旅立ち
役場の仕事は、月曜日から土曜日まで。日曜日は休み。現世みたいに土日休みじゃありません。
仕事が終われば、役場の宿直室で図書館で借りた本を読み漁り、少しでも異世界の知識を吸収。そしてベッドでバタンキュー。
宿直室は俺しかいないので、気ままな一人暮らしみたいなもんさ。何せ家賃がタダというのが嬉しい。
休みの日は、パンプキンじいさんの家で、キャロット婆さんの手料理をたっぷり食べて、栄養補給。
その後は畑仕事を手伝ったり、キャロット婆さんの愚痴を聞いたり。
普段の食事は役場の食堂で、朝はパンと野菜スープ、ソーセージと目玉焼き。昼は毎日、日替わり定食。鯖みたいな魚の干物や肉野菜炒め。ご飯と味噌汁、ほうれん草みたいな野菜のおひたし。
夜は役場近くのパン屋で買ったサンドイッチと牛乳を飲んで終わり。
案外、粗食に耐えられるのは、現世で若い時、貧乏で空腹に慣れていたからなのかしら?
たまにシナモン先生が近くの食堂に連れてってくれて、ご飯をご馳走してくれた。
「ポテトン、僕は本当は学者になりたかったんだ。魔力とスキルの謎を解き明かしたいと思ってね。だから、トーキンで1番と言われているカルピン大学に入ったんだ」
シナモン先生は、そう言うと、ジョッキに入ったビールをグビグビぷはー。
俺は鶏の唐揚げにマヨネーズをたっぷりつけてかぶりつく。現世にいた時は、絶対禁止の食い方だった。完璧にカロリーオーバーだからね。
「カルピン大学ってすごいんですか?」
「王国の秀才が集まる場所さ。色々な研究でも最先端をいってる。優秀な教授も沢山いるんだ」
「例えば?」
「ドンカム教授。先端魔力工学の第一人者。まだわからない魔力とスキルの関係を新しい視点から解き明かそうとしている天才科学者だ。僕はこの人に教わりたいために、必死に勉強してカルピン大学に入ったんだよ」
なるほど、シナモン先生の師匠と言うわけだ。
「この前、自分の持っている魔力、いわゆるオーラだね。自分がどんなオーラを持っているか、わからないのが厄介だと言ったろう。
でも、自分のオーラがどんな方向に向いているのか?例えば人の病気を治す方向か、それとも芸術面に向いているのか、人々の生活を助けることに適しているのか?それが事前にわかれば進む職業も迷わなくて済む。その方法を、僕は探ろうと思っていたんだ」
それわかるなぁ。俺が田舎にいた時、まさか自分が落語家になるなんて夢にも思わなかった。そして、自分が次から次へと落語を作る才能があるなんて、これっぽっちも思わなかったよ。
もしそんな才能があるとわかっていたら、大学なんか行かずに、すぐに落語家になっていただろうしね。それでもーーー俺は思う。
「先生、事前に自分に向いている職業がわかったとしても、もしかしてその後のいろんな経験からもっと向いている職業が生まれてくるんじゃないですか?」
そうなんだ、俺の60年の経験からはっきり言える事は
「自分の未来は決まっていない」
俺は大学生の時、小説家になろうとマジ思っていた。サークルも「童話研究会」
いくつかの出版社の新人賞にも応募した。良い所まで行くのだが、賞は取れず。
だから、大学を卒業しても、アルバイトをしながら新人賞を目指し、小説家になろうと決めていた。
そして、必ずベストセラー作家となり、銀座でホステスさんの肩を抱きながら
「今夜は君に決めたよ、マイハニー」なんて、ささやきながら、ブランデーを飲んでいると妄想していた。
本当に小説家にならなくてよかったよ。 ちょっと才能があると思って目指していたらこうやって異世界に絶対転生してないからね。
「へー面白いね。ポテトンはドンカム先生と同じことを言うんだ」
え、どういうこと?
「先生は「魔力の偶然発生における特異点のスキル分岐と進化」を提唱していたんだ」
うーん、さっぱりわかりません。
俺のキョトンとした顔を見て、シナモン先生が噛んで含めるように教えてくれた。
「まぁわかりやすく言うと、何か人間が特別な状態、例えば激しい怒りとか、命に関わる出来事とか、そういう特別な状況に陥ったときに、今まで持ってなかったオーラが増大して未知なるスキルが生まれる。そしてそのスキルが進化することによって、自分が考えもよらなかった新たな職業に進化する。ということさ。。簡単に言えば、さっきポテトンが言った「自分の未来は決まっていない」ってことかな?」
わかったような、わからないような?
「ポテトンには難しすぎたかな。それに未来どころか、来年の事だってわからない。あれ、笑わないのかい?」
なんで俺が笑わなきゃいけないんだ?
「だって言うだろう「来年のことを言うと、鬼が笑うって」
そうか俺、鬼でした。ところで、異世界も同じことわざがあったほうがびっくりだよ。
「でも、本当に来年、ポテトンは何をしてるんだろうなぁ」
「シナモン先生、俺、トーキンに行きたいんです」
「若者は、誰もが1度はトーキンを目指す」
シナモン先生が俺の顔をじっと見る。
「そして夢破れて戻ってくるのさ、故郷に」
そういえば、なんでシナモン先生戻ってきたんだろう?ジパャック王国1番の物知りじゃなかったのかな?魔力とスキルの謎を調べる夢はどうなったんだろう?
「僕には、その先を進む魔力もスキルもなかったんだ。せいぜい役所で書類整理がお似合いさ」
そう言うと、またジョッキのビールをぐびりと飲んだ。くるくる回る大きな目が悲しい色に染まった。
「そうだ、ポテトン。トーキンに行ったらカルピン大学そばの「満腹亭」と言う食堂に行ってごらん。僕も学生時代、ずいぶんとお世話になったんだ。そこの親父さん、ガゼットさんて言うんだけど、面倒見が良くて優しい人さ。シナモンからの紹介だって言えば親切にしてくれるよ」
本当ですか?この異世界で右も左もわからない俺にとっちゃまさしく地獄の三里塚。
ありがとうございます。シナモン先生。
そして、書類整理の仕事も10ヶ月で終わった。
もらった給料もほとんど使ってないからずいぶんと溜まっている。1万ギルで金貨1枚。その金貨が120枚もある。
その上「よく働いてくれたから」シナモン先生が役場の偉いさんに言ってくれたので、ボーナスとして金貨10枚も加わった。
旅立ちの朝、リュックを背負って役場を出ると、シナモン先生が見送りに来てくれた
「ポテトン、トーキンに行くんだね」
「シナモン先生、本当にお世話になりました。何にも知らない俺に色々教えてくれて」
「ポテトン、君は不思議な若者だ。若いのにずっと世の中を知っているような気がするんだ」
それは実際年齢60歳ですからね。波瀾万丈の人生送ってきました。
「ポテトン、君はもう住むべき道をもう知っているんだね。それは何か僕は聞かないが・・・・僕が君に言えることが1つ。「楽しむことだ」 僕はそれができなくて、自分に絶望して、故郷に逃げ帰った」
シナモン先生が、俺の手をきゅっと握る。大きな目が俺の目を見つめる。
「ポテトン、君の未来は決まっていない。人生はわからない。そうだろう?」
わかっているよ、先生。だって俺死んだのに今こうして生きてるんだもん、鬼だけどさぁ。
「それじゃあ元気でな、ポテトン」
「シナモン先生もお元気で。それじゃあ、ありがとうございました」
そして、トーキンに向けて旅立った。
しかし、いつになったらこの異世界で落語家になれるのか?まだまだ先は遠いですよ。神様。
やっと村から旅立つことができました。初めて「小説家になろう」に作品を書いてみて、いかに小説を書き続けるのが大変か、だんだんとわかってきたよ。
いよいよ首都トーキン編が次回から始まります。でも、週末は仕事が立て込んでいるので更新できるかなぁ?




