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世紀末的風貌の男(1)

 一宮の主な仕事は、統香の身の回りのお世話である。


 起床確認もその一つなのだが、如何せん統香自身、午前中に起きる気が全くないため、これは今となっては形骸化している。

 とはいえ声の一つもかけないというのは職務怠慢にあたるため、一宮は急務でない限りは、午後の適当なタイミングで軽く声をかけることにしていた。


 その日も例に漏れず、午後二時を少し過ぎた頃、その日の業務の殆どを終わらせた一宮は、統香の部屋へ向かう前に中庭のテラスで小休憩を取っていた。


 天気は雲一つない快晴で、近くの森から聞こえる鳥のさえずりや、優しく肌を撫ぜる暖かい風、何より全身へ溶け込むように注がれる陽の光が決め手となって、彼女はふと目を閉じてしまった。


 ほんの数秒。


 しかしその実二時間超。


 次に一宮が目を開けた頃には、既に陽が大きく傾いており、空は濃い茜色に染まっていた。


 寝ぼけ眼に、向かいの席で机に伏す統香の姿が映る。


 「マエストロ……?」


 統香の背中はその声にピクッと反応すると、弾かれたように上体を起こした。


 「んぁっ! ……あぁ、アブない。夕方に寝るとこだった」


 午後起床勢の統香的には、この時間のお昼寝は損失のようだ。


 「おはようございます。

 ……申し訳ございません、眠っていたようです」

 

 「ん。おかげで三時半まで寝れた」


 暗い表情の一宮とは対照的に、統香は朗らかな笑顔を見せる。


 逆光で影になっているその顔が、頬杖を付いてこちらへ微笑むその顔が、なぜか鮮明に見えるようで、


 「それは寝すぎです」


 気恥ずかしさからか、一宮は顔を逸らした。


 「でも寝足りないんだから不思議だよね」


 統香は煙草に火を点けると、空を仰いで煙を吐いた。


 「あ~、明日買い出しか~」


 雑談のつもりだった。


 「……」


 しかし返答が無い。

 不審に思った統香は視線だけで一宮を見やると、その顔はぼんやりとこちらを見つめていた。


 「ん?」


 思わず尋ねると、一宮はハッと我に帰った。


 「いえ……そうですね」


 疲れでも溜まっていたのだろう。

 統香は思った。


 「鼻赤いよ。冷えちゃったかな。

 部屋戻ろっか」


 「……はい」


 深紅の髪が風に靡く。


 咥え煙草で煙を吐く。


 両手は高校のジャージのポケットに入れ、猫背気味に自分の前を歩いている。


 (一見するとチンピラのような後ろ姿にさえ、何故だろう……


 私は見惚れてしまう)


 「晩飯決まってんの?」


 「そろそろ卵がヤバいので、オムライスをと」


 「最高じゃん。じゃあ出来るまで作業しよっと」


 「承知しました」



 品のない仕草の愛らしいこと。

 ふいの表情の美しいこと。


 (絵になる人って言うのは、きっと、こういう人のことを言うんでしょうね。

 ……画家に対して「絵になる人」って言うのは、ちょっと変かもしれませんが)



* * *



 俺の名はまこと。真実の真と書いて真と読む。苗字は知らねー。


 こんな厳つい見た目で誤解されることも多くあるが、俺ァ自分がこの名前に恥じねー真っ当な漢だと思っている。

 それにこの真っつー名前は、顔も名前も知らねー声も知らねー、見た目も、どんなやつかも、何もかもがわからねー俺の主から貰った、数少ねー大切なもんだ。


 だからだろうな。座りがいいっつーかなんつーか……

 ま、要は気に入ってんのさ。


 この名前と、恐らく俺の主であろう男の肖像画が仕舞われたロケット。

 俺ァこれだけあればいいって、ちょっと前までは思ってたんだが……そんな知らねー尽くしでいつまでもいられるわけがねーんだな。


 コーキシンってやつさ


 「ふぅ……」


 真は辿り着いた。

 キューブの中心のポリゴンの、さらにその中心。

 万屋組織。その名も『協会』。その本部である。


 (ここまでくりゃーあの人が力を貸してくれるハズだ)


 一歩踏み出す。

 下駄がカランとなる。

 続けてもう一歩歩み出し、カランと鳴ったところで、真は気付いた。


 「むっ……!」


 気配を察知したのだ。


 (この路地……におうぜ)


 世紀末的ヒャッハーな見た目とは裏腹に、真の心根は酷く真っ直ぐであった。

 政治はわからずとも、見過ごしてはいけない悪についてはよく知っていた。


 「オラアッ!」


 「がっ!」


 路地を進むに連れ、段々と静けさが深まっていく。

 それに反比例するように、この荒々しい怒声と、怯え切った悲鳴は激しさを増していった。


 路地の奥。

 辿り着いたそこには、真にとってもはや見慣れた光景が広がっていた。


 (リンチか……それも、ガキがガキを……

 チッ、いくらポリゴンっつっても、こういう闇はなかなか無くなんねーもんだな)


 「オイ! やめねーか!!」


 真は蹲る少年の前へ躍り出た。


 (オラ、逃げろボウズ)


 水面のように潤んだ瞳でこちらを仰ぐ少年にアイコンタクトを送る。

 無言で頷いた少年は駆けていった。


 「あっコラ!」


 追いかけようとする取り巻きだろうこれまた少年を、真は広げた両手で阻止する。


 「行かせるかよ!」


 その岩のようなガタイに一瞬怯むも、何かを察した少年は、真を強気に睨み付けた。


 「ハンッ、誰だよオッサン」


 「ツゥかなんだよそのナリは? 世紀末かァ?」


 「邪魔すんならオメェもヤっちゃうよ?」


 恐らくはボスと、取り巻きだろう少年二人。

 年齢不相応な言葉遣いと威嚇を前に、真が怯む事は無い。

 冷静に観察する。


 「……」


 やられていた少年よりは二、三歳上だろう小僧っ子。


 (それが三人に……量産型の機械人形が一機か)


 真は自身の胸の前で拳を掌に打ちつけた。

 バシン! という乾いた音が路地裏に響く。

 そして、喧嘩上等の意気込みで、指の付け根をボキボキと鳴らした。


 臨戦体制。

 いつでも準備は出来ている。


 真はニヤリと口角を上げた。


 「手荒な真似は好きじゃーねーが、いいぜ。来いy──」



* * *



 大都市ポリゴン。キューブの北端に位置し、国の玄関口として輸入出の大部分を支えているこの街には、通常国内では入手の困難な画材が多く出回っている。

 この日、統香と一宮は顔料の買い出しのためこの街へ出張っていた。


 普段であれば訪れないだろう都会。


 「画材周りは私はよくわからないんですから、マエストロの方でしっかり管理していただかないと……」


 潮風を感じる港町。


 「ごめんって。次からは気を付けるからさ」


 煉瓦造りの外壁に目を奪われながら、のんびりと街を歩いていく。


 「それ、前にも聞きました」


 敬愛する主を隣に、無駄口を叩き合い、そんな時間を過ごす。


 「それも前聞きましたぁ」


 一宮の理想の休日である。



 が、そんな理想は既にゆめまぼろし。

 「少年三人と量産型の機械人形が世紀末的風貌の男を一方的にぶん殴っている」と通報を受けた協会によって、偶々近くに居たこの二人が現場へ派遣される運びとなったのが、つい数分前の出来事である。


 いつか、アトリビュートでやってやる。

 あのペンタゴン風味のイキった協会本部を飲み込んで、シルバニア的なファミリー風の外観へと変えてやる。


 今日は、一宮の夢がまた一つ増えた記念すべき日となった。


 「で、通報があったのはこの奥だっけ」


 「はい。

 でも、やけに静かですね」


 休日を返上しての任務。

 休日出勤。


 業腹この上ないが、それでも彼女らはプロである。

 私情を押し殺し、協会本部の脇に吸い殻をポイ捨てするだけで溜飲を下げると、現場へ臨場する頃にはすっかり仕事モードへと切り替わっていた。


 二人はこっそりと顔を覗かせて、路地裏の様子を伺う。

 するとそこには、ギッタギタにノされた世紀末的風貌の男が倒れていた。


 世紀末のトレードマークとも言える濃紺のレザージャケットは砂埃を被っており、味と言うには随分とデザート風味でアバンギャルドなスタイルへと変貌を遂げていた。

 無論ここで言うデザートとは、「dessert」ではなく「desert」。要は砂漠の意である。


 もう一つのトレードマークである真っ赤に染まったモヒカンは、見るも無惨にそのセットを崩され、一見するとただ寝癖が酷い若人のようだ。


 ワンポイントアイテムであるサングラスと、レザージャケットの肩口から生えている使途不明のトゲは、どちらも見事にへし折られており、かつての輝きは見る影もなかった。


 そもそもに輝きがあったは一先ず置いておき、何はともあれ、統香と一宮の目の前に転がっていたのは、そんな世紀末的風貌の男であった。


 無論、喧嘩に負けた真である。


 主犯だろう少年は二人に気付かないのか、真を踏み付けたまま、何やら暴言を吐いていた。

 脇に控える量産機は、少年に傅くように片膝を付いて沈黙しており、取り巻きらしい少年二人はやいやいと真をなじっている。


 少年にボコられた世紀末という絵面。

 あまりの情報量に宇宙猫と化す二人であったが、


 「うっ……」


 真の呻き声で、夢から覚めたようにハッと覚醒した。


 「っせ、世紀末! 一宮! グラサンモヒカンの世紀末が倒れてる!」


 指差し呼称で嬉々とした様子の統香とは対照的に、一宮は粛々とした様子で少年らに問いかける。


 「これはまた、随分なヒャッハーですね。

 君達がやったんですか?」


 少年はシャフ度で振り返った。


 「だったら何だ? お姉さんもヤラレに来たのか?」


 肝の座った、落ち着いた声遣いであった。

 恐らく、見た目戦闘力がかなり高い真相手にノーダメ完封勝利をキメた事により、不要な自信を身につけてしまった結果だろう。

 ギンギラギンに尖らせた両眼で、統香を、一宮を睨み付けた。


 が、この二人の前でそれは些事も些事。

 ともすれば殺意の籠っていそうな眼光であれど、統香に言わせれば


 「朝日よりマシ」


 である。


 「おっ、良かったな一宮。こういう時は「ババア」って言われてブチギレるまでがセットなのに、お約束回避だ」


 相変わらず、呑気な口調で会話をしている。


 「そりゃあ私はお姉さんですから。

 ですがマエストロは……」


 「私はまだ23だ!!」


 「こないだ4になったばかりじゃないですか」


 少年の放つ視線など意に介さず、余裕の漫才を繰り広げていた。



 と、それも束の間。



 「それにファスナーが……」


 視線を落とす一宮に統香が


 「やめろ!!」


 ツッコミを入れたところ──


 その拍を狙い澄ましたかのように、誰かがボソッと言った。



 「プッ、ババアじゃん」



* * *



 「タイトルはどうしようか」


 目の前には全年齢版ムカデ人間と化した少年三人と、量産機一機が転がっている。

 俯瞰するとわかる。

 最悪のドーナツが完成していたのだ。


 言うまでもなく、統香の仕業である。


 お湯で溶けるタイプの接着剤で肛門と口門を接合された少年らは、何やら声を上げていた。


 「ん"ーー!! ん"ん"ーー!!」


 ボス少年の声による振動を肛門に直に受けた取り巻き少年は、いつの間にか恍惚の表情を浮かべていた。


 振動。バイブレーション。


 幾多数多の決壊は目前と言えた。


 さて、肝心のボス少年の悲鳴。恐らくは謝罪である。

 もうほんの数分前であれば聞き入れられただろうそれも、今となっては火に油であった。


 「あ? 「殺してください?」」


 「ん"ん"ん"ーー!!」


 ボス少年は続けて、涙ながらに何かを訴える。


 取り巻き少年は殆ど白目を剥いていた。

 アヘアヘであった。


 命乞いに貸す耳を持ち合わせていない統香は、顎に手を当て、物思いに耽っていた。


 タイトルが浮かばないのだ。


 「ん"ーー!!」


 命乞いの標的が一宮へ移る。


 取り巻き少年は果てていた。


 そして当然ながら、一宮も命乞いを無視した。


 (マエストロをイジって良いのは私だけです)


 統香と一宮。

 この二人の逆鱗に触れてしまったこの状況であれば、あとは既定路線と言えた。


 各駅停車。

 脱糞駅発。

 嘔吐駅経由。

 嚥下駅行き。


 この路線は環状線である。


 彼らの人生に洗っても落ちないタイプの汚れを染みつける系電車が走り出した。


 その時だった。


 「うっ……」


 運命の悪戯か。

 真が呻き声を上げたのだ。


 皮肉にも、彼らはこの声に救われる事となる。


 「っと、こんな事してる場合じゃないか。一宮」


 「はい」


 そんな短いやり取りの直後。

 どこから湧いたのか、大量の熱湯が少年らの頭上から降り注いだ。

 熱湯と言っても四十五度。精々が秘湯ぐらいの温度である。

 少年らはそれを浴びて全身がずぶ濡れになるも、それぞれの肛門と口門は無事解離した。


 言うまでもなく、一宮のアトリビュートである。


 肛門と口門の接合からの解放。

 嘔吐は請け合いであったが、この敗北感と胃酸の味が染みたのか、少年らは量産機を引き連れて、慌ててその場を後にした。

 内一名の将来が危ぶまれる結果に落ち着いたのだった。


 「もう大丈夫ですよ。今治療しますから」


 一宮は真を仰向けに直すと、怪我の具合を触診した。

 痣のある箇所や、手足、肋骨、関節などの患部を診ていく。


 (軽い打撲が数か所……うん、骨折は無さそうですね。

 擦り傷こそ目立ちますが、これなら手持ちの道具で済みそうです)


 時折り「うっ」と短い苦悶の声こそ上がるものの、大事は無い事がわかった。

 一宮はほっと胸を撫で下ろす。


 打撲箇所を冷やし、傷口を消毒し、ガーゼを貼ると、処置はものの五分ほどで終わった。


 それと同時に真が目を覚ます。


 「うっ……す、すまねー……ア、アンタは……?」


 喉を痛めたのか、その声は大分掠れていた。


 「協会の者です。通報があったので臨場しました」


 「そ、そうか……」


 真は安堵の様相を多分に含んだ息を吐く。

 しかしその直後、爆ぜるように慌てて上体を起こした。


 「ッロ、ロケット! ロケットペンダントはっ!!?」


 一宮へ向いたその顔は、厳つい見た目顔付きからは程遠く、何か恐ろしいものを見てしまったかのような、もしくは、何か大切なものを失ってしまった喪失感に染まっているかのような、そんな表情であった。


 「こら、ヒャッハーさん。動いちゃだめです。

 ロケットならちゃんと首にかかってますから、落ち着いて下さい」


 一宮は淡々と返す。

 この表情と、胸にかかったペンダント。

 それらを照らし合わせてしまえば、動揺する事など何も無い道理である。


 「あ、ああ……ああ……?」


 謎の呼称に疑問符を浮かべるも、一宮に制された真は、ゆっくりと身体を寝かせた。

 そして自身の首元を探ると、指先には確かに触り慣れたロケットの感触があった。


 真は大きく息を吐いて安堵した。


 「良かったぜ……赤髪の姉ちゃんも、ありがとな──」


 そして統香を視認し、



 再度、飛び起きた。



* * *



 それからはまさに怱怱とした。

 統香に掴み掛かり、何やら熱心に嘆願する真。

 よんさいになり、統香のスカートを引く一宮。

 止める者など誰一人居なかった。


 統香にとっては地獄の任務となったのだった。



 時は流れて今現在。

 三人は大通りにある高級ドーナツ専門店『Enkei』へと入店していた。



 余談だが、統香は『冷たい熱帯魚』を視聴した直後、平気で


 「醤油をかけて焼いた肉が食べたいな……」


 と洩らし、実際に食べる女である。



 「さっきは取り乱して悪かったな。俺は『真』。機械人形だ。

 助けて貰った上に依頼なんて何様だと思うかもしれねーが、報酬とは別に、この店のモンを好きなだけ頼んでくれて構わねーから、どうだ? 頼めねーか?」


 高級ドーナツの食べ放題。

 それも無料。


 となると、もはや議論の余地は無かった。


 「何でも言いや〜」


 「何でも仰って下さい」


 一も二もなく了承である。


 「そうか、助かるぜ」


 二人はすぐさまタッチパネルの操作を始めると、メニューの先頭から次々に注文ボタンを押していった。


 アトリビュート持ちの職人によって、素早く提供されるドーナツ。

 二人はそれを手に取る。

 まるで宝石でも手にしたかのように興奮を露わにすると、


 「いただきます!」


 の「ま」あたりで待ちきれず一口。口一杯に頬張った。


 微笑ましい光景に気の緩みを感じた真は、ミルクティーを啜って気持ちを締め直す。


 「……食ったままでいい。聞いてくれ。

 一年前、俺はポリゴンの外れにあるボロアパートの一室で目が覚めた。

 じめっとしていて、路地裏のように暗いところでな……家具なんて何にもねー、殺風景な部屋だったのをよく覚えてるぜ。

 あんのは少しの間食うに困んねーぐれーの金と、何にも描かれてねーキャンバス。

 あとはこのロケットぐれーだった。


 ……俺は、俺の事も、主の事も、何にも知らねーんだ」


 話すにつれて真の表情が和らいだ。しかし同時に、強張っているようにも見える。

 そんな微妙な相好からは、真の複雑な胸中が見て取れた。


 真は愛しさと切なさの入り混じった表情で訴える。


 「だから二人には、俺の主を探してもらいてーんだ!

 今どこにいるのか、今何をしているのか、

 それだけでも知りてーんだ!」


 熱の入った真は思わず立ち上がっていた。

 拳を握り、震えている。


 ドーナツを飲み込んだ統香はそんな真を観察する。


 依頼には、厄介なファンからのものが紛れ込む事がある。

 内容は、サインが欲しいだの、写真を撮らせて欲しいだの、遺伝子が欲しいだのと言った、知るか案件等々多岐に渡る。

 協会から斡旋される任務では精査の際に省かれているが、直接の依頼となると、その内容、依頼主の人間性、言動等、細かくチェックする必要があったのだ。


 人を見る目。

 これに優れた統香の目に映るこの真と言う機械人形は、その点において、信頼出来ると判断された。


 「……なるほど。じゃあ行こっか」


 そうと決まると決断は早く、統香は席を立った。


 「行くって……ドーナツはもういいのか?」


 「マエストロは胃がちっちゃいのでそんなに沢山は食べれないんです」


 (じゃあなんであんな頼み方したんだ……)


 なんて事を考える真を尻目に、一宮も立ち上がる。

 二人は机の上の掃除を始めた。

 本当に、もう出るのだ。


 「……に、にしたって、なんだ、本当に今から行ってくれんのか?

 日の入りもちけーってのに」


 「今日の依頼は今日のうちに。

 マエストロのモットーです」


 「後回しにすっと寝覚め悪いじゃん?

 画家探しなら協会のデータバンクでワンパンだし、五分もありゃ終わっしょ」


 ゴミを捨て、トレーを片し終わると、統香は真を急かすように言った。


 「だから、早く行こうぜ?」


 ニヒッと笑う。

 そんな笑顔に釣られるように、真もニッと笑った。


 「ああ!」





 ドーナツ八個。

 お会計は百ドルを超えた。



* * *



 キューブ国内の芸術家と、その者らが拵えた作品の保護・保存、教育的普及を名目に設立された組織『協会』。

 博物館と変わりない外観、役割を持つが、それはあくまでも表向きの顔である。

 その実態は、統香を始めとする一部の芸術家と、その者らが使役する機械人形を派遣する事で治安維持に貢献している、言ってしまえば「合法的に非合法が認められた人材派遣会社」のようなものであった。

 今回統香らが頼りにしているデータバンクは、協会の表側。

 つまり、申請さえすれば誰でも閲覧が可能なものなのだが……



 「データバンクってのはね、まあもう名前のまんま。いろんな作品のデータが詰まってんだ。

 協会とその提携にある企業とか傘下とか、そういう所に所属してる作家の作品が全部保存されてんの。届出は義務だからね。

 無論セキュリティもバッチバチで、なんなら自分で管理するより安全ってんで、オリジナルをここに預ける人もいるんだよ。

 提携であろうがなかろうが、この国に住むなら転職も報告しなきゃだから、足跡なんて簡単に掴めんのさ」


 統香はデータバンクについて真にレクチャーしていた。


 「? ? ? ?」


 しかし、当の真はこの調子。

 クエスチョンマークをあるだけ浮かべていた。


 「お前が生まれたのは一年前だろ? ならその辺のを漁りゃあすぐだろ」


 統香はなるべく理解し易いように言葉を選んでみたが、真はあまり勉強が得意ではないのか、イマイチ言葉を飲み込めずにいた。


 「つ、つまり……?」


 伺い立てるように統香を見つめる。

 アトリビュートの対価として普段から一宮へ授業を行なっているためか、統香はすっかり先生モードになっていた。

 この先生の授業は、


 「可愛らしくて解り易くて面白くて楽しくて可愛らしいです」


 と、一宮からも太鼓判を押されている。

 そんな特別講師八月朔日統香は、端的に結論を述べた。


 「ここに無い訳が無い。って感じだな」


 解り易いその言葉に、真からも感嘆の声が上がる。


 「お、おお……おお……!」


 真が期待に胸を膨らませていた裏で、一宮は受付の司書へデータバンクの閲覧許可を申請していた。


 受付と幾つかの言葉を交わすと、こちらを向いて、二人の元へと歩き出す。


 その手には、まさかの速報が携えられていた。


 「マエストロ……それなんですけど……」


 一宮はどこか浮かない声音、表情である。


 「んぁ?」


 そうして聞いた内容に、統香は絶句も絶句。大絶句であった。





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