそうに笑った。
「ふーん。でもさ、やっぱり凜ちゃんって、お兄ちゃんのこと、まだ好きなんじゃない?」
凜は目を見開いた。けれど否定はしなかった。
「さくらちゃんって、ほんとストレートだよね。そういうとこ、子供っぽいって思われない?」
「えー? でも大人って、遠回しにばっか話して、めんどくさいよ」
さくらは紅茶を飲みながら言った。
「わたしさ、小さい頃から見てたもん。凜ちゃんとお兄ちゃん」
「え?」
「だって、二人ってさくっつきそうで、ずーっとくっつかないでしょ。お互い見てるのに、見てないフリしてるみたいな」
「……」
「こっちはイライラするんだよね、ってか、お兄ちゃんってほんとばかだから」
凜は、ふっと笑ってしまった。
「さくらちゃん、ほんとにストレートね」
「当たってるでしょ?」
さくらは得意げに胸を張った。そして、真剣な顔になって言った。
「でも、もしもさ。凜ちゃんがまだお兄ちゃんのこと好きなら、ちゃんと付き合ったほうがいいと思うよ」
「え……?」
「お兄ちゃんも彼女にフラれたみたいだし、言わなきゃ伝わんないことって、たくさんあるから。
お兄ちゃん、好きな子の前でも、ほんっとに鈍感だから」
凜は驚いて、そして、少しだけ胸があたたかくなるのを感じていた。
会計を済ませ、店を出たふたりに、柔らかな夕焼けが降り注いだ。
茜色の空が、なんだか今日だけは、やさしく背中を押してくれる気がした。
駅の改札前で別れる前、さくらがふいに言った。
「ねえ、凜ちゃん」
「なに?」
「わたし、子供じゃないよ。大人の気持ちくらい、ちゃんとわかる」
その言葉に、凜は目を細めて笑った。
「うん。わかってる。ほんとに、ありがとう、さくらちゃん」
凜は自分の気持ちを、やっと口にできた気がした。
【大学2年夏】
お互いが別れを経験してから季節が一つ変わろうとしていた。
二人は別れの悲しみを背負ったまま、悶々とした生活を送っていた。お互いに麗華や翔太の事を考えると、すぐに勇真と凜はスタートを切ることが出来ずにいた。
凜は自由になった自分の時間を、自分自身を見つめ直すために使い、好きな読書に没頭し大学の仲間と過ごす時間が増え始める。ただ、誰にも言えない胸のもやもやを抱えつつ、友達の前では明るく振る舞う日々。
勇真は大学とアルバイトに明け暮れる毎日。麗華と別れた後、気持ちを整理しようとするが、別れのショックを引きずり次への行動へ移そうとする気力を失っていた。
勇真がアルバイトから帰宅すると、リビングには中学2年生になった妹のさくらが、ソファに寝そべってスマホをいじっていた。
さくらは勇真が玄関に入ってくる音に気づくと、顔も上げずに一言。
「昨日わたし、喫茶店で凜ちゃんとお話ししたよ
お兄ちゃんは凜ちゃんとは、最近会ったの?」
突然の名前に、勇真は一瞬返事に詰まった。
「いや、会ってないよ。大学も違うし」
さくらはスマホを閉じて起き上がると、ジト目で兄を見つめる。
「ばかじゃないの? なんで会わないの? ってかさ、まだ好きなんでしょ?」
「何、いきなり、お前には関係ないだろ」
勇真は照れ隠しのように笑ってごまかしたが、さくらは容赦なかった。
「うん、関係ないよ。だけどさ、中学の私でもわかること、大人のくせにわかってないのがイラつくんだよね」
勇真は少しムッとしながら冷蔵庫から麦茶を取り出す。
「麗華とは、ちゃんと別れたよ。俺の気持ちが、しっかりとしてなかったから。あれじゃ、彼女に失礼だった」
「ふーん」
さくらは少し間を置いてから言った。
「凜ちゃんも、翔太くんと別れたんでしょ?
ねえお兄ちゃん。
今の二人ってさ、このまま何もせずにむだな時間で終わらせちゃっていいの??」
勇真は、手にしていたグラスをじっと見つめた。ふと頭に浮かんだのは、神社の階段の上で見た、凜の後ろ姿。高校の卒業式、彼女の目がほんの一瞬、こっちを見たような。
「お前、いっちょまえに恋愛語るようになったな」
「うん。だって私は、凜ちゃんとお兄ちゃんがくっつかないの、マジで意味わかんないと思ってたから」
さくらは言い切るように立ち上がり、兄の背中に向かって言い放った。
「お兄ちゃん、はっきりしなさい!」
勇真は、喉の奥がギュッと締まるような感覚を覚えながら、苦笑した。
「まったく、口が達者になったな」
「うん。子供じゃないから」
さくらはそう言って、自室へと戻っていった。
「中2は怖いもんなし、まったく口の減らない妹だ」
(ちゃんと気づいてたのに、気づかないフリをしてた。あいつの言う通りだった……)
凜の笑顔、声、沈黙の中にある気持ち。それがずっと、心の奥にあったんだ。
「凜…… また、会いたいな」
中2のさくらが、こんなに洞察力があるの?
とおっしゃる方も居るとは思いますが、ストーリー上では大事なキャラとなっておりますので、ご勘弁を……




