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水と樹(2)

 借りてきた猫のように大人しくなった少年を表へ引き上げ、どこか久々に感じる外の空気を肺一杯に吸い込んだ統香と一宮。

 二人は示し合わせたかのように、同じタイミングで煙草に火を点けた。

 キメながら、教室指導員待ちの僅かな時間を利用して、少年とのコミュニケーションを試る。


 「君、言葉、わかる?」


 統香がしゃがんで目線を合わせ、最低限の単語での意思疎通を図るも、


 「ゔぁ゛……?」


 言葉と言うよりは鳴き声のような声が返ってくるだけであった。


 野生返り。流れるとも言うが、現代においても彼のような機械人形が発見される事は稀にある。

 多くは文明から離れて狩りなどで食い繋ぐ自給自足の原始的な生活をしているものだが、彼のように都市部から離れる事も出来ないままに過ちを犯してしまうケースも少なくない。


 「う〜ん、難しいか」


 少年は言葉を解さない。

 解さないが、二人が自分に悪意や敵意を向けていない事、そして、そんな二人が自分と繋がりを持とうとしている事は理解出来ていた。


 「ゔぁ゛……ゔゔ……」


 それと同時に、心苦しさを覚えた。


 どうしていきなり傷つけようとした自分に、暖かくしてくれるんだろう。

 どうして自分はこの人たちの声の意味がわからないんだろう。


 言語化する術を持たない少年の胸に、じくじくとしたそんな思いが去来する。


 少年は、気付けば涙を流していた。


 彼によって失った命は決して少なくない。

 しかし、誰も頼れる人が居らず、寄る辺のない中一人で生きていかなければならなかった彼のこれまでの境遇を鑑みれば、一概に悪と断ずる事は出来ないだろう。

 文明社会において言葉を持たない彼からすれば、この世の全てが敵だったのだから。


 この子に一度だけでもチャンスを与えてあげて欲しい。


 後日、裁定のため協会へ送致された少年の手には、八月朔日統香の署名と共にそんな手紙が握られていたのだが、それはここだけの話である。



 「うおお、ちょっ一宮、泣いてる!」


 「マエストロはデリカシーが無いですね。そういうのは口にするものじゃないんですよ」


 「つったって──」


 「ほら、これで拭いてください」



 大きく動く赤いのと、小さく動く黒いの。



 滲んだ視界に映るそんな二人。



 黒いのが何かを持って、目元にやって、上下に動かしてる。


 何かを渡された。


 同じようにやってみたら、二人がよく見えるようになった。


 「ハンカチ、貸してあげます。

 近いうちに二人で教室へ伺いますので、その時にちゃんと返してくださいね」


 言葉はわからない。

 知らない音。


 キャーでも、ギャーでもない。


 優しくて、温かい。


 黒いのがくれたこれも、そんな感じがする。


 明るい時に暗いところから出て、自分で作ったおっきい水溜まりに入った時みたいな暖かさ。



 そんなイメージ。



 険の取れた少年は、目元を赤く腫らしながら、晴れやかに笑った。


 言葉は通じない乍ら、その笑顔を見た二人もまた、


 (ああ、大丈夫そうだ)


 そう安堵するのだった。



 それから数分もしないうちに指導員の運転する車が到着した。

 短いやり取りののち、最寄りの宿までの運転を取り付ける。


 「もう大丈夫だろ」


 そう言う統香の指示により、一宮は少年を縛るロープを黒球へ飲み込ませた。

 少年を後部座席へ座るよう促し、二人も次いで乗り込もうとする。


 「おや、もうお帰りになられるのですか?」


 森の奥から声がしたのはその時だった。



* * *



 暗闇から現れたのは、純白のスーツに身を包む金髪方目隠しのホスト風の男と、純黒の燕尾服を纏った銀髪オールバックの屈強な男という、奇異な二人組であった。

 どう見ても堅気ではない。

 そんな二人。


 「……はぁ、悪い一宮。頼めるか?」


 「御安い御用です」


 車内へ降ろすはずだった足は再び地面へ。


 「ごめん。後で連絡するから、一先ず離れといて」


 「承知いたしました。ご武運を」


 「ん」


 車を見送った統香は二人の方へ向き、煽るように口を開いた。


 「誰だか知らないけどさ、肝試しにはちょっと遅いんじゃない?」


 「フッ、いやなに、労せず成果を得たいだけですよ」


 ホスト風の男は臆さず言葉を返す。

 そして、


 「行け、アルディオ」


 「ああ」


 その指示に空気が変わった。

 ビリビリとした圧のようなものが統香と一宮の全身を撫でていく。

 つい先ほど感じたそれとは天と地の圧。


 殺気。


 アルディオと呼ばれた男の全身から濛々と立ち昇るそれは、蜃気楼のように背後の景色を歪めている。

 そう錯覚させるほどの純度の高さを誇っていた。


 久方ぶりの強敵の気配に、一宮は肩をすくめる。


 「なんでこう、タイミング悪くやってくるんですかね……」


 アルディオは構えない。


 「そう言うな。仕事だ」


 両腕をだらりと垂らしたまま、一歩、足を踏み出す。

 その直後、彼の背から夥しい数の樹がうねるように伸びた。

 先端をキリキリと鋭く尖らせ、溜めを作るように後方へ縮むと──


 「鬱鬱葱葱アーボル・オリミニ


 触手ならぬ触樹が、ソニックブームを発生させるほどの速度で射出された。

 一宮に照準を合わせ、対象目掛けて真っ直ぐに伸長する。


 「水の触手に樹の触手。流石は変態の国ですね」


 空気を切り裂く風切り音を奏でる触樹の群れを、一宮は半歩横に逸れるだけで躱した。

 行き場を無くしたそれらは廃ホテルの壁を貫く。


 「春画……でしたっけ? あのタコの。

 アナタ方は何百年も前から進歩が無いんですか?」


 巻き起こる突風に髪を靡かせながら、一宮はホルダーのうちの子を取り出した。

 試すようにアルディオを見つめ、隙を伺う。


 「原点にして頂点と言うやつだ」


 「……アナタ、朴訥そうなのに中身はしっかり日本的ですね」


 「?

 朴訥ソレこそ日本的じゃないか?

 それに、俺は日本人じゃないぞ」


 「あら、てっきり」


 と、気安いやりとりはそこで終わった。

 一宮が足元から迫り来る殺気を感知したからだ。


 「樹々開闢アーボル・オリゴ


 バックステップでその場を離れると、四本の触樹が地面を貫くように飛び出した。


 堂に入った戦い方。

 会話で相手の気を引き、正面に自身の姿を据える事で足元への注意を逸らす。


 (慣れてるますね。

 私のアトリビュートもある程度は把握しているんでしょうか、攻め手を欠かない)


 一宮の思った通り、攻撃は続いていた。

 アルディオの足元から地面を隆起させ、触樹が這いいずる。

 そのまま間髪入れずに一宮へエイムを合わせると、再び伸長し襲いかかってきた。


 (溜めが無い分先ほどのよりは遅いですが……)


 一本が一宮の足元を穿つ。

 ステップを踏んでそれを回避するも、一本、もう一本と立て続けに、己を追尾するように触樹は迫り来る。


 「なるほど」


 (コントロール重視の追尾型。

 速いだけの直射よりも的確に狙って来る曲射の方が、相手の動きを誘導出来ますものね。


 けれど──)


 波状的に攻め立てる触樹。

 前後上下左右。と、複数多方向から的確に急所を狙い澄ました一撃が放たれているのにも関わらず、一宮はその全てを躱し続けた。


 アルディオの手数は尽きない。

 それでも攻撃は届かない。

 死角からの攻撃も察知され、回避した事により生まれた隙を突こうとも、曲芸のようにいなされ躱される。


 「甘いですよ」


 「くッ……まだだ!」


 そんな攻防を見つめる統香。無論口には煙草が加えられている。

 激しい戦闘の余波によって前髪がぱたぱたと踊っているものの、そんな事は気にならないのか、ぼんやりと二人の動きを眺めていた。


 「凄いな。一宮とやりとりしながら動けてる」


 ふと、ぽつりと感想を呟く。すると、アルディオの主だろうホスト風の男、『ルシオ』がそれに反応した。


 「いやいや。彼女、全くもって本気じゃないでしょう」


 地べたに座って寛ぐ統香の隣に、どこか恭しく感じる佇まいで視線を正面に向けたまま。


 「へぇ、わかるもんなんだ?」


 「ええ。アルディオを相手にあの余裕ですから」


 事実、趨勢は決していた。

 手を出さないのは敢えてか、一宮は攻撃を躱してばかりいる。時折り思い出したかのようにうちの子を放つが、それは触樹に容易に受け止められていた。

 対するアルディオは一本の触樹を常に己の周囲に残し、不意の射撃にも対応出来るよう立ち回っている。

 攻撃の手は緩めず、防御も抜かり無い。

 側から見れば一宮が防戦一方のようにすら感じられる。


 もっとも、そんな感想は二人の表情を見比べれば一変するのだが。


 「へぇ、勝ち目が無いのはわかってんだ?」


 「勿論。タダでやられるつもりはありませんが、それも通じるかどうか。

 それを含めての急襲です」


 「潔いね。

 あんなコレクティブ居ないでウチ来なよ」


 試すように統香が言った。


 "あんなコレクティブ"

 それは、現在存在する犯罪組織の中で最も自由度が高く、最も過激で、最も巨大で……そして、最も名前がダサいアートコレクティブ。


 『Artiste Inconnue』


 カマをかけると言うほどの事でもないが、何か反応があればラッキーと、その程度の期待値で口にしたのだが、


 「皆が皆、澄んだ水質を好む訳ではないんですよ。

 我々には我々の水槽がある」


 「……水槽、ね」


 肯定と取れるその表現に納得すると、会話はそこで終了した。


 そして戦闘は佳境を迎える。


 遠距離攻撃では埒が開かないと悟ったアルディオは、触樹を全身に展開した。甲冑のように装備し、世界一硬い木と云われるリグナムバイタをベースに、独自の遺伝子配合で木剣を精製する。


 「行くぞ」


 アルディオは木剣を上段に構えた。

 気迫に違わぬ先手必勝の構えである。


 「どうぞ」


 相対する一宮は、相変わらず攻撃を躱す心算か、ノーガードでそれを迎え撃つ。


 アルディオは強く踏み込んだ。

 その威力は地面を陥没させ、統香とルシオに揺れを観測させるほどであった。


 「はあっ!」


 真向斬りに木剣を振り抜くも、一宮はそれをひらりと躱す。

 が、織り込み済みか。アルディオは空振りに体勢を崩す事なく、


 「うおおおお!!」


 大木でも引き抜くかのような裂帛を上げ、燕返しを繰り出した。


 尤も、一宮には僅かに届かず、あっさりと躱される。


 「振りが大きいんです──」


 だが、こうしてアルディオの策はハマった。


 「っと」


 一宮の足ががくっと落ちる。

 視線を下にやると、そこにあったのは一つの深い穴であった。


 人間の足がすっぽりと一本入るほどの径の穴。


 正面に自身を据え、足元への注意を逸らす。


 先刻の己の思考がフラッシュバックした。


 「……やるじゃないですか」


 「まだだ!」


 身動きの取れない一宮へ向け、アルディオは再び触樹の群れを放った。


 「鬱鬱葱葱!」


 迫り来る無数の触樹。

 一宮は体勢を崩したまま、その攻撃の軌道を見極める。

 片足の動きを抑制された今、回避は不可能に思われた。

 その上アルディオの攻撃はその威力から、一つでも当たれば致命傷となる可能性が高い。


 眼前に迫る攻撃を、一宮は──


 「よっと」


 ──一宮は、とられた足をさらに穴の奥へ沈める事で回避した。

 アルファベットの『T』のような体勢となる。


 向こう一週間ほどそれをネタに統香から『いTの宮』と煽られる事になるのだが、それは一先ず置いといて、


 「なッ……!」

 

 「こう言う時は上から狙うのが鉄則ですよ」


 不可避の筈の一撃が掠りもせず、アルディオの顔に動揺の相が色濃く現れた。

 その隙に一宮はエスケープ。と同時に、触樹の影を這うように放たれたうちの子の一発が甲冑を貫き、アルディオの右腿を撃ち抜いた。


 「がッ!」


 激痛に腰を落とすアルディオであったが、


 「ぐッ……!」


 何とか膝を突く事だけは堪え、歯を食い縛り、次の攻撃を繰り出した。

 植樹を操り一宮を追尾する。

 しかして相変わらず、その全てが容易く躱された。

 細かいステップで回避を続け、徐々に距離を潰す一宮は、迫り来る触樹の内の一本を掴み、引き、カウンター気味にアルディオの顔面に蹴り込む。


 アルディオは既の所でそれを防いだ。

 いよいよ一方的な展開になってきたものの、それを観覧する統香の目には、アルディオという機械人形が戦況以上に優れて映っていた。


 「にしても良いアトリビュートだね。汎用性高いのは好きだなぁ私。

 あの人、アンタの機械人形だろ?」


 隣に立つルシオを見上げ事もなげにそう言う。


 人。


 その言葉に、ルシオは口角が吊り上がるのを感じた。


 「はい。俺の最高傑作。樹木の(アーボル・ディオス)です」


 (硬度を上げても意味が無いなら、的をデカくするのは愚だな……)


 アルディオは甲冑をパージすると、腰からサインポールサイズの触樹を生やし、尻尾のような形態へと成形。

 相手からは胴体で隠れて見えず、こちらの手数は増える。

 一宮ほどのプロフェッショナル相手には効果薄かもしれないが、現状を打開する一助になる可能性は十分にあると言えた。


 深呼吸一つ。

 アルディオは素早く、最小の動きで一宮に肉薄せんと迫った。


 が、


 「ッ!!」


 気付けば、眼前には三発の銃弾が迫っていた。

 寸分の狂いなく眉間を狙い澄ましたそれを、アルディオは急ブレーキを踏み、薄皮を削る限々でマトリックス。

 なんとか回避に成功すると、


 「おおっ、懐かし」


 それを見た統香から歓声が上がった。


 「むっ」


 ここで魅せプを披露してしまったのが、アルディオの運の尽きと言えよう。


 一宮がギアを一つ上げた。


 寝かせた上体を起こした刹那、アルディオの顎が跳ね上がる。

 首から上が消し飛んだかのような衝撃に目を白黒させるも、視界の下半分に一宮が右脚を天高く突き上げているのが映った事で、蹴り上げられたと気付く。


 「くッ……!」


 そんな一宮と己の間に障害物となるよう触樹の壁を生やすも、


 「邪魔です」


 無情にも一撃で切り裂かれた。


 「なッ──」


 切断面の隙間から一宮が右腕を振り抜いた様子が見えた。

 そう認識するや否や、その姿は吹き消された煙のように霧散する。


 直後、アルディオは触樹の壁に衝突し、突き破り、廃ホテルの外壁に全身を強かに打ちつけた。

 天地がひっくり返り、背中に激痛が走る。


 「ガハッ!」


 高速の戦闘速度に、当事者でありながら理解が追いつかない。

 全力でアクセルを踏んでいるのに、ぐんぐんと引き離される感覚に眩暈がする。


 (お、俺は今……何をされた……?)


 アルディオは壁面から溢れるように落下した。


 全身を衝撃と激痛が襲っている。

 腹を万力で押し潰されたかのような痛み。

 ボギンともバキンともつかない音が聞こえた。

 背中に力を入れるも、反応が無い。

 背骨が折れた事を理解する。


 恐らく、一宮に蹴り飛ばされた。

 ただの一撃で、前面の何倍もの耐久力を誇る背面の大黒柱。脊椎が砕かれた。

 シャツの下に着込んでいる、全身を厚く保護するリグナムバイタのさらし。世界一硬い木材を独自に改良し、硬度はそのままに、重量のみを軽くした特殊装甲。

 その上からの蹴撃であったのにも関わらず、このダメージ。


 感覚で理解る。装甲は破壊されていない。

 衝撃は収束し、ダメージは全て内部へ。


 (達人の拳のようなものか……)


 もはや立ち上がる事もままならないが、それでも、アルディオは上体を起こした。

 装甲を操り、マリオネットのように身体を動かす。


 死に体のアルディオへ向けて、一宮はゆっくりと迫った。

 その足運びに油断は無く、アルディオの背中に嫌な汗が吹き出す。


 乱れた呼吸は整っていない。片膝を付き、既に満身創痍という言葉ですら耳障りが良いと感じた。


 「ギブしないんですか」


 アルディオの頭上からそう声がかかる。


 「ぐッ……さあな……」


 この窮地を脱するため、アルディオは奥の手を発動した。


 「樹流奔流アーボル・トーレンス……!」


 アルディオが地面に手を翳した途端、彼の背後が爆ぜた。

 そう錯覚させるほどの迫力で出現したのは、鬱鬱葱葱の何倍もの太さと長さを兼ね備えた巨木の群れ。


 「さっきの蟻ボリボリ・オイリーと何が違うんですか?」


 「鬱鬱葱葱アーボル・オリミニだ……

 違いは……その身体で体験しろっ……!」


 視界の全てが埋め尽くされるほどの規模。

 それはさながら、押し寄せる濁流。

 回避不能の崖崩れ。

 抵抗を許さない鉄砲水。


 あるいは、全てを呑み込む大津波。


 比喩の枚挙に暇が無い中で、一つだけ確かな事があった。

 それは、災害規模の攻撃範囲。


 (クレムリン城壁にビッグライトを当てたら、こんな感じになるんでしょうね)


 そう呑気に構える一宮へ向けて、アルディオは攻撃を放った。


 「呑め《ビビテ》ッ!」


 湾曲した触樹が地を這うように迫り来る。

 一宮が多用するバックステップも、サイドステップも、跳躍すらも意味を成さない。

 それほどまでの圧倒的物量によって襲いかかってくる、巨木の大津波。


 こちらからアルディオの姿は見えず、アルディオからもこちらは見えない。


 互いが互いの死角に居る。

 アルディオはその隙に迷彩を発動した。

 一宮の怒りを買わないよう統香には手を出さず、ルシオを抱え、森の中へと姿を眩ます。


 何にも変えられない命のために、彼らは全力で逃走したのだった。



* * *



 樹流奔流を黒球にて飲み込み、土煙も晴れた。

 抉れた地面や大穴を空けている廃ホテルとは対照的に、二人は汚れ一つない綺麗な格好である。

 しかしいい加減かったるい。

 二人は地面に寝そべり、煙草を吸っていた。


 「逃げられちゃいましたね」


 白んでいく空をぼんやりと見つめながら。


 「逃げられちゃったなぁ。

 いやいや、まさか迷彩を使ってくるとは」


 わざとらしく。


 「見えなきゃしょうがないですよね」


 言い訳をするように。


 「しょうがないしょうがない。

 しょうがないから早く帰ろ」


 ため息混じりに。


 「夜まで寝ましょう」


 肺一杯に吸って。


 「あっ制作……」


 吐いて。


 「帰ってから考えましょう」


 運転手へ連絡を入れ、迎えを頼むのだった。



* * *



 「フッフフフ、アレが八月朔日統香と一宮か。

 噂通りに噂以上だ」


 「俺の技が全て初見で攻略された。

 信じられん」


 「ああ。八月朔日統香をどうこうしようにも一宮が厄介すぎる。

 さて、どうしたものか……」


 「……」


 「…………



 ……いやホントにどうしよぉーー!! ねぇ、どうしたらいいかな!?

 アルディオ〜頭の良いお前ならなんとか出来ないか!?


 「そ、そう言われても……あそこまで強いなんて知らなかったし……勝てる気しないし……」


 「うっ、お、お前がそこまで言うなんて……

 確かに負け前提みたいに凸ったけど……そ、そんなに強かったのか……?」


 「強すぎる……意味がわからない……マジ無法……なのに俺は生きている……死ぬほど手加減されてたんだ……殺ろうと思えば一瞬だろうに、生かされた……脅威じゃなかったんだ……

 そ、それに、俺は攻撃を防ぐ事しか出来なかったけど、あの人は全部躱してたし、途中から明らかにエンジンがかかってた……アトリビュートもろくに使ってないから絶対本気じゃなかったのに、俺は全くついていけなかった……アレはヤバい……クロヌスを完封した噂も真実味を帯びた……ヤバい……」


 「マジかぁ……うわぁどうしよう。ボスになんて報告したらいいかな……」


 「いっそ、トぶ……」


 「駄目だよアルディオ! もう二度とあんな生活に戻りたくないだろ!?

 ボスはあんなにもどーしょーもない俺達を拾ってくれたんだ! 裏切れるもんか!」


 「でもルシオ……ボスは人の命を……」


 「うっ……そっ、そんなの気にしてられるか! 人の命よりまず自分の命だ! そうだろ!?」


 「ムゥ……」


 「……なあ、アルディオ。俺だって何も、盲目的にボスを信じてるワケじゃないさ。

 けど、恩に報いず逃げ出したら、毎日それを思い出す。そしたら晩飯がマズくなる。

 晩飯がマズいのは最悪だ。

 ウマい晩飯食って風呂って寝る。そうやって満足出来る毎日を過ごして、そんで金を貯めて、いつか二人で独立する。それまでは我慢して付き合ってくれないか……?」


 「……フッ、ルシオ。お前は俺のマギステルだ。

 付き合うも何も、それが俺の使命であり、喜びだ」


 「アルディオ……アルディオォォオオオオッ!!」


 「ちょっ、ルシオ、声を抑えないか!

 誰かに聞かれたらどうする!

 いつもみたいにクールに振る舞ってくれ!」


 「うっ、で、でもさ! あそこが潰れちゃったせいで本当にお金がヤバいんだよ! 画材は最近の物価高でどれも目玉が飛び出るような値段だし、顔料だってこだわると手が出せないんだ!

 俺、最近はずっとキャンバスもひっくり返して裏面まで使ってるし、エスキースなんてチラシの裏に描いてるんだ……あんな茶番でもやってないと正気を保てなかったんだよ……」


 「……頑張ろう。二人で。

 いつか売れて、デカい家に住んで、毎晩ステーキを食ってやろう」


 「アルディオ……ああ、そうだな!」


 「ウェルダンでな」


 「何を言っているんだ。ミディアムレアに決まっている」


 「お子様だな。だからルシオは──」





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