― 心地よい空気 ―
夏休みの午後、セミの鳴き声が窓の外で響いていた。
「こんにちは」
小学四年生の凜は、いつものように、少し小さめの声でインターホンに話す。
「はーい!」と、元気な声が玄関の奥から聞こえる。
開いたドアの向こうで、勇真の母・陽子が笑顔を見せた。
「あら、また来てくれたのね、凜ちゃん。ようこそ」
「こんにちは。さくらちゃん、いますか?」
「もちろんよ。もうずっと楽しみにしてたのよ。『りんちゃん、いつくるの?』って毎日聞かれてるくらい」
くすっと笑う陽子の後ろから、ちいさな足音が走ってきた。
「りんちゃーんっ!」
元気に飛びついてきたのは、4歳のさくら。今日も明るい色のワンピースに、お気に入りのヘアゴムをつけている。
「わぁ、今日も元気だね」
しゃがみこみ、飛び込んで来るさくらを抱きしめた。
凜は一人っ子。
家は静かで、本とピアノと母の作るお菓子のにおいがする。それはそれで落ち着くけれど、望月家のような人の声がする空間に、最近は惹かれるようになっていた。
「さくらちゃん、また来てもいい?」
「うんっ!りんちゃん、ぜったいまた来てね!わすれちゃやだよ!」
「うん、忘れないよ。さくらちゃんも、忘れないでね」
手をつないで笑いあう二人を、陽子は優しいまなざしで見つめていた。




