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銀歯が取れた

作者: 宮野ひの

 銀歯が取れた。ポテトチップスを乱暴に食べていたら、ガリッと嫌な感触がした。


 舌で奥歯の上の方を触ってみたら、空洞ができていた。心寂しくて、どうにかしてほしい気持ちになる。


 一度取れた銀歯は、電池のように自分で付けることはできない。絶対に歯医者に行かないと元通りにはならない。その事実がとても悲しかった。


 また歯医者に通うと言っても、一度で治療が終わるわけではない。前も銀歯が取れた際には、合計2回は歯医者に通う必要があった。


 ため息をつきたい気持ちを(こら)えて、ポテトチップスの袋を睨む。じゃがいもの形をした陽気なキャラクターが、涼しい顔をして、こっちを見ていた。


 無性に腹が立った。名前もわからない、じゃがいものキャラクターに本気で腹を立てているのは、おそらく、この世に私しかいないだろう。


 いや。他社のポテトチップスメーカーの社長も、スーパーでパッケージを目にした時、イラっとすることがあるかもしれない。


 私は観念して、取れた銀歯をティッシュに包んだ。ぐしゃっと丸めると、普通のゴミみたいに見えてくるから不思議だ。


 銀歯が取れたら、食欲がなくなってしまった。お腹が空いていて、むしゃくしゃしていた私は、ポテトチップスを1袋全部、自分が食べるつもりでいた。


 こんなはずじゃなかったのに。日常で一つ上手くいかないことがあると、その後、投げやりになる。意識しないと、怠惰な生活を送る羽目になる。


 残りのポテトチップスは、袋止めクリップを使って閉じた。


 舌で奥歯を触ってみたら、さきほどできた空洞が、変わらずにあった。


 口の中をゆすぐつもりで、テーブルに置いていた烏龍茶を飲んだ。ちくっと歯がしみる感触がして、顔をしかめる。これは早めのうちに歯医者に行かないといけない。


「行きたくない」


 部屋で一人、心に留めておくつもりだった言葉を声に出してみる。虚しく響いた。


「行きたくない」


 もう一度、声に出してみたら、急に自分が情けなくなった。恥ずかしさを打ち消すように、勢いよく立ち上がる。


 動きが付いたことで、スマホを手に取り、かかりつけ医の歯医者に電話する気になった。


 歯科助手の人が電話に出た瞬間、よそ行きの声が自然に出た。人間は順応する生き物である。今の状況を簡単に説明した後、何とか歯医者の予約を入れることに成功する。ホッとした。


 今、私と同じように銀歯が取れた人が世界にいるのなら、顔を見てみたい。スマホのビデオ通話で30秒だけ話せるのなら、「災難でしたねー」と共感して、相手の負担を減らしてあげたい。


 明日の朝ごはんは、パンを食べよう。ご飯だと米粒が歯の奥に入り込みそう。


 ポテトチップスは、歯が治るまで食べる気はおきないだろう。


 私は最後にもう一度、烏龍茶を飲んだ。今度は不思議と歯がしみることはなかった。気の持ちようだけでは言い表せない何かが体を巡っている気がした。

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― 新着の感想 ―
歯の詰め物が取れてしまい…という経験は私にもあるので、「あるある」と思いました(笑) ちょっとしたことで躓き、そしてちょっとしたことで立ち直る主人公。じんわりとした後味を感じる作品でした。
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