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13. 草むしり

 それから、三人はまず建物全体を覆ってしまった蔦を片付け始めた。

 窓の周囲の蔓を掴んで毟りながら、ザッカリーが梯子の上で口を開く。


「昨夜、海燐火薬は古生物の遺骸が変化した化石だと言ったな。実はもう一つ重要な事項がある」


 ザッカリーは彼の立つ古梯子を支えるジーンを見下ろし、離れて作業する老人には聞こえないような声で言った。


「爆発する理由と、毒性についてだ」


 毒性、とジーンは短く繰り返した。

 ザッカリーは、剥がした蔓の塊を下に落とす。それをコディが拾って袋に詰めた。


「原石を確認したが、やはり海燐火薬の本体はどこにでもいるような貝類だった。化石になったとして、特異な機能はない」

「確かにアンモナイトは爆発しないもんな」

「何かほかに原因があるということですか?」


 ジーンが頷き、コディが首を傾げる。

 ザッカリーは彼らに目もくれず、作業を終えて梯子を下りた。脱いでいた革靴を履き直し、爪先を調える。


「本題はそこだ。あの異常性は、ある微生物が化石になる前の遺骸に定着することで生まれる」

「微生物?」


 会話を続けながらも三人は、今度は玄関までの道を埋めている蔦を刈り始めた。


「結晶生物、というのを聞いたことはあるか」

「昔……少しだけですが。目に見えないくらい小さいのに、とても大きな結晶を作る面白い生き物だって教えてもらいました」


 コディが少し楽しげに言うと、ザッカリーは微かに目を逸らす。


「……貝に定着した結晶生物は内部に残った蛋白質を分解し、結晶を再構築することで自分に快適な()を作る。海燐火薬の本質はこれだ」


 引き抜かれた根が土を掘り起こし、日差しに驚いた虫が逃げ出す。

 蔦の葉を食っていたらしい幼虫を見つけ、ザッカリーはそれをそっと摘んで除けた。


「出来上がった鉱物は指でなぞれば削れるほど脆く、一方で強い衝撃を加えると爆発する。そうして粉末が周囲へ拡散し、結晶生物はそれに紛れて次の宿主に移る。例えば、人間なんかにな」


 植え込みの中に移された幼虫は、少し頭を振ったあと、再び餌を探してどこかへ這っていった。

 コディはそれを恐々と目で追いながら、溜息のように呟いた。


「それが、海燐火薬の毒性……」

「恐らく、症状自体は結晶生物の定着に対する免疫反応だろう。悪化すると生きたまま結晶への置換が始まる」


 大抵の場合、人間の免疫機構のほうが強く、結晶生物は自然と体外に排出される。しかし、短期間に粉末を大量に吸い込んだり、長い年月をかけて蓄積したりした場合は例外だ。


「仮定の話になるが、今後に海燐火薬がある場所に立ち入ることがあったら、粉塵対策を取れ」


 ザッカリーの提言に、ジーンたちは真剣な面持ちで頷いた。

 枝葉の詰まった袋を運びながら、ジーンはそれにしても、と尋ねた。


「よくこんな短期間で突き止めたな。石が盗まれてから一日しか経ってねえぞ」

「実のところ、六年だ」


 ザッカリーは何かを思い返すように答えた。


「結晶生物について既存の資料を漁ったり、科学省から調査結果を盗……取り寄せてもらったりもした。原石の入手は疑問を解決するための最後の仕上げだ」

(盗んだって言った……)

(盗んだんだ……)


 コディがずっと『探鉱者』を探していたように、ザッカリーもまた、奴を別の道から追っていたらしい。それがこうして一つのところに集まって、協力して目標に辿り着こうとしているのだから、不思議な縁もあるものだ。それとも、やはり海燐火薬の真実が近いということの証左なのだろうか。


 ジーンは袋を担ぎながら煙草を咥えた。


「お前、『探鉱者』が気に入らないって言ってたけど、そんだけでそこまでするか……?」


 だが、ザッカリーがそれに答える前に、老人の嬉しそうな声が遮った。


「三人とも、お疲れ様! 助かったよ。これでまたしばらく家が埋もれる心配はないな」


 冷えたミルクを盆に三杯、老人が差し出し、ジーンたちは顔を合わせて少し頬を緩ませた。

 それから、老人の妻が何かを籠に入れて持ってきた。


「お駄賃のシロップだ。持って行ってくれ」


 その言葉を受け、ジーンたちはそれぞれ二瓶ずつのシロップをもらった。

 老人の家を離れ、市街地の石畳を並んで歩きながら、コディはしげしげと瓶を見るザッカリーの顔を見上げた。


「手に入ってよかったですね!」

「うん」

「そんなに気に入ったのか?」


 ザッカリーのような男が甘味の瓶を大事そうに抱えているのが面白く、ジーンはにやにやとして尋ねた。

 ザッカリーはつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「別に……妹が、好きそうだと思っただけだ」


 思いがけない返事にジーンは目を丸くした。


「妹いんの? 昨日いた?」

「船には乗せていない。全寮制の学校に通っているから、たまに土産を送っている」

「お兄さんが海賊って何か嫌ですね。学校で言いづらいし」

「商人だ」


 そんなことを言い合いながら、三人は広場のほうに向かっていった。

 少し時間を食ったが、まだ午前の内だ。大した遅れではない。


「さて、マキちゃんのところに行くぞ」


 ジーンがそう言って手を打つ。

 しかし、その直後。血相を変えた少年が、ジーンの前に飛び出した。


「ジーン兄ちゃん! マキが大変なんだよ!」


 また一つ、パズルの噛み合う嫌な音がした。

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