満腹亭で居候
すいません!10日ぶりに再開します。 のんきにキャンプ なんて行っていたので 仕事が立て込み 書いてる時間がありませんでした。
でも驚いたことに既に100人以上の皆さんに読んでもらってるみたい。
最初は、たったの2人だったのに。うれしいなぁ。
のんびり 書き足していきますので お付き合いくださいね
「ところで、ポテトン。今日はどこに泊まるんだ?」
ガゼットさんが、困った顔のまま俺に聞く。
そんなの全く考えていなかった。
「いやー適当に安い宿でも探して」
「金はあるのかい?」
「ガルシア村で働いて、貯めた金持ってきました」
「あんな田舎で稼いだ金なんて、このトーキンじゃあっという間になくなっちまう」
そんなに物価が高いの?ここニューヨーク?
「落語家になるか、どうかは別として、しばらくトーキンにいるんじゃ、節約しねぇとな」
ガゼットさんは頭の角を右手で握るとしばらく考えた。すると、右手の内側が見えて、白い肌。なるほど鱗は外側にしか生えてないのね。防御の意味があるのかな?
「どうだい、この店の2階が空いてるんだが、そこに住むかい?」
「いいんですか?」
「シナモンがこの店を教えたって事は、信用できるやつだってことさ。それに俺も昔シナモンに世話になった。でも住むなら、この店で働いてもらうぜ。お前の好きにしな」
すぐに落語家に入門できるわけじゃなし。それにこの異世界の落語事情も知らないといけない。となれば、しばらくこのトーキンで暮らしていかないと。
聞けばこの店に落語家さんがやってくるらしい。それに、俺の現世の経験で「貯めた金は、いざと言う時のために取っておく」
宵越しの銭は持たねぇ!なんて、粋がっていた先輩が家賃を払えずに、アパートを追い出されたことを俺は知っている。
「ありがとうございます。是非お願いします」
俺は椅子から立ち上がると深々と頭を下げた。小さな角がコツンとカウンターに当たる。
「鬼族も、ドラゴン族も同じ角のある仲間だ。仲良くやろうじゃねーか」
ここで俺の満福亭居候が決定した。
俺が住む2階の部屋は、物置になっていた。でも、荷物を片付けたり不要なものを捨てたりしたら4畳半位の空間が生まれた。
そこにパイプで組んだベッド。小さなテーブルと木で出来た椅子が1脚。後は捨てるはずだったタンスをもらった。
昔、この部屋は満腹亭で働いていた従業員が住むために作られた部屋だったので、なんと簡単な台所とトイレが付いていた。
そして、通りに面した部屋なので、両開きの窓を開けると、街の通りと大きな空が見える。役場の宿直室に比べれば、一気にグレードアップ。カプセルホテルからアパホテルへ。
でも、ここにただで住めるわけじゃない。満腹亭での仕事が待っている。
ランチの時間は、お昼の12時から14時まで。夜は6時から10時まで。俺は、カウンターの中で、ひたすら皿洗い。
そう聞くと「わー結構きつい仕事だなあ」と思うでしょう。
俺も、現世で学生時代、居酒屋で皿洗いをやったことがある。その時1番困ったのか洗剤で手の皮が破れて痛かったことだ。
でも、鬼族に生まれ変わって皮膚が厚くなったのか、全く手の皮が破れない。その上、洗剤が優しい植物オイルなのか?泡立ちは良くないがお肌に優しいみたい。
満福亭で働いているのは、ガゼットさんと近所に住んでいるドワーフ族のおばさん、コロネさん。ずんぐりした体におばさんパーマ。そして女性なのに、鼻の下にうっすらヒゲが生えている。
「ポテトン、わからないことがあったら、何でも聞きな」
そう言うと、太鼓腹を手でバシバシ叩く。
気の良い下町のおばちゃんみたい。
そして、昼と夜にカルピン大学の学生さんがアルバイトで入る。
昼のアルバイトは、ガゼットさんと同じドラゴン族のボイスさん。大学2年生のお兄さん。優しい人で
「ポテトン、今暇だから手伝ってあげるよ」
そう言うと、ニコニコ笑って一緒にお皿を洗ってくれる。
夜のアルバイトは、鳥人族のイグルさんと言う大学4年生のお嬢さん。背中に小さな白い羽根。指は5本指だが、爪が鋭い。パッチリお目目で可愛いのだが、仕事に厳しい先輩で
「おい、新入り!もたもた洗ってるんじゃねぞ!」
背後から俺の尻に軽く膝蹴りを食らわしてくれる。
そんな日々が1週間続き、どうにかトーキンの暮らしも慣れてきた頃、首を長くして、待っていた落語家さんが、夜9時過ぎに満腹亭に入ってきた。
その日は、夕方から小雨が降っていた。ボイスさんに教えてもらったのだが、この辺は、コリン街と言って、学生とそれに関わるお店、例えば安い定食屋、居酒屋、本屋がたくさんある街だそうだ。神田みたいなところかな?
だから大学は月曜日から土曜日、日曜はお休み。なので、満福亭も日曜休み。
その日は、月曜日。週の初めから、はめを外して飲む学生も少なく、夜8時には店には、お客さんが誰もいなくなってしまった。
「イグルちゃん、今日は早終いでいいや」
ガゼットさんがテーブルを拭いているイグル姉さんにそう言うと
「ありがとうございます」
にこっと微笑み、白い羽根を広げて、速攻店を出て行った。
「ポテトン、腹減ったろう。ほら晩飯だ」
ガゼットさんがカウンターにホカホカチャーハンを出してくれた。付き合わせは、わかめスープとキャベツの浅漬け。
「洗い物は後でいいや。早く食いな」
「ありがとうございます」
濡れた手を首にかけたタオルで拭くとカウンターに回りチャーハンをかき込んだ。
「今日はもう客は来ねぇから、それ食って洗い物が終わったら店閉めるか」
そう言いながら、ガゼットさんもカウンターに回り冷蔵庫から取り出した瓶ビールの栓をプッシュと抜くと、コップに注ぎ、ぐびぐびっと一息に飲み干した。
この店で働くようになって知ったのだが、大きな冷蔵庫もガスコンロもある。みんな業務用の魔力石で動くのだ。もう魔力=電気ガスでいいんじゃない?
その時、店の扉がガラガラっと開くと
「親父さん、まだやってるかい?」
入ってきたのかひょろりとしたエルフ。金髪の五分刈り。小さな瞳が、どこか自信なさげ。既に酒が入っているのか、白い肌が赤く染まっている。
「誰かと思ったら、そば吉さん、久しぶりだね」
ガゼットさんがちょっとびっくりして声をかけた。
「僕はーーもうだめだ」
そう言うと、そば吉さんがカウンターにいきなり突っ伏した。
その頭の上に、かすかに輝く金色の輪っか。
え、金色の輪っかって?もしかして、この人、天使族ですか?
「僕は地獄に落ちたーー!」
この人が、俺が異世界で初めて出会った落語家、堕天使パスタ亭そば吉兄さんである。
やっと異世界の落語家さんと出会いました。
多分この話を読んでくれてる皆さんは落語家なんてどんな暮らしをしているか知らないと思います。
そもそも落語なんて興味ないよね。
でもその辺をリアルに書きたいな、と思っております。