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“愛”する(1)

 その日、統香はキャンバスの前で頭を抱えていた。理由は単純で、制作に煮詰まっていたからだ。

 現在統香が抱えている案件は、個展用のインスタレーションと、若手を集めた企画展用の油彩画と、さる富豪から依頼された油彩画の三点である。

 この内、インスタレーションについては作品は完成済みで、資機材の搬入を残して終了しており、また、企画展用の油彩画においても、後は他作家の制作を待つだけであった。


 つまり、問題は依頼された油彩画である。


 「違ぁ〜もぉ〜! 意味わから〜ん!」


 統香は、山積されたコピー用紙にペンを走らせていた。

 彼女が艱難辛苦に喘いでいるのは『エスキース』と言う、本格的な描画に着手する前段階の、いわゆる素案の書き出しがままならないからであった。


 今回作品の制作を依頼してきた富豪は、「推匠様々」と言うハンドルネームを好んで使用している、昨年目にした統香の作品に心を奪われ、他のファンの迷惑にならない程度に作品やグッズを買い漁る事が生き甲斐と言って止まなくなった、良心的な"お得意様"での一人である。

 彼はこの、午前中に起きる事が出来ず、「ヒキニート」と煽られれば劣化の如くバチクソにブチギレるような、ファスナーが限界の喪女にガチ恋している、非常に奇特かつ危篤な人物であった。


 枚挙された特徴を聞く限り、誰がこいつを好くんだと思われる。

 がしかし、彼がそんな劣情を抱いたのは、案外無理のない話なのかもしれない。


 上記の難点を知り得ない事は言わずもがな、その上、現在公開されている情報から見た『八月朔日統香』という人物は、それはそれは、大変に魅力的な人物であったからだ。


 画壇へ上る以前の八月朔日統香は、人間国宝の娘でありながら高校卒業後は専門学校や美術大学へは進学せず、私立のFラン大学に入学するも二年時に自主退学し、その後に勤めた商社の事務職は半年ほどで退職しているという、いわゆる『社不』の一員に過ぎない、何処に居ても問題にならないような、数居る駄目人間の一人であった。

 しかしそれからさらに半年後、統香が二十二歳になる少し前の事。

 彼女は彗星の如く突如として画壇へ現れると、瞬く間にその頭角を現し、名声を轟かせた。

 フィクションもかくやな破竹の活躍を見せ、経歴の一才があてにならないほど圧倒的なその描画力は『ヤン・ファン・エイク』、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』、『ディエゴ・ベラスケス』など、美術史に華々しくその名を刻む巨匠達を引き合いに出さねば話にならないほどに至極の物であったのだ。


 無論、デビュー当時は批判もあった。

 絵が上手いだけで中身が無いだの、構図が甘いだの、明暗が悪いだの。粗探し大会のように文句をつける輩は一定数居た。

 とは言え、それ自体は当たり前の事である。

 どれだけ高い評価を得た作品であろうと、教養の無い者や、感性が合わない者は否定的な意見を述べる事など珍しくもない。


 厖大に、掃いて捨てるほど居て当然である。


 ただ統香が、それらの全てをたった一つの作品で、強制的に黙らせたと言う事実が、極めて異常で、只管に異質なだけなのだ。


 この時統香が発表した作品。

 それは、稀代の天才画家『八月朔日統香』の代表作である絵画。

 同時に、父である八月朔日統悟の遺作を踏襲した油彩画であった。


 アートの歴史に新たな一歩を刻んだ人間国宝『八月朔日統悟』の遺作となったその作品は、隅々まで筆の走る精緻さは然る事乍ら、最も取り上げられたのはその狂気性であった。


 名画『拐る男』は、観者の精神を不安にさせるような、はたまた安心させるような、かと思えば楽しませるような、翻って悲しませるような。

 老若男女問わず、十人十色が千差万別な感想を抱く。そしてそれはまさに千変万化。目まぐるしく入れ替わった。

 隣の者が楽しんでいたかと思いきや、突然狂ったように涙を流し、次いで慈愛の表情を作り、肩を揺らして笑い……

 挙句の果てには、皆の情緒を狂わせた。

 そんな『拐る男』は現在、世界三大狂画に選出されている。


 腹積りの不明な絵画を発表した人間国宝。

 作品を一目見に美術館を訪れては、情緒を乱す観者。


 その構図は、完成させる気のないルービックキューブを延々と弄ぶ様を想起させた。


 非常に非情でエゴイスティックな人物画。

 何故そのような絵画を描いたのか。当時の心情を知る者は誰一人として居なかった。


 彼の娘を除いては。


 ある日統香は、『拐る男』を模写したようにしか見えない作品を発表した。

 一見すると全く同じ作品であるそれは、国一番の美術館にて、『拐る男』と並んで展示された。

 人間国宝とその娘である新進気鋭の若手画家の親子による展示と言う事で、当時は大層話題を呼んだものの、当日までの下馬評は酷いものであった。


 「重圧に逃げた」や「メッキが剥がれた」「上手いだけで心が弱い」などと、どれもこれも、八月朔日統香という画家を、敗者として論うもので溢れていたのだ。


 しかし、展示が始まるや否や、それらの批判はかき消えた。


 それほど迄に、統香の描いた作品は多くの観者に強烈な衝撃を与えたのだ。


 皆一様に、例に漏れる事無く、雷にでも打たれたかのように、電気が迸るかのように、ビリビリとした感覚が全身を駆け抜けていった。

 そして誰もが、その作品に目を、心を奪われ、気付かぬ内に言葉を溢す。


 ただ一言。



 「綺麗」


 と。


 統悟の遺作『拐る男』は、誰も彼もに異なる批評を吐かせた。

 それもそのはず。

 楽しい作品だと感じた次の瞬間には不安に駆られ、正体不明の切迫感に胸を焦がすのだから。

 これは評論家の間でも同じ事で、この作品の批評というものは、美術史に於いても他に例を見ないほど、混乱を極めた。

 学者ですらがコロコロと意見を、主張を変えるのだ。


 それに対して彼の娘の作品『語る男』は、『拐る男』とは正に正反対であった。

 誰もが一様に、同じように、例に漏れず、必ず、「綺麗」とだけ感想を語るのだ。


 まるで、『拐る男』にどんな感想を抱いたとてしても、最終はこれに帰結させるとでも言うかのような。

 人の心を乱すだけ乱した父の尻拭いをするかのような、そんな作品であった。


 美術館を訪れたアンチ連中が『語る男』を批判しようにも、描かれた人物の美を前にしてしまえば、何かを言う事は愚か、考える力すらも奪われた。


 改めて述べるが、『語る男』は『拐る男』の模写である。

 模写という事は、この二つの作品はどちらがどちらか見粉う程に似通っているという事である。

 加えて、当時既に圧倒的な技量を誇っていた八月朔日統香の描いた模写となれば、目の肥えていない者は愚か、名うての美術商や専門家ですら、その類似っぷりには舌を巻くのだった。


 さて、そんな作品であるにも関わらず、どうして斯様に全く異なるタイプの感想を抱かせる事が出来たのか。


 研究が進められ"使用している画材や顔料の配合の違いから、微妙なニュアンスで変化を付けている"という所までは判明しているものの、決定的な証明は一つも成されていないのが現状である。


 また、観者はみな人間である。

 中には機械人形も居たが、彼らにも感情がある以上、その頭の奥や胸の内は人に類する。

 そして、人である以上、全員が全員、同じ想いになる事など決して不可能。あり得ない事である。

 人それぞれに価値観があり、同じ景色を見ていても、違った感想を抱く。

 それが当たり前のことなのだ。


 しかし、この作品の前ではどうだろう。

 何故意見が割れないのだろう。


 大勢の人間が、隣同士に飾られた瓜二つの作品を鑑賞していた。


 一方では、様々な表現を用いてあれやこれやと議論が熱を帯びている。

 もう一方では、誰もが硬直し、最後にはただ一つだけの感想を語っている。


 「神の御業」


 「奇跡」


 「魔法」


 誰もが、そんな陳腐な言葉でしかこの現象を形容出来なかった。

 言語化する術を持たなかったのだ。



 展示が始まって間も無く、多くのメディアが注目した。


 この異常事態は何なのか。


 一体誰がこのような事態を招いたのか。


 こんな恐ろしい事を為す者が、この国に、世界に、誰か他に一人でも居るだろうか。



 統香は父の遺作を芯まで喰らい、更には発展させた。

 父が方々へ逸らした幾多数多の視線の全てを、己へ強引に振り向かせ、収束させた。


 その事実に、多くの者が悟る。



 『八月朔日統香』は既に『八月朔日統悟』を越えている。


 と。


 そうして、統香は活動開始から僅か一年ほどで『次期人間国宝』の評価を博したのだった。



 そんな折、このフレーズと共に統香を見つけたのが、冒頭に触れた富豪である。


 生ける伝説の産声を聞いてしまえば、惚れるなと言う方が無理な話だろう。


 彼は、画集や作品の複製画を常に布教用としてストックしており、トレーディングバッジやミニイラストカード、ポストカードなどは、漏れなく複数所持でコンプリートしている。

 金の力は偉大である。


 P-500号の一点物である風景画の抽選販売をフェアな条件(友人知人に協力を頼む等)の下勝ち取った時、彼は意を決した。


 (この作品が手元に届いたら、10号サイズの作品を一点、依頼しよう)


 と。


 (テーマは……そうだな──)


 と。


 そして現在統香がエスキースから躓いているのが、その10号の作品である。


 統香が構想から頭を抱える難題。

 今回の作品のテーマ、それはズバリ、


 「もぉ〜……『愛』って何だよぉ……」



 ズバリ、愛である。



* * *



 "『愛』をテーマに自由に描写して頂きたい"


 統香は依頼メールに記されたその文言を恨めしく睨め付けた。


 推しからの愛を望む。

 ガチ恋勢の禁忌とも言える悪手。


 が、色恋沙汰にはまるで縁の無いファスナー限界アラサー予備軍喪女である統香の目には当然の事乍ら、かの富豪の事は相変わらず、良心的な"お得意様"としてしか映っていなかった。

 ともすればこの作品に着手している時点で脈無しと言っても過言ではないどころか、むしろその手元に届こうものなら、まるで意に介されていないと言う事実の証明にもなりかねないのだが……もしかしたら彼は、そうして作品としての愛を受け取る事で、己の気持ちに踏ん切りをつけようという心算なのかもしれない。


 真相は闇の中──否、富豪の腹の中である。


 「んんぁ〜〜……」


 煙草に火を点けがてら統香が呻くと、その背に一つの影が覆い被さった。


 「愛。教えて差し上げましょうか?」


 統香激推し過激派筆頭。一宮である。

 幼少の頃から従者として統香の側におり、誰よりも主である統香の事を理解している一宮である。


 愛を語らんとする彼女に対し、当の主はと言うと、


 「いやいいよ。お前の愛偏ってそうだし」


 自身への矢印にはとんと鈍いまま、昇る紫煙をぼーっと見つめていた。

 そして、


 「でもマエストロはヒキニー──失敬、ファスナー──失敬、出不精──失敬、ヤニカ──」


 「やめろ!! もう私のライフはゼロだよ! てかヤニカスはお前もだろ!」


 「コホン、とにかく、マエストロには“愛”のサンプルケースが不足しているという事が言いたかったんですよ」


 「なら普通にそう言えば良くない? 寄り道で人殺すとかシリアルキラーか?」


 などと、アトリエにていつも乍らのやり取りが繰り広げられるのだった。


 “愛”というトークテーマは流れたまま、統香自身もさほど興味はなく、一宮は小型犬のようにキャンキャンと声を荒げる主にほんわかする。


 そうしてひと段落したところ、


 「話は聞かせてもらったぜ!!」


 大袈裟にドアを開いてやってきたのは、統香激推し穏健派筆頭であるまこっちゃん。


 子供サイズのメイド服に身を包み、スカートの裾を摘みながら小走りで統香の元へとやってくる。


 「ほっ、ほっ」


 その動作には未だ拙さが見て取れる。

 が、それが良い。


 二人はまこっちゃんの愛らしいその姿に大変満足し、統香においては、


 (愛ってこれの事だろ……)


 思わず胸中でそう呟いていた。


 ぽてぽてと歩き、そしてまこっちゃんは、二人の正面に立つと、


 「愛はな、愛なんだぜ」


 突然、素っ頓狂な事を言って胸を張った。

 貞淑な振る舞いは何処へやら。


 二人が自信満々のまこっちゃんを前に思わず固まって数拍、


 「……あ? 哲学か?」


 統香の口からポロリと出た。


 「まあ、愛は哲学でしょう」


 遅れて一宮も反応すると、


 「ん? 哲学って何だ?」


 先ほどのそれっぽい台詞は、何かのアニメの影響だろうか。

 言葉の意味が分からず、キョトン顔で二人へ顔をやった。


 「まったく、受け売りは程々にしましょうね」


 一宮は小さくため息を吐くと、まこっちゃんへ哲学について簡単に座学を行うのだった。


 「愛、か……」


 息を吐くように軽く呟いた統香は、窓の格子の隙間から、晴れ渡る空をぼんやりと見上げた。


 愛のサンプルケースが不足していると言う一宮の指摘が反芻される。

 これにはぐぅの音も出なかった。


 統香は両親を早くに亡くしている。

 と言っても、母はともかく父である統悟は、統香が中学を卒業するまではよく面倒を見てくれていた。

 美術のレッスンを行ってはその才能を見込み、もし人生に躓いても、それが拠り所となってくれるよう、祈りを込めて指導していた。

 統香は、そんな時間を幸福に感じていた。

 

 尤も、統香が中学校を卒業してからは、親としての役目を終えたと考えたのか、制作のためアトリエに篭るばかりであったが……


 統悟は制作のためアトリエに缶詰になると、統香の身の回りの世話を、一宮を初めてとした使用人に任せっきりになった。


 無論、以前のようにレッスンを行う事はパタリと無くなった。


 学校へ行く前に髪を結んでやる事も、


 たまの休暇に手料理を振る舞う事も、


 夜、一緒の布団で眠る事も、無くなった。



 そうして二人の時間は次第に薄れていき、生活リズムの違いから、


 「おはよう」


 も、


 「おやすみ」


 も、


 「行ってきます」


 も、


 「ただいま」


 も、交わす事は無くなった。


 そして、統香が高校二年生に進級する頃、統悟は海外出張中に巻き込まれた海難事故にて、この世を去った。


 統香は遺体の無い葬儀に置かれた、空っぽの棺桶を思い出す。


 どこまでも無機質なその温もりとは決して言えないただの"温度"が、父との別れを殊更に理解させてきた、あの時の感覚。


 父の死を作品にすれば、愛というものは鑑賞者によって勝手に解釈されるだろう。


 「……はぁ、愛ねぇ……」


 統香はペンを置いた。


 エスキースはまた今度に、今日は不健康まっしぐらなジャンクフードをかっ食らいながら、陽気な洋画でも見てスッキリしたい気分だった。


 (これは別に急ぎじゃないしね)


 言い訳をするかのように言葉を浮かべ、座学中の二人を置いて、のそのそと部屋を後にするのだった。



* * *



 (物語の中じゃさ、たまたま遊びに来た遊園地でトラブルに巻き込まれるって展開、ありがちじゃん?

 休日に家族を連れてったり、恋人とのデートだったり、友達グループで思い出作りにって感じで、その人のシチュエーションは様々だけど、どれもやっぱり、例えば娘が、恋人が、友達の誰かがさ、攫われたり襲われたりする訳じゃん?)


 統香は物思いに耽っていた。


 地上より数十メートル地点の、遥か上空にて。


 (でもそう言うのってさ、被害に遭うのは大体自分以外の誰かじゃん)


 それはフリーフォールの頂点で安全装置が外れて空中に投げ出されたり、観覧車の頂上で扉が開いて何やかんやの後に外へ投げ出されたり、ジェットコースターから普通に投げ出されたりと言った、機械トラブルが起因したものではなく、


 (そう考えたらさ、これはおかしいじゃん)


 あくまでも人為的な、有り体に言えば、誘拐的な。


 「オッヒョヒョヒョ! 八月朔日統香チョロいであります! オッヒョヒョヒョ!!」


 (何だって自分が、私が、こんなクレイジーピエロにお姫様抱っこされながら空を飛ばにゃあならんのよ……)


 「オッヒョヒョヒョ!」


 統香を抱えるのは、顔中を真っ白に塗ったくり、歓喜の笑顔をカラフルにペイントし、大きな赤っ鼻を鼻頭に一筒が如く携えた、絵に描いたようなピエロであった。

 身に纏う道化服も相まってただのスタッフとしか思えない見た目から、遊園地という敷地に於いては何処に居ても目を引きながら、それでいて違和感無く空気に溶け込める、そんなピエロだ。


 ただ少し異質なのは、それは風船を片手に敷地内を彷徨するには難儀するだろう、いやに巨大な四つの翅を背に蓄えている事か。


 そんな男に抱き抱えられながら、統香は見下ろした。

 つい先ほどまで、一宮とまこっちゃんの三人で満喫していた休日の名残ある足元を。


 「ねぇ〜とりあえず降ろしてくんない?」


 駄目で元々。統香は訊ねた。


 「オッヒョヒョ! 一度降ろせば最後、八月朔日統香と言えど……オッヒョヒョヒョ!!」


 しかし、当のピエロは愉快そうにそう曰うばかりで、とても話が通じるような相手ではなかった。


 「はァ……」


 統香は大人しく煙草に火を点ける。

 ターボライターは風邪の影響をモロに受ける空中でも安定して着火する事が出来た。

 外出時には欠かせない、ヤニカスのお供である。


 と、そんなお供が功を奏す。


 「オッヒョヒョヒョ! オヒョヒョッ──ちょケムッ、ゴホッゴホッ、ッゴホァッ!!」


 煙草の煙がピエロの鼻に吸い込まれたのだ。


 ふくよかと言うには過ぎる体型から読み取れる通り、彼の呼吸はガスマスクもかくやの息音を発している。

 そんな激しさでフシュフシュと呼吸をしては、埃を前にしたダイソン宛らに揺蕩う紫煙をインヘールという道理である。


 咽せ返ったピエロの身体は大きく揺れ、その影響は抱えられている風船等の荷物にも及んだ。


 「おわわわ! お前もっと丁寧に飛べや! 誘拐のイロハも知らねぇ雑魚が!!」


 揺れる荷の一つから野次が飛ぶと、


 「オッヒョ! 申し訳ございま──ッゴホッ、ゲホッ!」


 再度煙を吸い込み、リピート再生のように同じ光景が繰り広げられる。


 「だァからァ〜!!」


 ちょっと心配になる位に咽せたまま、統香を抱えたピエロは、その背に生やした翅を必死に羽ばたかせていた。

 蝶のような、蛾のような、蝉のような、甲虫のような、それらが混然とつぎはぎされた四本の翅。

 不気味なそれを器用に操って蛇行するように舞う。翅をフラッピングさせる姿はやや蠅である。



 さて、どこか緊張感に欠けるが、事態は案外深刻であった。



 八月朔日統香が攫われた。



 側には一宮が、まこっちゃんが居た筈だと言うのに、何故その様な事態に発展したのか。



 時はちょびっとだけ遡る──





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